3-14
「あ、そういや悪い。盾返す」
アランも落ち着いたら思い出したのか、グレイの盾を差し出して来た。
「あ、そうだった。むしろ持たせてごめん」
5階に上る前にってことで、ハーヴェイに短剣を返したり、アランの怪我をローゼリットが治したり、グレイのドロドロに汚れた長剣を拭ったり、と身支度を整える。カマキリがもしも突然茂みから飛び出してきても、階段に逃げ込めば良いから安心だ。
マリアベルは疲れたのか、グレイの横にちょこんと座って目を閉じている。寝るなよ、と言い掛けると、上体が傾いでグレイの腕に重みが掛かる。寝るなって。額をぺしっと弾くと、にゅーん、と呻いて細く目を開いた。
「寝てないです。瞑想中です」
「嘘つけ」
まぁ、嘘だけとねぇ、と言ってマリアベルが立ち上がって伸びをした。眠気を覚ますみたいに、とことこっとアランの所へ歩いて行く。
「アランの盾、大丈夫?」
ダチョウに引っ掻かれた上に、さっきの強行突破で類焼したらしい。表面が黒ずんでいた。
「使えなくはねーけど、帰ったら買い直しだな。ま、いい機会だ。次はもう少し良いもん買うよ」
「そっかぁ。今日まで頑張ってくれたのにねぇ」
マリアベルは、そっと盾の縁を撫でた。
「青虫の唾液とか付けられて、オリジナル模様まで出来てたのに」
「……まぁな」
アランは、あれ、何か急に惜しくなくなった、みたいな変な顔をした。
「で、5階行ってみる? 依頼の花見つかってないから、やめとく?」
ハーヴェイに訊かれて、マリアベルとローゼリットは顔を見合わせた。お互い、お互いの顔色の悪さに気付いたんだろう。
「5階の方が安全かも知れないって説もあるし、行ってみようか」
「そうですね。どうでしょう?」
ローゼリットの後半の問いかけは、グレイとアランに向かってだ。グレイはもちろん、アランも異論は無さそうだった。
「登ってみるか」
「5階の探索はちょっとだけね。変なところ通っちゃったから、帰り道もよく分かんないし」
「さっきの場所、逆走すりゃいいだろ?」
「どうだろね。それが出来れば、良いんだけど」
アランに言われて、マリアベルはさっきの場所を振り返った。何でだか、やけに楽しそうに続ける。
「女神さまがすぐに塞いじゃったら、困るなぁと思って」
そんな光景はさすがに見たことが無いし、非現実的だけど――アランやグレイが無理やりへし折った木を、女神さまがあっと言う間に直してしまう光景がごく自然に思い浮かんだ。この迷宮なら、ありそうな気がする。アランはうんざりしたように目を細めた。
「……それは、困るな」
「困るよねぇ」
マリアベルは楽しそうだ。チェシャ猫みたいに笑って、階段を示す。
「ともかく、5階行ってみようか」
それじゃあ、とハーヴェイが階段に入る。
「ちょっと待っててね」
「危ない事があったら、頑張ってあたし達のこと呼んでね」
「うん。頑張るから、助けに来てほしいな」
「ハーヴェイの為なら、あたし達、すごーく頑張るよ」
ね、とマリアベルがローゼリットに確認すると、僧侶の少女は至極真面目な顔で「頑張ります」と頷いた。何ていうか、こう、一言で言うと、すごくかわいい。
「ありがと。じゃ、行ってきます」
焦ったようにハーヴェイは階段を駆け上がって行く。またか。やばかったんだろうか。鼻の粘膜弱すぎやしないか。
「……どう思う?」
アランに尋ねると、回答は短かった。
「知るか」
「だよね」
ハーヴェイが行ってしまったから、代わり、にはなれないけどせめてグレイは辺りを見回しておく。4階で見かけた動物っていうと、ダチョウに、カマキリに、ヘビか。3階までに見かけた生き物を、全然見なかった。湿度――っていうか、生えている植物が違うから、動物も生態系が変わったんだろうか。
そういえば、ダチョウの羽でも拾って来れば良かったな、と思う。4階で、今のところ稼ぎはゼロだ。まぁ、先日のミノタウロスの指令の報酬を山分けして貰ったから、懐は潤っているけど。そろそろ、またギルドに行って新しい特技を覚えるのも良いかもしれない。
そんな事をグレイがぼんやり考えていると、にゅー、とマリアベルが呟いた。
「どした?」
「ハーヴェイ、遅くない?」
「でも、呼ばれてもいないし」
「そうなんだけどねぇ」
マリアベルは掌に杖の先っぽを載せて、ふらふらとバランスを取っていた。ハーヴェイを心配してるのか、遊んでるのか微妙だ。っていうか、身長位の長さのある杖を片手に乗せて、こいつバランス感覚良いな。
グレイが感心しかけると、ぱたん、と階段に向かって杖が倒れた。魔法使いの杖の先端に付いている赤い鉱石が、まっすぐ階段の入口を示している。マリアベルはやけに凛々しい顔で頷いた。
「よし、あたし達も5階行こう」
「……今ので何が分かったんだ?」
「にゅっふっふっ」
問いかけるアランには答えずに、マリアベルは階段を登って行こうとする。アランがマリアベルの襟首を横から引っ掴んだ。
「待て待てまて」
「にゅー?」
「にゅーではなくてな。ウルズ語を話せ魔法使い」
「昔の偉大な人は言ったよ。考えるな感じろ、って」
「それをやっていいのは、感覚で正解を得られるだけの経験がある時だからな」
「アランはまだ分かんない? グレイはばっちりですよ」
「嘘つけ」
「ほんとだってばー」
そんな事を言い合って、2人してグレイの方をじっと見つめて来る。
「7割くらい、かな……」
「微妙」
「予想以上に微妙な割合だったー……にゅすん」
マリアベルはしょんぼりして、それじゃあもう少し待とうかなぁ、とか言って階段の近くに座り込む。
4人で黙り込むと、遠くから鳥なのか虫なのか、グワッグワッ……みたいな声が聞こえて来る。さらに遠くから、木が倒れる様な低い地響きの音も。良くも悪くも、他の冒険者の声は聞こえない。
急に強い風が吹いて、木の上から何か落ちて来る。大きなものじゃない。木の実か何かだろうか。茶色っぽくて、小さい。
「何だろな」
グレイが拾ってみると、植物の種のようだった。マリアベルも幾つか拾い集めている。
「持って帰ってみようか」
「……あの、2人とも」
ローゼリットが木の上を見つめながら震え声を上げた。アランも「うえっ」と嫌そうな声を漏らす。あんまり心構えをしないでひょいっと地面から木の上に視線を移して、グレイは物凄く後悔した。
みっちりと、という感じで、やたらと巨大でしかも派手な色をした蜘蛛が5、6匹集まっている。いや、さっきまでいなかったよな、って誰かに訴えたい。だけどそんな暇も無い。見つめている間に、じわりじわりと蜘蛛たちは木から降りて来る。
「蜘蛛って、肉食だよね……」
魔法使いらしく博識なマリアベルが呟く。普段は変な鳴き声を上げてる癖に。呟いて、腹を括ったのか呪文の詠唱を始めた。
「ただいまー。どしたの怖い顔して?」
その時、ようやくハーヴェイが戻って来る。アランが噛み付くように尋ねた。
「5階、どうだった!?」
「あ、そうそう。みんな揃って5階に来て欲しい感じで……って、何見てるの?」
ハーヴェイは階段から出て来て上を見上げた。微笑んで、一番近くにいたローゼリットの手を引く。
「5階! 5階行こう速やかに!」
「かきゅーてき速やかに!」
マリアベルも詠唱を中断して、階段に駆け込む。
倒せなくは無いかも知れないけど、やっぱ虫はなんつーかアレだ。うん。遠慮したい。未だに。
蜘蛛たちも、こちらをそれなりに警戒しているのか、襲い掛かってはこない。目を逸らしたら、その瞬間襲って来そうだけど。じりじり下がって、階段を半分塞ぐように盾を構える。
「アラン、先行け!」
「悪い!」
アランが踵を返して階段を駆け上がると、一気に蜘蛛たちが動き出す。8本の脚が絡み合いそうだ。うえぇ、夢に見そう。
とはいえいつまでも見つめてる義理も無い。アランの足音がある程度離れると、グレイも階段の中に飛び込んだ。




