3-21
お腹空いたなー。と、思う。言わないけど。
ハーヴェイが空いてるんなら、アランもグレイもマリアベルもだろう。ローゼリットはどうだろ。燃費が良いから。
1人で先行して、道の先を確認して、戻る。何にもいない。蜘蛛は木に張り付いていたりするから、その辺りも確認するけどいない。良かった。蛇と花は茂みから突然飛び出してくる率が高いから、見ただけでは何とも言えない。けど、ちゃんと気を付けていれば音がしたりするから、不意打ちを食らう感じではない。
心配なのはダチョウが突進してくる事だけど、それも今のところない。あんまり個体数が多い生き物じゃないんだろう。
多分、ギルド“ゾディア”のお陰でカマキリも見当たらないから探索は順調だ。順調の、筈なんだけど。
「この先も大丈夫だよ。行ってみようか」
おう、とか、うん、とか返事が聞こえて、5人で歩く。ちらっと手の甲を見る。『加護』の光が消えてるけど、ローゼリットが掛け直す気配は無いし、アランもグレイも要求したりしない。
下り階段が、見つからない。
無いはずはないのに。だって、そこを通ってハーヴェイ達は4階に来た。絶対戻れるはずだ。なのに、辺りはもう夕暮れっぽい。でも、階段が見つからない。
歩き慣れてない階層だからって、3回はローゼリットも『加護』を掛け直した。でも、3回目の効果が切れてからは、掛け直していない。アランは多分気付いてるけど、何にも言わない。
暴れ大牛とか、ミノタウロスとか、カマキリとか、全然勝て無さそうな相手から必死に逃げる恐怖は無いけど、何だろう。この、体力とか、ローゼリット達の魔力がじわじわ削られていく感じは別の恐怖がある。食料も、もう無いし。
さくり、さくりと迷宮の道を歩く。誰も余計な事を言わない。普段だってピクニックみたいにお喋りしながら歩いているわけではないけど。でも何だか今日は妙に空気が重い。
マリアベルが指摘した通り、たぶんアランとグレイは何かを隠してる。2人のことだから、意地悪ではなくて女性陣に対する優しさか――まぁ何かしらなんだろうけど。
でも何でそんな事するかな、とは恨めしく思ってしまう。隠したりしなくてもいいのに。ローゼリットだってマリアベルだって、賢くて、強い。ハーヴェイなんかよりずっと。こう言っちゃ悪いけど、アランやグレイよりもずっと。さっさと話して相談すればいいのに、勝手に隠して勝手に後ろめたくなってる。何だかなぁ。
マリアベルはマリアベルで、朝から何だか悲しそうだ。それなのに、にっこり笑って何でもないような顔をするから、励ましたり慰めたりも出来ない。仲間なのにな。ただ、考えてみればマリアベルとグレイに出会ったのなんて数ヶ月前だ。もうずっと一緒にいる気がするけど、そうでもない。どの辺まで突っ込んだ話をしていいのか、悩ましい。
だから、ハーヴェイにはこんな事しか言えない。
「ローゼリット、大丈夫?」
これはこれでダメな質問だけど。こう聞かれたら、大丈夫としか答えようがないし。案の定、ローゼリットは「大丈夫ですよ。どうしてですか?」と微笑みかけて来る。可愛い。じゃなくて。
「ちょっと顔色が悪いんじゃないかと思って」
「少し暗くなって来ましたし」
地図を持ったまま、硬い声で言う。魔法の使い過ぎ、もあるかもしれないけど、それ以上に地図を持った手が少し震えている。迷ってる、筈はないんだけど。でも、階段が見つからない以上、地図製作者のローゼリットは責任を感じてしまうだろう。
酌んでくれたらしいマリアベルは、甘えるようにローゼリットの袖を引っ張った。
「あたしはちょっと、疲れたな。休憩出来そうな場所、ある?」
「少し戻れば、小部屋がありますね」
「じゃあ、この道の先まで確認して休憩出来そうな場所が無かったら、戻っても良い?」
ローゼリットは反射的に頷きかけてから、アランとグレイを見る。
「あの、帰りは遅くなりますけれど……」
「どの道、1階まで休憩無しで歩けるわけもねぇしな」
「俺も結構疲れたかも」
アランは疲れてきているのかじゃっかん苛ついたような口調で、グレイは言葉通りしんどそうな声で言った。体力はあるかもしれないけど、その分2人は装備が重いんだから、しんどいのは一緒か。
「そしたら、もうちょっとだけ行ったら休憩だねー」
「そうだねぇ」
マリアベルが頷いてくれる。マリアベルは元気と言えば元気だ。ととっとハーヴェイの傍まで駆け寄って来る。「あたし、今日あんまり魔法使えてないから」と小声で囁いた。確かに、花に『火炎球』は使うけど、蛇とか蜘蛛とかは動きが早すぎて魔法を使えてない。どうしたって仲間を巻き込みそうだし。
「だからねぇ、割と元気なの。ハーヴェイの荷物重かったら、ちょっと持とうか?」
食料は無くなったけど、拾った動物の爪とか牙とか、植物の種とか蔓とか色々詰まってて、それなりに荷物は重い。とはいえ、マリアベルに荷物を持たせたりはしないけど。
「うん。もっとしんどくなったら、お願いするかも」
「良いよぉ。任せてね」
マリアベルがほわっと笑う。和む。ちょっと距離あるよなーとか寂しく思ったりするけど、でもストレートに苛々されたりするよりずっと助かる。ありがとうマリアベル。可愛いよマリアベル。恋は、しないだろうけど。
魔法使いだからって読心術が使えるわけじゃない……と思うけど、マリアベルはチェシャ猫みたいに笑って歩き出す。うーん。まさか、伝わってないよね? いやー、伝わってたらマズいなぁ。伝わってたら嫌われてるだろうから、そんな事も無いのかな。あ、でも前に、男湯にハーヴェイ達がいるの気付かなかったし。平気か。
そんな事を考えていると、また曲がり角。「ちょっと待ってて」とか言って、確認に向かう。右に曲がるだけの、L字型の道。また何にもいないと思うけど――嘘だった。確認大事だ。
巨大カマキリの右腕が、落ちてる。ちょうど関節の細い所で斬り飛ばされたらしい。死神の持ってる大鎌みたいになって地面に刺さってた。その奥には、仰向けに茂みに倒れ込んだカマキリの死体。あんまり気分の良いものじゃないけど、まぁ死体っぽいし。
道も、カマキリの死体を少し行った所で広くなって、行き止まりになってるみたいだった。だから行かなくてもいいんだけど。あんまり行きたくないんだけど。でも、その道の先の小部屋に花が咲いていた。
多分、依頼の花だろう。なんていうかこう、ぶわっとしていた。花びらが多くて、丸っこくて、豪華な感じだ。木のかなり高い所にしか花は咲いてない。
ただの木なら登るのは簡単だけど、その木は茨垣みたいに、小部屋の一面にトゲトゲした枝を張り巡らせている。やだなぁ。登ったら痛そう。そんな事を考えながら、4人の所へ戻る。
「カマキリの死体があって、その先に依頼の依頼品っぽい花が咲いてる。どうしようか。4階の他の場所にも咲いてるかもしれないし、ここにしかないかも」
そう伝えると、にゅーんとマリアベルが唸った。
「普段なら、この辺りを縄張りにしてるカマキリがいるって事だよね。にゅっと行って、にょいっと採っちゃった方が良いんじゃない?」
だよね。そんな気がした。アランも疲れて色々どうでも良くなったのか投げやりな感じで言った。
「こんだけ歩き回っても、ここでしか見かけてないんだろ。そんなあちこちで咲いてる花じゃないなら、いま採っときゃ良いだろ」
「そうですよね、今のうちに……」
ローゼリットは錫杖を持ってる手に視線を動かして、あっ、と声を上げた。
「ごめんなさい。『加護』が切れていました。掛け直しますね」
謝らなくてもいいのに。ハーヴェイは辺りをぐるっと見回す。カマキリの死体以外、何も見当たらない。
「この先何にもいなさそうだし、良いんじゃないかな」
「でも」
「魔力は大事にしろよー」
ローゼリットは不安そうな顔をしていたけど、アランはすたすた歩き出してしまう。もうっ、と口を尖らせてローゼリットもアランの後に続く。「まぁ、魔力は大事だからねぇ」慰めるようにマリアベルがローゼリットの肩に触れた。




