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歩いて、歩いて。何回か動物を蹴散らした。でももう勝手知ったる2階で、すぐに1階だ。ミーミルに着いたのはもう明方だったけど、街は賑やかだった。あちこちに色鮮やかな花が飾られている。きっと幾つもの食堂や酒場で割引が行われたんだろう。
幸せそうに赤い顔をして、道端で眠っている冒険者も何人かいた。徹夜で宴会を開いているらしい商人の集団もいる。羽振りのいい商人たちに、給仕女も疲れつつもにこにこしている。そりゃあ幸せだろう。
これからミーミルはますます豊かになる。マリアベルが貰った黄色い何かだって、どれくらいの価値があるのか分からない。今日までこの国の、いや、この世界のどこにも無かった美しいものや不思議なものが、もたらされるのだ。あの面白い、いや失礼、あの凄い人達によって。
「……ギルド“ゾディア”万歳!」
誰かが半分呂律の回っていない舌でがなった。笑いながら、彼の周りにいた男たちが唱和する。
「女神さま、万歳! ミーミルに栄えあれ!」
幸せそうな彼らの横を通り過ぎて、とにかく教会を目指す。対応してくれたのは、優しそうな、線の細い女性僧侶だった。グレイ達の母親位の年齢だろう。
「――心配したでしょうね。もう大丈夫ですよ」
柔らかい声で告げられて、ローゼリットとマリアベルがいっぺんに泣き出した。仕方ないわねぇという風に女性僧侶は微笑んで、他の僧侶に指示を出してアランとハーヴェイを治療室に運ばせる。ぽろぽろ泣きながら、手を繋いでマリアベルとローゼリットがついて行く。大丈夫かな、と思っていたら案の定マリアベルが小さな段差でこてんっと転んで、ローゼリットも巻き込まれた。
「前見て歩けって」
「にゅぐー……」
杖を引っ張るようにして立ち上がらせると、くすん、とマリアベルがしゃくり上げる。
「気を付けます……にゅん……」
治療室の傍の長椅子に3人で並んで座ってると、え、もう? って言いたくなる位すぐにアランとハーヴェイが戻って来る。普通に自分で歩いてるし、足取りもしっかりしている。「初期対応が良かったからでしょうね」と女性僧侶が微笑んだ。「いえ、そんな、にゅ……」と、ついつられたのかローゼリットがマリアベルみたいな事を言い出していた。まー、あれだけ毎日毎日にゅいにゅい言われていたら、ついうっかりにゅも出て来るだろう。問題は、ローゼリットのにゅ、が物凄い可愛かったことくらいか。
『謝礼の寄付』を、たぶん相場よりもかなり多めに渡して、マリアベルとローゼリットが何度も女性僧侶に頭を下げてから教会を出る。僧侶のローゼリットはさておき、魔法使いのマリアベルが何でそんなに頭を下げているのか、周りの僧侶達も不思議そうだった。まさか、事故とは言えアランの怪我をマリアベルが負わせたとは思うまい。
迷宮の中のよりもずっと口数少なく、猫の散歩道亭に帰る。大抵1日か2日で帰っていたのに、思ったよりも遅い帰りになってしまった。まだ朝食の忙しい時間帯だろうに、女主人のサリーが食堂から飛び出て来て「あんたたち、無事だったかい!」とマリアベルとローゼリットをぎゅいぎゅい抱き締めた。
「4日も顔を見せないから心配したよ。ほんとに無事で良かった。食べられたら、朝ご飯を食べておいき」
「ご、ごはん……!」
マリアベルがふらふらした足取りで食堂に吸い寄せられていく。亡者みたいな足取りで、アランも続いた。もちろんグレイも。ハーヴェイはローゼリットを振り返る。
「えぇと……」
「ごめんなさい。私は先に休ませていただきます」
「だよね。ゆっくり休んでね。また明日」
「はい、また」
4人で食堂の席に着くと、胃への気遣いとか一切無視で朝食を掻っ込む。バターの香りがこうばしい、両面焼かれた目玉焼きに、茹でて潰された芋、野菜スープで煮込まれた豆、焼かれた赤い野菜。かなり量は多いはずだけど、昨日の朝から何も食べていないグレイ達に恐れるものは無い。白くて柔らかいパンを2籠もお代わりして、食事を終えるとしみじみとハーヴェイが言った。
「生きてて良かった……」
「ほんとだねぇ……」
「なー……」
頷いて、アランが静かだなと思ったら半分寝そうになっていた。分かる分かる。本能のまま生きたくなる。
「部屋戻って寝るかー……」
「あらあら、良く食べたわね!」
サリーは嬉しそうに笑って皿を下げていく。
「ギルド“ゾディア”さんのお陰で街中がお祭りみたいになってるから、買い物をするなら今のうちだよ」
「15階――新階層に着いたからですか?」
「そうっ! マリアベル、帰って来たばかりなのによく知っていたね。14階の階段前にいた、おっそろしい竜を倒して15階の地図を持ち帰ったんだって! 噂では、大公様だけじゃなくて、王都からわざわざ王女様が来てお褒めの言葉を掛けてやるんじゃないかってさ」
「お姫様」
「そう。末の王女様はうーんとお綺麗だって話だけど、どうだろうねぇ。あんたたちのローゼリットの方が、王女様より綺麗かもね」
「そうねぇ」
多少は可愛い顧客にサービスだろうけど、半分以上は本気でそう思っているようにサリーは言って去って行く。マリアベルはにこにこ笑っていた。アランが薄く目を開ける。
「昨日の今日で、気の早い話だな」
「にゅーん。ここ最近、ずーっと迷宮の地図が更新されてなかったのは本当だしねぇ。街の人も嬉しいだろうし、14階の階段前にいた竜を倒した、ってことは、ギルド“ゾディア”以外のギルドもこれから次々15階の探索を進められるだろうね。そうしたら、もともと迷宮の探索は王様が推奨してるんだし、何かご褒美があってもそんなにおかしくないかも」
まぁ、あたし達には関係ない話だけどねぇ、と欠伸交じりに言ってマリアベルは立ち上がる。全くもってその通りだ。ギルド“ゾディア”と会う機会が2、3回あったからって、15階も、王女様も、グレイ達には遠い世界の話だ。それより今は寝たい。
とことこ階段を上がって、2階で別れる。マリアベル達の部屋は3階だ。「また明日ね。もしくは夜に」とハーヴェイが声を掛けたけど、マリアベルの返事は聞こえなかった。珍しいけど、まぁそんな事もあるだろう。部屋に入るなり、卒倒するように寝た。