09
またグレイ達一行は歩き出す。巨大青虫からかなりの距離を置いた安心感があり、辺りを見回しながら進む。未知の迷宮とはいえ、いきなり死ぬこともなさそうだと分かったところも、安心要素の1つだ。
「にゅ、あの果物、美味しそうね」
しばらく進むと、赤い果物を実らせる木を指差してマリアベルが言った。
「あぁ、行きも多分、見ましたね」
ローゼリットが頷きながら答える。
モグラを倒してから、ルールを思い出したのか、ローゼリットは羊皮紙とペンを取り出して、簡単に地図を描いていた。メモを残しているようなさらりとした書き方だが、グレイがちょっと見せてもらうと、道の距離感がかなり正確に描かれているように見受けられた。
僧侶の特技なのか、単にローゼリットの才能なのかは分からない。方向把握や空間認識は一般的に男の方が得意だというが、グレイはあんまり信じていない。そして今日めでたく、信じない要素が1つ増えた。
「ちょっと採ってみようか」
言うが早いか、ハーヴェイが木に取り付く。マリアベルが嬉しそうに、木の下で魔法使いの帽子を取ってひっくり返した。帽子で受け止めるつもりだろうか。
「気をつけろよー」
呆れたようにアランが言う。遠足か、と思わなくもないが、あまり緊張しすぎても1日持たないだろう。
ハーヴェイは危なげなく枝に取りつき、2つ3つ赤い果物を採ってみせた。「行くよー」とかマリアベルに言い、マリアベルも「まかせろー!」とか元気に頷いた。
1つ、試しにといった感じでハーヴェイが果物を投げると、マリアベルが本当に帽子で受け止めた。相変わらず、インドア派の魔法使いとは思えない反射神経だった。見ていたアランが、すげぇな、とか呟いた。
マリアベルは受け止めた果物を帽子から取り出すと、にっこり笑ってグレイに向かって差し出してくる。赤くて、つやつやしていて、確かに美味しそうな果物だ。
「持ってて! よーし、ハーヴェイ、もう1つー!」
「はいよー」
テンポよくハーヴェイが投げて、マリアベルが受け止めて、グレイに持たせて、あっという間に5つ集まった。ハーヴェイが木から降りながら笑う。
「食べられるかな、これ」
「街に戻ってからにしてくださいね」
ぴしゃりとローゼリットが言う。彼女の言う通りで、万が一、毒でもあったら笑えない。マリアベルとハーヴェイもその辺りは了解しているのか、大人しくそれぞれの荷物に果物を収める。割と固いから、鞄の中で潰れることはなさそうだ。
「にゅふふ、帰ったら食べるのが楽しみだなー」
怪しい笑い声を上げて、魔法使いの帽子を被り直しながら、マリアベル。
「なんでそんなに食い意地が張ってるんだろーなー」
マリアベルのほっぺたをぐりぐり突っつきながら、グレイは言った。あまり肉が付いている感じは無い。栄養をどこに持ってかれてるんだろうな、と心底不思議に思う。
その後も、1度またモグラに遭遇した。また2匹。今度はアランが1匹斬り倒し、1匹はグレイの横をすり抜けかけたが、ローゼリットが錫杖で押し返して、グレイが止めをさした。相変わらず戦闘がごちゃっとするとマリアベルは手の出しようが無いようで、困ったように首を傾げている。
「にゅーん。補助っぽい魔法、覚えた方がいいかなぁ」
言いながら、歩く。が、アランが振り返って尋ねた。
「って言っても、魔法ってそこまで乱発出来るわけでもないんだろ?」
「まぁ、ねぇ」
曖昧にマリアベルは頷く。
土地や気候に対する精霊の相性もあるが、魔法はいつでもどこでも何度でも使えるわけではない。炎精霊の調子が良くなる、火山の近くなどではかなり負荷が少なく火炎系の魔法を使えるというが、今は、だからどうした、という話だろう。
ふんふん、と歌うように言って辺りを見回してから、マリアベル。
「この緑の大樹の中では、何となく魔法が使いやすいかなぁ。それに、瞑想を行えば、魔力は多少回復するし」
とはいえ、今のマリアベルでは先ほどの『雷撃』で、1日3、4回が限度だろう。補助の魔法を覚えれば、戦闘の助けになるかもしれないが、肝心の事態でガス欠を起こす可能性もある。
「あたしじゃ、さっきの『雷撃』で1日3、4回が限界かなぁ? 多少威力を調整すれば、また話も別だろうけど」
「あれ、ネズミ(仮)に結構大技を」
「だってびっくりしたんだもん」
茶化すようにハーヴェイが言うと、マリアベルはぷぅ、と頬を膨らませた。くすくすと笑いながら、ローゼリットは手元の地図に目を落とす。
和やか――と言えば聞こえがいいが、多少、全員注意力が散漫になってきている。朝から、初めての迷宮に入って、今まで歩き通しだ。地図はそれなりに広がってきた。道がおかしな風に交わることも無く、歩いた場所が綺麗に地図に落とされていく。ローゼリットは凄い。
が、同時に歩き出しの時ほど明確にどちらへ向かえばいいのか分からなくなっても来ている。何度か行き止まりや、どう見ても行きに通らなかった場所に行ってしまい、引き返したりもした。
「いま、何時くらいだろうな」
上を見上げて、ぽつりとグレイが言った。つられるように、他の面々も上を見上げて日の様子を窺う。昼ごろだろう。多分。夕方ではないのは確かだ。日の光が信じられるのならば。
「時計、欲しいですね」
ローゼリットは無理を承知で呟いた。案の定、アランが口を挟む。
「高級品だろ」
「そうですけど」
脊椎反射でローゼリットが言い返すと、グレイが同意した。
「夜になると、もっと凶暴な動物が出るって話だし、あった方が良いよな」
「そういえば、冒険者って毎日日帰りなのかなぁ? あんまり遠くまで行けなさそうだねぇ」
マリアベルは首を傾げてのんびり言う。つられて悩みかけて――ローゼリットは首を振る。まずい。ような気がする。
「あの、少し休みませんか?」
ローゼリットが言うと、4人とも、そういえば自分たちが疲れていることに気付いてびっくりしたような顔をした。
「……確かに」
「っても道の真ん中ってどうなんだろうな」
グレイ、アランが言うと、マリアベルが辺りを見回して言った。
「誰もいないし、良いんじゃないかなぁ?」
「いや、ネズミもどきとかに突然襲われないかって話でな?」
アランが突っ込むと、いつの間にか何処かに行って、とことこ戻ってきたハーヴェイは前方を指差して言った。
「ちょっと行ったところが、広いスペースになってる。そこなら良いんじゃないかな?」
ローゼリットが4人の顔を見回した。誰も異論は無いようだった。