3-20
ローゼリットが悲鳴のような声で叫んで、マリアベルを背後に庇う。マリアベルはすぐに詠唱に掛かる。夜行性じゃないのか、こいつ。
木じゃない。けど、大きい。グレイよりも頭2つ分大きい。赤い花を咲かせた、お化けみたいな花。そこらに生えてる木の幹みたいに太い茎の身体。蠢いて移動する根。根の中でも一際太い2本の根が、腕みたいだ。グレイの事を殴り殺そうと振り回してくる。
「我らが父よ、愛し子に憐れみと祝福をお与えください!」
ローゼリットの『加護』が間に合った。グレイ達の手の甲に、星とトネリコの意匠が浮かび上がる。
盾を掲げて、前に出る。
デカイし気色悪いし。でもな。ミノタウロスに比べれば。根っこなんて所詮鈍器だし、植物型でそんなに賢くも無いのか、攻撃も単調だ。ガンっ、と盾が音を立てるけど、耐えられないものじゃない。グレイ達は知ってる。こいつを、グレイ達は倒せる。
「Ärger von roten wird gefunden!」
マリアベルが『火炎球』を赤い花弁に叩き付けると、グレイの記憶の中よりずっと盛大に燃え上がった。そりゃそうだ。マリアベルの魔法の威力だって上がってる。今日はまだ疲れてないし。
アランが『属性攻撃』を決めると、火のついたままの花弁が何枚か落ちた。ハーヴェイが後ろから近寄って、細い根を数本斬り飛ばす。
身体を削られて怯えたのか、そいつの攻撃が緩むとグレイも足を踏み出して盾で根っこを打ち払う。けっこういい音がして、根が弾き返された。更に踏み込んで、長剣を突き出す。生木を無理に削った時のような、妙に引っかかる感触があるけどそのまま斬り裂く。何だろうな。
逃げようと何処かの根を蠢かす度に、その箇所をハーヴェイが根気良く削って行く。
ローゼリットは錫杖を構えたまま、マリアベルの傍を離れないで辺りを見回していてくれるだろう。
「Ärger von roten wird gefunden!」
得意の『雷撃』より、こいつには『火炎球』の方が効くことを知っている。根のほとんどを失って、花弁も半分くらいになった花の化け物はぐったりし掛けている。アランとグレイは、黙々と止めを刺す。ひどい話だけど、動物を何度も斬り付けるより、少しだけ気が楽だ。
ぴくりとも動かなかくなったそいつを、道の横の方に押しのける。迷宮で死んだものは、冒険者であれ動物であれ動く植物であれ、女神さまが片付けてしまうだろう。
「……こいつさー」
ハーヴェイが感慨深げに赤い花びらを1枚摘まんでいた。摘まむっいうか、掴むっていうか。花びら1枚だけど、ハーヴェイの顔よりデカい。毒々しい赤で、2、3本紫色の筋が入っている。
「むかーし、倒したよねぇ……」
「あの時は苦労したよねぇ……」
マリアベル近付いてきて、ハーヴェイの背中からひょこっと顔を出して花の死骸を眺めている。
「何だろうなー」
グレイも感嘆の溜息を吐いた。こんな風に思える日が来るなんて。
――楽勝だ。
かつてはあんなに苦労した気がするのに。
ローゼリットが「怪我はありませんか?」と訊いてきてくれるけど、ちょっとした打ち身程度は『加護』が治してしまう。
「平気」
グレイが答えると、「俺も問題無い」とアランも軽く手を挙げた。「僕も怪我してないよー」とかハーヴェイも言うと、安心したようにローゼリットは微笑んだ。
「良かった」
その笑い方が本当に綺麗で可愛くて、パーティメンバーじゃなかったらそりゃ恋するわ。しちゃうわ、とか改めて思う。グレイはパーティメンバーだから、しないけど。ハーヴェイもいるし。
マリアベルとハーヴェイは、笑いながら巨大な花びらをくるくるっと巻いて荷物の中に仕舞っている。
「売れるかなー?」
「どうだろうねー」
2人とも楽しそうだ。ローゼリットは錫杖を額に軽く当てた。
「グレイもアランも強くなりましたね。マリアベルとハーヴェイも。私……も、次は何か錫杖の特技を覚えようかな」
半分は独り言のような言い方だったから、余計な事かもしれないけど。
「ローゼリットの『加護』も、助かる。こういうのの方が、嬉しいかも。ローゼリットに何かあったら、誰も治療できないんだし」
「それもそうですね……。補助ですと、害意から守られる『聖者の祈り』ですとか、筋力強化の『殉教者の教え』ですとか。覚えられるものは、たくさんあります」
「5階の探索を本格的に始める前に、俺もまたギルド行きたいかもな」
「聖騎士になれば、『癒しの手』が使えるようになりますよ」
予想の斜め上の助言を貰って、どう返せば良いのか一瞬詰まる。無しでは、ないよな。ローゼリットだって、1人で全員の治療の責任を負うのは辛いだろう。応急処置だけでもグレイが出来れば。
「……そういうのも、あり、かな?」
「グレイは向いていると思いますよ」
「なにがー?」「なになに?」とか、燃えていない花弁を全部回収したマリアベルとハーヴェイが寄って来る。「またギルドに行きたいと思いまして」とローゼリットが答えると、「そうだねぇ」「そろそろ良いかもね、ミノタウロスのお陰でお金もあるし」と2人とも頷いた。
「とりあえず帰ってからだろ。現状、俺達迷ってんだからな?」
アランに凄く真っ当な事を言われて、4階の探索を再開する。
ギルド“ゾディア”の功績なのか罪なのかは微妙だけど、ローズマリーの宣言通りカマキリの姿は見当たらない。狩って回ったんだろうか。あの人ならやりそうだ。恋人を追い掛けるようなテンションでカマキリも追い掛けていきそうな気がする。
そんなわけで探索は順調だった。ローゼリットは地図を持ちながら歩き、時々マリアベルに錫杖を預けて羽ペンで道を書き込んでいる。
蜘蛛は、朝はあんまり活動していないのか襲って来ない。蛇は何回か遭遇した。けっこう素早くて、ハーヴェイ頼みになった。マリアベルも呪文を唱えかけて、これは無理だなって顔で杖を振り回して追い払うのに専念する。
マリアベルが『ぐるぐるしている』と評した通り、4階は同じような光景で何度も何度も曲がり角があって、3階と似て迷いそうだ。っていうか、グレイは完全に自分が何処を歩いてるのか分かってない。いや、迷宮の中の4階なのは、確かだけど……。
湧水が沸いている小部屋を見つけたので、小休憩にする。もう昼間くらいになっただろうか。蒸し暑くなって来て、マリアベルは帽子を外して手で顔を扇いでいる。
「あっつい、ねぇ……」
ハーヴェイもタオルを濡らして絞って、頭の上に乗せた。
「絶対、2階とか3階より、4階の方が暑いよね。何でだろ」
「女神の気分だろ」ローゼリットに地図を見せてもらいながら、適当にアランが言う。「もしくは、このまま階を上がるごとにどんどん暑くなるとか」
「それは、やだなぁ……」
「ねぇ。このままどんどんどんどん暑くなるなら、ローブの生地が薄手なやつに買い替えたいなぁ。それか、涼しくなる炎精霊ちゃんの術を覚えないと」
ハーヴェイが嫌そーに眉を寄せると、マリアベルがけろっと言った。
「え、炎精霊の術使うと涼しくなるの? 氷精霊じゃなくて?」
「うん。僧侶の『加護』みたいにね、精霊が守ってくれるような術もあるの。炎精霊ちゃんは熱気とか炎から守ってくれるし、氷精霊ちゃんは寒さとかから守ってくれるよ」
「へぇぇ……」
「すごーく良い魔法使いとして有名な賢者アイザック師は、ある街で酷い火事が起こった時に、街の住人数百人を炎から守ったっていうしね。アイザック師の『炎精霊の守護』のお陰で、燃える街の中を文字通り“歩いて”逃げられたらしいよ」
「偉大だねー」
「そうだねぇ。アイザック師も、炎精霊ちゃんも」
マリアベルは誇らしげに頷いて、それからほんの少しだけ目を陰らせた。
「そういう事ばっかり望んでくれれば、魔法使いも迷わないと思うんだけど。でも実際は、炎精霊ちゃんは戦とか闘いが好きだからね。アイザック師に人を助けるように望んだのは、本当に珍しい事なの」
「闘い……ってことは、ハーティアに竜を狩ってって望んだのは、炎精霊?」
「たぶん。ハーティアも、みんなに好かれてるみたいだけど、一番仲良しなのは炎精霊ちゃんだと思う。きっと炎精霊ちゃんの力だけじゃ、竜のところには行けなかったんだろうね。14階に、いたらしいし。だから氷精霊ちゃんも雷精霊ちゃんも手伝ってくれてる」
「ふぅん」
ハーヴェイは水筒に口を付けかけて、やめた。
「あれ、でもハーティアって竜狩ったんだよね。精霊の願いを叶えたってことは、えーと、あと、何やるんだろ?」
「ハーティアは『すべての竜を』って言ってたから。きっと何匹かいるんじゃないかな」
「あ、そっか。大変だなぁ。でも、精霊がハーティアに願ったことも、人間的には有難いことだよね。竜を倒して、新階層の探索が進めばミーミルも潤うし。竜って言うなら、人間とか食べたりするかもしれないし。ハーティアも、いつか賢者ハーティア師、とか呼ばれるようになるのかな」
「なるかもしれない」
ぽふん、とマリアベルは帽子を被り直す。
「し、ならないかもしれない。どっちにしても、精霊の望みが人間にとって良いことだって悪いことだって、魔法使いには精霊と約束することしかしないだろうけどねぇ」
さて、行こうか、とマリアベルが立ち上がって杖を掲げた。




