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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
3章 2回目のミッション
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3-26

 休んだはずなのに、肩を貸しているアランはますます重くなった気がした。マリアベルが歩く度にガラゴロと鈴が音を立てるから、偵察とかはもうしないで5人で黙々と歩く。いつまで続くんだっけ。街までだ。分かってる。


 ハーヴェイとマリアベルはまたお喋りを再開してたけど、不意にマリアベルが「ごめんねぇ、一応」と断って呪文の詠唱を始める。『火炎球フレイム・ボール』だな、と思う。呪文の意味は分からないけど、グレイもそれくらいは分かるようになった。3階に多い茸対策だろう。もしくは、まだ『雷撃サンダーストローク』を使うのが怖いのかもしれない。


 呪文の詠唱が終わると、発動までは別の事を長く話せないから、自然と一行に会話が無くなる。普段だったら気にならない沈黙が、やけに重かった。


 長い。遠い。重い。だけど先は見えてる。歩くしかない。羽を黄緑色に光らせた小さな虫が、グレイの鼻先をからかう様に飛んでいく。高い所に咲く白い花が、金色の花粉を降らせる。マリアベルの持つランプが、橙色に揺れる。歩くしかない。美しくて残酷なこの迷宮に好き好んで入ったんだ。今更グダグダ騒いでもどうにもならない。


 こういうことなんて幾らでもありえたし、もっと酷いことだってこれから起こってもおかしくは無い。でもグレイはこれからもずっと迷宮に挑むだろう。マリアベルと一緒に。何でって聞かれると難しいけど。


 一応、生活のためって理由がある。それから、上手く行ってる時は楽しい。未知の植物や、動物や、迷宮そのものとか。見たことも無いものが迷宮には溢れている。階層が分かれていて、上を目指すって言うのも努力の結果が目に見えて良い。もっと頑張ろうって思う。


 だけど一番は――やっぱりマリアベルだ。マリアベルは諦めない。マリアベルが迷宮に挑戦し続けるなら、グレイも行かなくちゃなぁと思う。ギルド“カサブランカ”の男はそれを『魔法使いに呪われた』と評した。ギルド“ゾディア”の女性陣なら、愉快そうに『愛ですね』とか笑うだろうか。どっちでもあるし、どっちも正しくない気がする。マリアベルに必要とされていなくたって、グレイは行くだろう。


 あのふにゃふにゃしてて強い、可愛くて可哀想な魔法使いに、1人くらい味方がいても良いと思うんだ。


「……マリアベル」


 ハーヴェイが掠れた声でマリアベルを呼んだ。マリアベルは足を止めて、杖を掲げる。獣避けの鈴をものともせずに、近くの茂みが音を立てる。ローゼリットが錫杖を構えてマリアベルの斜め前に出た。アランが剣の柄を掴んで、「無理じゃないかな」とグレイが言うとだらりと手を下ろす。


「Ärger von roten wird gefunden!」


 闇夜の中でも目立つ、茸の鮮やかなピンクの斑模様めがけてマリアベルは『火炎球フレイム・ボール』を放つ。茸は1匹だけだったらしい。あっさりと燃え上がって、炭みたいに小さくなって焼け落ちる。その亡骸を、ちょいっ、とローゼリットが錫杖の先で突っついて茂みの方に転がした。茸は何の抵抗もせずに転がって行く。


 他には――いなさそうだ。「行こうか」マリアベルが鈴を鳴らして、また歩き出す。


 3階では結局、はぐれ茸1匹しか現れなかった。のろのろと、急ぎたいけど急げない歩調で進む。体が重い、装備が重い、アランが重い。マリアベルはまた呪文の詠唱をしたきり、黙っている。沈黙に耐えかねたのか、色々限界が見えているのか、夢見るような口調でローゼリットがハーヴェイと話し始める。


「ミーミル衛兵の隊長さんがお話ししていた、ギルド“パピヨン”ですけれど」


「……何だっけ、どんな、ギルドだって言ってたっけ?」


「『自主的に悪辣な冒険者の取り締まりを行っている』ギルドの1つだと。ミーミルでもそれなりに歴史のあるギルドだそうですよ。その“パピヨン”に、以前勧誘されまして。お断りしましたけれど」


 ローゼリットがこんな風に自分の事を話すのはけっこう珍しい。マリアベルは、それで? と促す代わりみたいに、ふっふーん? と歌った。これは喋って呪文を中断したことにならないらしい。ローゼリットはくすくすと笑って続ける。


「ギルド“パピヨン”は女性冒険者だけで構成されているギルドだから、と誘われました。私と、同じパーティの魔法使いの子と、盗賊の子と、3人でいらっしゃいと」


「にゅふっ!」「えぇー……!?」


 マリアベルがふき出して、あ、詠唱ダメになっちゃった、と呟く。ハーヴェイは何ですとって感じだ。アランも、「くっ……」と怪我が痛むだろうに笑い出す。


「あー……」


 グレイはどういう意味のあー、何だか我ながらよく分かんないけど、とにかく同意か納得かその辺の声を出す。


「傍から見たら見えなくもまー、あー、どうだろなー……」


「えー! グレイひどっ!」


「ハーヴェイ、髪伸びて来たしねぇ。キーリとかより、ずっと長いよね」


 ハーヴェイは抗議するけど、マリアベルはまったりと頷いて、また呪文の詠唱をやり直す。


「そっか……髪か……切ろう……」


 ハーヴェイは腑に落ちない顔で呻いている。


「きっとアレだよ、ローゼリットとかマリアベルと仲良さそうにしてるとこを見られたんじゃないかな」


「ありがとうグレイ。でも切ろう。宿に戻ったら、速やかに……!」


「ハーヴェイはそれくらいの方が似合うと思いますけれど」


「……」


 特に深い意味は無さそうだったけど、ローゼリットに言われてハーヴェイは黙り込む。こいつ切らないだろーな、と思う。「だろうな」とアランが小さく呟いた。エスパー?


「どうしました?」


 ローゼリットは急に黙り込んだハーヴェイを不思議そうに見やって――はっと、息を呑んだ。ハーヴェイとマリアベルの前方。とおーくだけど、闇が固まってるように見えた。


「あ……暴れ大牛……!?」


「えっ……?」


 マリアベルが慌ててランプを掲げる。けど、それってどうなんだ。こっちから見えるって事は向こうからも見えるわけで。


「にゅわっ!? いるかも……ハーヴェイ、もうちょっと先の小道まで、頑張って走れる?」


「僕は、何とか……!」


「俺達も何とかする!」気遣わしげにこちらを見て来たハーヴェイに叫ぶ。「……いざとなったら、置いてけ」とか何とか、アランがカッコイイこと言ってるけど聞こえなかったことにする。まったく、ハーヴェイもアランも何なんだ。そんな簡単に置いてけるわけ、ないだろ。


「まだ走ってきてないから、大丈夫だよ!」


 アランの言葉が聞こえたのか、マリアベルが励ます。


 ローゼリットがマリアベルからランプを借りて、先頭を走る。ひやひやするけど、ハーヴェイとアランを走らせるには一番だ。ともすればもつれそうになる足を、必死に動かす。暴れ大牛はこちらに気付いたっぽい。グレイ達に長い距離は走れない。一番近くの小道は、暴れ大牛と、グレイ達の間にある。行くか。行けるか。行くしかない。マリアベルは勇敢だけど、頭が悪いわけじゃない。行ける見込みがあって言ったに違いない。だといいな。


「我らが父よ――」


 ローゼリットが祝詞を唱えた。魔法を使うのかな、と思ったけど、違った。本当に、ただの祈りだった。マリアベルが、走りながら『雷撃サンダーストローク』の呪文を唱える。ローゼリットが小道まで着く。暴れ大牛はまだだ。いるかな。ほんとにいるかな。みたいな感じで、大きく首を振りながら歩いている。夜だから突進はしてこないのか。でも、近くであのごっつい角を振り回されただけでも、今のグレイ達はひとたまりも無い。


 ローゼリットがハーヴェイを小道に押し込んだ。マリアベルは小道に入らないで、杖を掲げている。あのな、良いから早く隠れろって。アランとグレイを待っている。ローゼリットも、暴れ大牛に対して身体を斜めにして錫杖を構えている。無理だから。絶対。


「アラン、もうちょいだから!」


 暴れ大牛は、獲物が小さい事に気付いたらしい。その場で止まって、右脚で地面を蹴り上げている。突進の前準備みたいに。だけどグレイ達が着いた。アランを小道の奥に突っ込む。「2人も……!」グレイが呼ぶと、ローゼリットがマリアベルに囁いた。


「マリアベル……もう1回だけ、ずるをしてくれる?」


 いいよぉ。と、声に出さずに魔法使いは笑う。幸福で、ちょっとだけ意地悪なチェシャ猫みたいに。空いている左手をローゼリットに差し出す。ローゼリットが、ぎゅっとマリアベルの手を握りしめた。


 暴れ大牛が動き出す、そのほんの前に。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 轟音。


 今度は耳を覆っていたのに、凄い音だ。


 以前は戦士4人がかりで囲んで倒した暴れ大牛が、煙を上げながらどぅっと横に倒れる。妙に香ばしい匂いがした。すぐにマリアベルもローゼリットも小道に隠れるけど、暴れ大牛は動かない。


「……上手くいったでしょうか?」


「みたいだねぇ」


 頷いて、繋いでいた手を放す。ローゼリットの手には、黄色の何かが握られていた。やっぱり、あれの所為って言うか、お陰って言うか、とにかく魔法の威力に影響を与えるものだったんだろう。


「にゅぅん。良い匂い……早く、ミーミルに帰ろうねぇ」


 何故だか少し寂しそうに笑って、マリアベルがまたハーヴェイに肩を貸して歩き出す。こんがりした暴れ大牛の横を通る。カマキリのように突然暴れ出したら、と思うけど、まっすぐ行った方が階段に近い。それもあって、ローゼリットはここで倒したかったんだろう。


 マリアベルの長い金髪が、ふわふわとローブの上で揺れている。


 御伽噺や昔話で、魔法使いは王や英雄に助言を与える賢者だったり、俗人の理解を超えた天才だったり――理不尽な悪人だったり、する。


 『北の氷雪姫』のように、マリアベルもなるのだろうか――何やらとんでもないことを成し遂げる生き物に。運命を引く者、という魔法使いの二つ名の通り。


 そうしたら、グレイは何になろうか。


 何か特別な人間になれたらいいけど、そんな大層な人間にはなれない気もする。どこまでマリアベルと一緒に歩けるだろう。考えている場合でもないか。アランとハーヴェイは重傷だ。足を動かす。街を目指す。


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