3-16
わーい天幕ーとか言っていたと思ったら、ぱたんっ、とマリアベルがうつぶせに倒れた。荷物を背負ったまま、にゅすー、とかけったいな寝息を立て始める。相当疲れてたんだろう。ローゼリットは、マリアベルを起こさずに、何とか荷物を下ろしてあげられないかと考えていたようだけど、上手く行かなかったみたいだった。マリアベルの横に座って、膝の上に荷物を抱えて、すぐにうとうとし始める。
「つっかれたなー」
「ねー」
女性陣に気を使って、小声でアランとハーヴェイが言い合う。相手はミーミル衛兵だし、まさか間違いはないだろうけど、万が一に備えて天幕の入口のすぐ近くにアランが座っていた。
「ハーヴェイも寝るなら寝とけ。お前、昨日の夜もほとんど寝てないだろ。不寝番は交替だって言ってんだから起こせよな」
「やー、時間が分かんなくて。そろそろ時計欲しいよねー」ハーヴェイは頭を掻いたけど、アランが半眼で睨み続けると「……ありがと。寝ます」と荷物を枕にして横になった。
迷宮に入って2日と半分くらい過ぎた。この調子では、街に帰る頃には3日目に突入するだろう。
「アラン、食料持ちそう?」
「正直キツイ。まぁ最悪1日くらい食わなくてもな。水に困らないのは助かる」
「俺もそんなとこ。今後はどうしたもんかな」
「そろそろ現地調達も視野に入れるか」
「だよなぁ。何なら食えるだろ。赤い実くらいしか思いつかないな」
「南瓜もいけるんじゃねぇの」
「あー、焼けば何とかなるかもな」
「火を通せるなら、兎も捌ける」
「確かに。食いでのありそうな兎だしな」
にしても、薪を集めて調理する手間を考えると、1日くらい食べなくても早く街に帰った方が良いのかもしれない。
「……冒険者が集まってギルドを作るのも、分かるな。食料とか、育成以上に、人手が多いってのは偉大だ」
アランが多少不本意そうに呟いた。
「うん。揃いの装飾品って、意味あったんだな」
「多少の抑止力には、なるよな」
「たぶんね……アランは、もしかしてローゼリットとギルド“カサブランカ”に入りたかった?」
「いや。マリアベルが入る気が無いイコール、ロゼも入らないになるからな」
「あ、なるんだ」
「なる。まぁ、なんつーの? アレだ。こう、ロゼは」
アランは眠っているローゼリットに視線を移した。規則正しい寝息を立てていて、話が聞こえている様子は無い。小さな声でアランは続ける。
「ちょっと目立つ顔だから、同性の友達が今までほとんどいなくて」
ちょっと目立つとかそういう問題じゃ無いだろうけど。ローゼリットは夢の中の生き物のように綺麗だ。
だけどいくら美人だって言ったって、ローゼリットはあんなに性格が良いんだし同性の友達くらいいそうだったから、アランの話は正直意外だった。マリアベルは家のことと、性格が魔法使い過ぎたから距離を置かれてたけど。
だけどアランだって、従兄妹についてこんな話をするのは楽しくないだろう。グレイは特に深く突っ込まずに「そっか」とだけ頷いた。
アランはそれでもなお複雑そうな顔をしてたけど、グレイの方を見て「グレイも寝とけよ」とか言ってくれたのでありがたく目を閉じる。
「ありがと」
想像していたよりよく眠れた。夢も見た気がするけど、何か筋の無い、ぐにゃぐにゃした夢だったからよく思い出せない。
何時になったら移動しようとか相談してたわけじゃない。だけど、マリアベルが騒いだせいでグレイは叩き起こされた。
何かアランと話してるな、と思ったらグレイが枕にしてた荷物を蹴っとっばされた。
「にゅわっ!? ごめんねっ」
どうも慌ててるらしい。「どしたー……?」他の冒険者が来てしまったんだろうか。
「マリアベル、落ち着けって。何ださっきまで寝てたのに」
アランもよく分かっていないらしい。目を擦ってグレイが身を起こすと、マリアベルに揺さぶられる。
「グレイ起きた! 起きたなら外行こうとっても凄いから!」
ぎりぎりで、寝ているローゼリットやハーヴェイに気を使っているのか小声だったけど、「マリアベル、どうしました……?」とか「出ろって言われたー……?」とか眠そうに2人も起き出した。
「早く早く! 行っちゃうよ! 行かないならあたし1人で向かう模様っ!」
ちょっと変なくらいのハイテンションでマリアベルは天幕から出て行ってしまう。「おい、ちょっ……!?」慌ててアランが追っかけて行く。すまん、アラン。
グレイが荷物を背負い直すと、ローゼリットが目をぱちくりさせていた。
「ええと、何かありましたか?」
「分かんないけど、マリアベルが外行こうって」
「外?」
不思議そうな顔のまま、ローゼリットは荷物を肩から掛けて天幕から出て行く。何だろうな。精霊のお告げでもあったんだろか。グレイも天幕の入口をまくって外に出ると、マリアベルが黒い人達に走って行くところだった。
彼等もマリアベルに気付いたみたいで、その中の黒い三角帽子の魔法使いはマリアベルを迎えるように両手を広げた。
「――おいで、小さい魔法使い!」
「……おいおい、ギルド“ゾディア”じゃないか」
ずっと駐屯地の入口で立っていたらしいミーミル衛兵が呟くのと、両手を広げた“ゾディア”の魔法使いに、戦士のお姉さんが横から蹴りを入れてどかして、つんのめったマリアベルを僧侶のお姉さんが抱き留めたのはほとんど同時だった。
「お久しぶりね、小さな魔法使い。かわいいマリアベル」
「……にゅーん? お久しぶりです、マリゴールドさん。何故だかハーティアがいなくなった不思議」
「不思議ではないの当然なの」
割とこう、パーティメンバーというより虫とか変質者を見るような目でマリゴールドはハーティアを見下ろした。
「可愛い女の子に抱き付こうなんてとんでもないの。訴えられたら確実に負けるの」
「……そうだとしても、何故、僕はカロンにまで踏まれているのだろう」
うつ伏せに倒れた魔法使いの真っ白な頭を、黒い狼は前足で踏ん付けていた。こう、餌の小動物とか捕まえた時に犬がするポーズによく似ていた。飼い主に、食べていいか伺う時の格好だ。
「カロン、食べてはいけませんよ」
「だよねぇ」
戦士の女性、ローズマリーがカロンに命じる。ハーティアがほっとして起き上ろうとするが「おかしなモノを食べては、お腹を壊しますよ。あと、そのまま押さえておくように」とのこと。忠実な狼は、魔法使いの上に寝そべって押さえつける。
「え、おかしくない。おかしいよね。何で僕うつ伏せ続行なの? 五体投地? そうなの? 僕は何を拝めばいいの? 炎精霊?」
「さて、お久しぶりですマリアベル」
ぶつぶつ呻いているハーティアを完全に無視して、爽やかにローズマリーは言った。
「ダレカタスケテー」
「お久しぶりです、ローズマリーさん。あのですね。あの、秘守義務がなければですね」
「チイサナマホウツカイマデー」
「うふふ、ありませんよ。えぇ」
ローズマリーは優雅に微笑んだ。天幕から出て来たグレイ達にも手を振って来る。
「お久しぶりですね。全員揃っているようで何よりです。あの黄色い花に引き抜かれていたらどうしようかと思いました」
「マリアベルが断ったんで俺達も断りました」
当然のようにアランが報告して、儀礼的に付け足した。
「勿体無いお話でしたけど」
「少しも勿体無くないの。あの年増よりマリアベルの方がずうっと大事なの。選ぶべきを選んだの」
何やら独特の言い回しだった。グレイ達が一瞬面食らうと、いつの間にかグレイ達の傍に来ていた銃撃手のアルゼイドが相変わらず陰鬱な声で親切に補足した。
「あの姉妹は北の国の出身だから、ウルズ語が時々おかしい。ニュアンスで汲んでやってくれ」
「あ、はい。ご親切にありがとうございます……」
そうなんだ。確かにマリゴールドは物凄く肌が白いし、髪も銀のような淡い青のような、色素の薄い感じの色味をしている。っていうか、姉妹?
「あれ、お2人ってご姉妹なんですか?」
ハーヴェイが、マリアベルを抱き締めたマリゴールドと、にやにや笑ってハーティアを見下ろしているローズマリーを見比べる。うむ、とアルゼイドは頷いた。
「あれでも双子だ。落ち着いてよく見ると、顔立ちは似ている」
髪の色も、立ち振る舞いも、浮かべる表情も、服装の趣味もまるで似ていないが――なるほど、言われてみれば確かに、顔立ちと瞳の色だけはそっくりかもしれない。
「あ、ほんとだ」「本当だ」「似てる」うっかりグレイが呟くと、ハーヴェイとアランもしみじみと同意し、ローゼリットは何故か溜息を吐いた。「いいなぁ……」
何で? とかグレイが尋ねかける。けど、ハーティアとマリゴールドの言い合いがだいぶ盛り上がっていてそれどころじゃない感じだ。
「だいたいねマリアベル。その僧侶っぽいのから離れないと性悪が伝染るよ」
「だれが性悪なの。変態は黙るといいの。わたくしのお陰で訴えられずに済んだのだから有難く思うべきなの」
「ほーらマリアベル。こっちおいで。魔法使いじゃなくなっちゃうよ」
「五体投地が何を言っているの」
「つまんない男に引っかかって氷精霊と喧嘩別れすることになるよ」
「この変態に近寄ると、目を開けたまま寝る事になるの」
「え、開けてないよ嘘だよ」
「本当なの。気色悪いのよ」
「嘘だよ。嘘吐きが伝染るよマリアベル。だいたいそんな抱き締めたりして可哀想じゃないか。10日以上迷宮にこもってたんだからそのお姉さんくっさいよ。マリアベル言いたくても言えないよ。ほら、お放しよ」
「む……ぅ!」
何か子供の喧嘩より酷い事になっている。この人達、いい大人で、ミーミルで一番有名な冒険者ギルドのメンバーなんだけど。