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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
3章 2回目のミッション
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3-19

 この前って何時だろ。マリアベルは、揃いの鎧兜を身に着けているミーミル衛兵でも個人を見分けられる。魔法使いが、視覚以外に何の感覚を持ってるのかよく分からない。ローゼリットには出来ない芸当だから、魔力的な感覚とも違うんだろう。でも“ゾディア”のアレンは驚いていなかったから、魔法使いは出来るようだ。


「やぁ、魔法使いの子。もう5階まで来たのか。ついこの前まで2階にいたと思ったら」


 親しみのこもった声が、グレイの記憶のどっかに引っかかる。えーと。待て、今思い出せると、おもう……。マリアベルはにゅふふっ、と笑った。


「何せ、とっても急いでいるもので。ミノタウロスの帰り道に、獣避けの鈴をありがとうございました」


 ぺこっとマリアベルが頭を下げる。思い出した。


「あ。グラッドさんといた隊長さん」


「君達のお陰で、私達は全員生きてミーミルへ帰ることが出来た。お礼を言うのはこちらのほうだよ」


 穏やかな声で言って、それから、ちょっと気まずそうに他のミーミル衛兵に目をやる。


「とは言え、本来ミーミル衛兵の備品をほにゃららするのはアレでソレであってね」


 グレイ達に獣避けの鈴を1つ分けてくれたのは、アウトだったらしい。マリアベルは慌てもせずに「それはそれとして」とか軽やかに流した。


「顔見知りの立ち話程度で、ご存知でしたら教えていただきたいんですけど」


 隊長さんとしても、話が変わるのは歓迎らしかった。


「何だい? 立ち話で教えられることなら何でも答えよう」


「ありがとうございます。4階で、薄紅色のお花が咲いているのを見かけたことってありますか?」


「薄紅色の、花……」


 隊長さんの声は、何かを思い出そうとして消えていったのではなくて、あぁそれか、と言う感じで言いよどんだみたいだった。


「……それは、依頼クエストを受けたのかい?」


「はい」


 マリアベルは揺ぎ無く頷く。ほにゃほにゃしてる癖に、芯の通ったマリアベルの声。


 ミーミル衛兵は深く溜息を吐いた。独り言のように呟く。


「それを持ち帰って、サリオンの娘と妻が幸せになるとは思えないのだが」


 にゅーん、とマリアベルは唸った。


「サリオン、さん?」


 サリオンは、もう遥か昔の気がするけど、グレイ達が初めて迷宮に入った時、仕事とは言え案内役を務めてくれた人で、その縁で、マリアベルは随分と可愛がられていた。何度か、迷宮に入る前に飴を貰っていたんだった。それすら、もう随分前の事の気がする。


 そして、あのミノタウロスが迷宮に現れた日から、見かけていない。今日まで、ずっと。


 ぎゅうっ、と胃が縮む気がした。サリオンさん。娘さんが、依頼主ってことは。もう2度と、マリアベルに飴をくれることはないのか。


 ミーミル衛兵は凄くたくさんいる気がするけど、彼等からしたら仕事仲間で、顔と名前を一致させることなんて造作ないんだろう。一緒に迷宮に入るくらいなんだから雑談くらいするだろう。結婚してるとか、子供がいるとか。親しくなれば、話すだろう。例えば4階を歩きながら、別の若い衛兵に、自分は妻にあの花を贈ってプロポーズしたんだとか。そんな事を。


 そんな仕事仲間の、後のこと。気になるだろう。気にするだろう。穴熊亭は冒険者御用達の酒場だけど、別に他の――ミーミル衛兵とか、商人とか、職人の立ち入りお断りって訳じゃない。1人がそれを見つければ、ミーミル衛兵のネットワークで情報はあっという間に伝わっただろう。サリオンの娘さん、依頼クエストを貼り出したみたいだけど、あれはなぁ、と。


 マリアベルはじぃっとミーミル衛兵を見つめて、見つめて、あっさり諦めた。


「立ち話では出来ないお話みたいですね。困らせてしまってごめんなさい。あたし達、もう行きますね」


 丁寧な言葉遣いに、ひんやりしたものを感じる。マリアベルは聡い。サリオンの死を感じ取ってしまって怯えたのとは別の――あなたとは分かり合えないな、という壁を作った冷たさだ。


 でも表情はにこやかだし、ひんやりしたものも、グレイだから、いや、グレイ達だから気付けるようなものだ。ミーミル衛兵は「すまないね。どうか気をつけて」と穏やかな声でマリアベルを見送った。


「いいえ。お仕事中にご迷惑をお掛けしました。衛兵さんも、気をつけて」


 もう1度丁寧に頭を下げて、マリアベルは歩いて行く。グレイ達も半分駆け足で追い掛ける。ハーヴェイがマリアベルの手を掴んだ。


「1人で行っちゃ、危ないよ」


「……そうだねぇ。ごめんね」


「うん」


 ハーヴェイは頷いて、階段を降りて行く。その後ろに、手を繋いだままのマリアベルが続いた。事情を知らないハーヴェイは怪訝そうだ。


「さっきの隊長さんの話、何だろうね。サリオンさんの娘さんが依頼クエストの依頼主で、えぇと、思い出の花なんだよね。サリオンさんが、奥さんにプロポーズする時に渡した花ってことになるよね。何でそれを持って帰るのが、幸せになるとは思えないとか言うんだろ。ご両親の結婚記念日とかの為に、娘さんが思い出の花を依頼したって、変じゃないよね」


「そうだねぇ」


 マリアベルは笑ってるような声で応じる。グレイとアランには何にも言えない。


 ローゼリットも、「素敵な事だと思いますけれど」と不思議そうだ。


 そんな事を話していると、4階に着く。ハーヴェイが外を見に行って、戻って来る。


「今日は蜘蛛いないよー」


「良かったねぇ」


「本当ですね」


 マリアベルとローゼリットが頷き合って、4階に踏み出していく。4階の階段付近には、誰もいない。動物も、いなさそうだ。見通しの良い1本道で、茂みは道の左右に綺麗に生えていて、グレイ達がどの辺から飛び出して来たのかもう分からない。


 明るい迷宮の中で、マリアベルがじっとこちらを見つめて来る。


「グレイとアランは」


 やけに落ち着いた声だった。呪文と唱えている時のような、少し硬くて透き通る声。黒い三角帽子の下のマリアベルの緑の瞳が、宝石みたいに綺麗だった。こんな時なのに。


「不思議そうじゃないね。何か知ってるの?」


「え……」


「何が……?」


 ローゼリットとハーヴェイは不思議そうにこちらを見つめて来る。グレイが何か答える前に、マリアベルが声を上げて笑う。


「言ってみただけ。何でもかんでも話したって仕方ないしね。マリーちゃんの香水が『ゴッドディーヴァ』の『スノージュエル』だと思ったとか。10日以上迷宮にいた筈なのに髪がさらさらで、何処かで沐浴出来るのかなとか、そんな事まで何もかも話したって仕方ないよね。依頼クエストをやめようって言われたわけでもないんだし。それじゃ、行こうか」


 のんびり杖を掲げて、マリアベルは歩いて行く。マリアベルの言う通りと言えば、言う通りだ。アランもグレイも、依頼クエストをやめようって説得したわけじゃない。本当に花を渡さない方が良いと確信できるわけでもない。事情が、色々あるだろうし。うん。


 とにかく今はそういう事を考えてる場合じゃない。まだ歩き慣れていない4階だ。グレイ達は、4階ですし、と軽やかに笑えるギルドの冒険者じゃない。


 気を付けて道の左右を見てみるけど、本当にグレイ達が木をへし折って無理やり通って来たのが何処か分からない。それなりに派手に燃やしたり折ったりしたはずなのに。


「女神さまが直したのかなー。3階から上がったところで木が何本も折れてたのも、今日帰る頃には綺麗になってるかもね」


 同じことを思ったのか、ハーヴェイも辺りを見回している。似た様な木が生えてるばかりで、特別新しいというか、若い木も見当たらない。ここは3柱の運命の女神さまたちの迷宮だ。何があったって驚かないようにしたい。いやまぁ、驚かないっていうか、信じられないから驚きようも無いっていうか。


 グレイは何となくこの辺じゃないかな、という場所の茂みを、盾で押しのけて覗き込んでみる。その先も、左右も、びっしりと木が生えているのが見えた。


「何つーか、ここまで不思議過ぎると、驚くとかを超えるよな」


「あー、分かる。驚くって、ある程度理解出来ないと無理なんだよね。ここまでわけ分かんないと、ぽかんとするか、自分の記憶を疑うよね。道を無理矢理作ったとか、気のせいだったんじゃないかな、とか」


 ことさら明るくハーヴェイが言う。何か気ぃ使わせてごめん……。じゃない。やめよう。考えるな。そういう事。ほら。こういう事になるから。


 ふわっと甘い香りがした。マリゴールドさんの香水とか、そういうのじゃなくて。記憶を引っ掻く甘い香り。


 そう言えば、名前をまだ確認していないな。がさり、と背後の茂みが動く。


「――っ! グレイ、前、お願いします!」


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