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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
3章 2回目のミッション
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3-23

 花を採って、下に居るマリアベルに預けようとしたんだろう。振り返ったハーヴェイは顔色を変えて、木から飛び降りる。


「後ろ!」


 グレイが剣を抜く暇も無い。何で? としか言いようが無い。


 隻腕のカマキリが、腕を振り上げている。


「――っ!!」


 グレイは盾を掲げて防ごうとしたけど、駄目だ。盾ごと転がされる。腕がくっついてるだけで正直感謝したい。アランは剣で迎撃しようとして、すぐに諦めた。立ち竦んでいるローゼリットの腕を取ってカマキリの横に回る。


 ローゼリットが数秒前まで立っていたところに、カマキリが左腕を振り下ろした。柔らかい地面を抉って、またすぐに振り上げる。次に狙ったのは、マリアベル。


 呪文の詠唱に掛かっていたマリアベルは、詠唱を中断して転がる様に逃げる。魔法使いなのに、大した運動神経だ。大木の影に周り込んで、何とか鎌を躱す。カマキリは、ガっ、ガっと木の幹に鎌を叩き付ける。3回目で、かなり立派な大木がずれる様にゆっくりと倒れていった。


「マリアベル!」


 慌ててグレイは起き上る。返事は無い。でも、詠唱を再開した声は聞こえてくる。大した度胸だ。そこまでやるなら大したもんだよほんとに。


「えいっ!」


 大木を倒して、マリアベルを探すように鎌を振り上げたカマキリに、ハーヴェイが矢を射かけた。表面は虫っぽくて固そうだ。案の定、横からカマキリの胸に当たった矢は跳ね返されてしまう。でも、嫌そうにハーヴェイの方に向き直る。


 ハーヴェイには悪いけど、こうなれば少し安心出来る。ハーヴェイは盗賊だし、マリアベルよりは遥かに身軽に敵の攻撃を避けてくれる。だろうし。


 と、人任せにしたら罰が当たったのか。ハーヴェイに向かおうとしていたカマキリが、唐突に、その場で半回転してグレイに向かって来る。


「いっ……!?」


 歩くのかと思ったら、跳ねた。一気に距離を詰めて、鎌、ではなく頭を振り下ろしてくる。ガチンっ、と鋭い顎が打ち鳴らされた。額と後頭部を同時に殴られたみたいに頭が揺れる。何。何だなに今の。兜の上から、齧られた? カマキリが鎌を振りかぶる。来る。避けないとマズいって分かっているのに、視界が揺れて足が覚束ない。


「こ、のやろおおおっ!」


 アランがカマキリに突きかかってくれたお陰で、グレイは命拾いした。だけど、矢だけじゃなくて剣も通らないのか、アランが腕の一振りで弾かれる。「くっそ……!」とアランはすぐに起き上がろうとするけど、カマキリはザクザク鎌を振り下ろす。アランは必死に転がって避ける。


「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください」


 すぐ近くでローゼリットの声がした。淡く光る錫杖を向けられて、やっと眩暈が止まる。


「助かった!」


「グレイ、右側からお願いします……!」


 ローゼリットに軽く、肩を押される。


 アランはもう剣も手放して逃げ回っている。マリアベルは詠唱が終わったみたいで、木の影からこっそり顔を出している。けど、カマキリが動き回り過ぎているせいで魔法を使えていない。ハーヴェイはマリアベルから返してもらった短剣を抜いて『背面刺殺バックスタップ』を狙ってるみたいだ。カマキリの後ろで、付かず離れずの距離を保っている。


「えぇいっ……!」


 腕の無い、カマキリの右側から細い胴体をめがけて突進する。巨大で、2足歩行のような姿勢をしていてもカマキリはカマキリと思わせるだけの構造をしている。頭に、胸に、腹部。それぞれの部位を繋ぐ箇所は、多少なりとも細くなっている。そこを狙えば。


 グレイが駆けだすと、カマキリが唐突に動きを止める。盾を高めに掲げた。来るなら来い。カマキリの黄色っぽい複眼が何処を見てるのかはよく分からない。だけど好機だ。


「アラン! グレイ! 跳ばれる前に……!」


 マリアベルの傍まで行って錫杖を構えているローゼリットも叫んだ。確かに、カマキリは太い足をたわませている。また跳ねるつもりか。アランとグレイは一気に距離を詰める。軽装のせいか、ハーヴェイはほんの少し躊躇った。


 また、カマキリの唐突な方向転換。そのまま跳ねる。狙われたのはハーヴェイだった。距離があったせいか、噛み付きではなく、鎌の振り下ろし。ハーヴェイは頭を庇おうとしたのか、中途半端に掲げた右腕がすぱっとぶった切られた。


「ハーヴェっ――!?」ローゼリットは走り出そうとして、踏み留まった。「アラン! 『属性追撃』を!」


 腕をもがれたけど、ハーヴェイはカマキリの側方に転がって距離を取っている。今なら。確かに。グレイはカマキリの追撃に備えてハーヴェイを庇いに向かう。アランはカマキリとの距離を詰めた。アランの『属性追撃』が間に合いそうで、でも仲間を巻き込まなくて済みそうな。そんなタイミングでマリアベルが『雷撃サンダーストローク』を使う。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 普段なら、絶対に問題無かった。


 だけど普段の数倍、いや、数十倍もの雷。雷の束が落ちる。耳を覆いたくなるような轟音を伴って閃光が弾けた。直撃を食らったカマキリが輝いて、身体のあちこちから白っぽい煙を上げてくずおれる。


「……え?」


 それどころじゃない怪我をしてるはずのハーヴェイが、グレイの背後で間の抜けた声を上げた。ローゼリットが、ハーヴェイの右腕を拾って走って来る。カマキリの本当にすぐ横を通るけど、カマキリが動く気配は無い。


「グレイ、持ってください!」


 ローゼリットに言われて、「う、うん!?」とか変な返事をしながらハーヴェイの腕を支える。


「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください!」


 魔法の理論はグレイには良く分からないけど、ローゼリットはもの凄く気合を入れたんだろう。ぱぁっ! と錫杖の先が輝いて、ハーヴェイの腕をあっと言う間に治療していく。呆然としながら「うわ……動く……」とかハーヴェイが呟いて、右手を握ったり開いたりしてみせた。


 それを見ると、すぐにローゼリットは魔法を中断して立ち上がった。怪我をしたハーヴェイよりも、ローゼリットの方が青褪めている。そういや、マリアベルとアランは?


 マリアベルは魔法を使った時の姿勢のまま、固まっていた。動けなくなるような魔法を掛けられたんじゃないかと思ったくらいだ。緑の目を見開いて、カマキリを凝視している。カマキリと――アランを。


「アラン、アランっ!?」


 悲鳴のような声でローゼリットがアランの横に座った。アランを仰向けに転がして、胸の上に両手を置いている。あの、それ、もしかして――。


「え、心臓……?」ハーヴェイが呻いて、よろよろっと立ち上がる。「す、座ってろって」妙に口の中が渇いて、どもってしまった。グレイに言われたせいじゃないだろうけど、ハーヴェイが尻餅をついた。何も出来ないのは分かってるけど、アランとローゼリットに駆け寄る。


「来た……!」ローゼリットが横に転がしていた錫杖を拾う。「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください!」


 治療に掛かる、けど。これ――治るのか。長剣を持っていた右腕が、特に酷い火傷になっている。融けた皮膚が柄にくっついていて、中途半端に開いた掌から長剣が離れていない。これ。これ、また剣を持てるようになるのか。


「大丈夫、です」


 立ち尽くしたグレイの表情を見たのか、ローゼリットが気丈に微笑みかけて来る。


「治ります。必ず――なるべく早く、教会できちんとした治療をした方が、いいと思いますけれど……」


「……わざわざこえ―こと言うな」


 呻いて、アランが上体を起こす。魔法、凄い。僧侶凄い。何とかって感じでアランは立ち上がって剣を収めた。普段通りに戦うのは、ちょっと無理だろう。


 早く帰らないと。だけど、どうやって?


 ……帰り道、分からないけど。アランもハーヴェイも本調子じゃないけど。


 誰ださっき迷宮で楽勝とか余裕とか思ったやつ。


 俺だ。


 馬鹿か。


 だけど立ち尽くしてるわけにもいかない。「……行こ、うか」何か中途半端な言い方になってしまった。グレイじゃ様にならない。ハーヴェイが、マリアベルの手を引いた。


「マリアベル」


 はっ、と息を吸って、マリアベルがアランに駆け寄った。


「あ、アラン、ごっ……」言い掛けて、ぽたぽたっ、と涙が零れる。アランの服の裾とか腕に手を伸ばしかけて、引っ込めた。「ごめっ、ごめん、なさい……っ!!」


「おう」アランは頷いて、マリアベルの三角帽子に手を乗せた。「許す」


 何か、死にかけた、もとい、心臓止まった疑惑があるのに良いのか? って思ってしまうくらいあっさりした調子だった。マリアベルもびっくりしたようにアランを見上げる。


 夕暮れ時の光が、アランとマリアベルの横顔を照らしていた。


 何だか古い宗教画のようだな、と思う。光の加減だろうか。何十年も前から2人はここに立っていて、許したり許されたりしていたように思えた。


 マリアベルは2回まばたきして、ありがと、と小さな声で言った。ローブの袖でごしごし顔を擦って「行こう」と杖を掲げた。歩くしかないんだ。無傷のグレイとマリアベルがしっかりしないと。


「あ、少しだけ、待ってください」


 ローゼリットが、荷物の中を探る。重いから何か置いていくのかと思ったら、水色の布に包まれた何かを取り出す。


「……にゅ? なぁに?」


 マリアベルに問われて、ローゼリットは少しだけ恥ずかしそうに包みを解いた。ガラン、と獣避けの鈴が音を立てる。


「もしかしたら、役に立つことがあるかと思って」


「ろ、ローゼリット……!」


 ハーヴェイが感極まったような声を上げた。


 マリアベルは黙って両手で杖を持って、軽く左膝を折った。知ってる。魔法使いが、相手に一等の敬意を払う時にする仕草だ。


「……お前のチキン具合も、たまには役に立つな」


 アランは相変わらずの憎まれ口だった。ローゼリットは仕方ないなぁという風に微笑む。


「私はリーダーなので。たくさん心配して、色々備えているのです」


 ガラン、とローゼリットが鈴を鳴らす。地図を持って、鈴も鳴らしてってなると大変そうだ。


「ローゼリット、鈴、俺が持つよ」


「ありがとうございます。とってもありがたいのですけれど、グレイは、出来れば万が一の時に備えてもらえますか……?」


「あ、そか」


 確かに、獣避けの鈴の効果は絶対じゃない。そして、アランもハーヴェイもよろよろしてる。


「そしたらあたしが、鳴らすよ。この前もやったし」


 マリアベルが手を伸ばすと、今度はローゼリットも微笑んで鈴を託した。


「お願いします、マリアベル」


「うん。頑張るねぇ。代わりって言ったら変だけど、ローゼリット、これ持っててくれる?」


 鈴を受け取ったマリアベルは、何かをローゼリットの手に乗せた。黄色の――宝石? ではないだろうけど、ひし形の板みたいな形で、表面がガラスみたいに艶々している。ローゼリットの掌から、ちょっとはみ出すくらいの大きさ。結構大きいけど、そんなに重そうではなかった。


「お預かりします……でも、これは?」


 ローゼリットは不思議そうに黄色の何かを眺めている。陽に当てる角度によって、内側から発光するように煌めく。何だろ。グレイも初めて見る。迷宮探索の途中で拾ったわけでもないだろうし。マリアベルは、にゅーん、と肩を落とした。


「ハーティアに、貰ったの」


「あ……」


 そう言えば、かの先駆者から何かを貰っていた。


 黄色の何か。そうだ。これの光り方を何処かで見たことがある気がした。雷精霊トルフェナの加護だか何だかによって、マリアベルの髪が光る時と同じだ。見間違いではない明るさだけれど、その光源が何なのかはグレイ達には決して理解できない。そういう光。


 さっきの桁違いの威力を示した『雷撃サンダーストローク』と関係があるのかもしれない。無いのかもしれない。


 マリアベルは「こういう言い方は悪いかもしれないけど」と前置きした。


「トルフェナちゃんと縁が深い何かだと思う。さっきのも、これの影響じゃないかなって思うの。あたしには、あんな凄い魔法、ほんとは使えるはずが、無いし……」


 そこまで言うと、ぎゅうっと目をつぶって首を振った。


「ううん。こんなこと言っても仕方ないね。行こう」


 ガラン、とマリアベルは獣避けの鈴を鳴らす。陽が沈んでいく。街は遠そうだった。

 


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