3-13
「ぐるぐる?」
グレイが尋ねると、マリアベルが地図を広げて見せてくれた。
「こう、道がロの字型になってる場所が多いの。きっと、今の道もこの先で右に曲がったら、また右に曲がることになるんじゃないかな」
「ほう」
「そうすると、ハーヴェイが見つけたカマキリに会うことになるかと」
「駄目じゃん」
「ダメかなぁ」
「駄目っつーか、無理だろ。あれと遭遇してどうするよ」
「でも、いるのは分かってたし。見えたって事は、追いついたって事だよね。そしたら、この近くにグレイの剣もあるはずなんだけど。ハーヴェイ、カマキリさん、まだ移動してた?」
「えっ」急に話を振られて、ハーヴェイがびっくりする。辺りをきょろきょろと見まわしてから、「どうだろ……」とまた茂みの奥を覗き込んだ。
「んー、移動してないっぽいなー。休憩中?」
「もしくは、お食事中?」
マリアベルは時々変に豪胆だ。ハーヴェイは茂みから顔を引いて、首を振った。
「ではなさそう」
「にゅぅん。それは何より、かな? お食事後に、お休み中なら良いんだけどね。じゃ、行こうか」
そう言って、平然と魔法使いの杖を掲げる。ハーヴェイとかローゼリットは、え、行くの? みたいな顔をした。
「行くか」
同意して歩き出したのはアランだ。行くんだ。まぁ、有難いけど……。
「嫌なら……」
ハーヴェイとローゼリットに向き直ると、2人ともすぐに首を振った。
「行こうか」
「そうですね」
ハーヴェイがアランとマリアベルを追い抜いて先頭を歩く。マリアベルがグレイの方を向いて手招きした。
「ほらほら。早く行こうよぅ」
「マリアベル、何でそんな落ち着いてんの」
「落ち着いてないよ? ドキドキだよ?」
「でも、あんなデカいカマキリだぞ。ダチョウの身体とか簡単に刺して引きずってくんだぞ。マリアベルなんて……」
言い掛けて、あまりにも不吉な言葉だったからやめる。
マリアベルはひょいっと右手の人差し指を立てた。
「ヒントです」
ついでに、ハーヴェイが手で止まって、と示したので足も止める。
「ヒント?」
「そう。ヒント。えーとね、キーリは『早く5階にいらっしゃい』って言いました。キースもトラヴィスさんも、他には何も言いませんでした」
「うん」
「ヒントおしまい」
「……何だそれ」
からかわれてるんだろうか。いや、ダチョウからグレイがさっさと長剣を引き抜かなかったからこんなことになってるんだけど。でもあんなカマキリの傍にいるのに怖くないのか。危ないと思わないのか。
「……カマキリに気を付けてとは、言わなかった?」
グレイの沈黙にそっと差し込むみたいに、ローゼリットが呟いた。グレイが思わず見つめると、ちょっと顔を赤らめる。
「あ、ごめんなさい。立ち聞きのような真似を」
「いや、そんなつもりじゃなくて……」
グレイは顔の前で手を振る。
そういう事? とマリアベルに聞こうとすると、いつの間にか戻って来たハーヴェイが嬉しそうに告げた。
「グレイ、ありそうだよ!」
「マジで!? 良かった!」
「うん。この先右に曲がると、血の跡が途中で茂みの中に入ってる。たぶん、そこにあるんじゃないかな。他の動物が寄って来たら嫌だから、一応、一緒に来てくれる?」
「そりゃもちろん」
「だよー」と、マリアベルも手を上げた。
「……マリアベルはちょっと待ってても」
「もしカマキリが寄って来た時に、遠くから威嚇攻撃が出来るのはあたしです」
「それもそうか」
んふー、と誇らしげに胸を張るマリアベルに、返す言葉も無い。だいたい、迷宮で別行動なんてするもんじゃない。気がする。どんなにちょっとの距離だって。
とことこ5人で歩いて行くと、ハーヴェイの言う通り、道の途中で一際大きな血だまりがあって、それから茂みの中に血の跡が消えていた。たぶんここでお食事にしたんだろう。じゃっかん食べ残しが道の真ん中に落ちていた。だけど、グレイの長剣は見当たらない。
マリアベルじゃないけど、義務感に狩られて茂みの奥を覗き込む。カマキリが押し込んだんだろう、比較的細い木が数本へし折られた跡があった。その奥に、塊のようなダチョウの羽と、随分汚れたグレイの長剣が落ちていた。
「――あった!」
茂みを掻き分ける。手を伸ばす。あった。良かった。俺の剣。借り物だけど。借り物だからこそ、いつか返さないと。
しっかりと握って、笑顔で振り返る。4人とも、道で待ってると思った。けど、アランが血相を変えて茂みに踏み入って来る。ローゼリットはアランに引きずられるように、マリアベルは自主的に、ハーヴェイは後ろを気にしながら。
「……え」
「来てる!」
「えぇっ!?」
そう言われても。ここにはダチョウの死体が転がる様なスペースしかない。その奥は、壁の様にみっちりと木々が密集して生えてるだけだ。
「Ärger von roten wird gefunden!」
マリアベルが『火炎球』を使って、ぼわっと前方の木に火をつけた。『火炎球』が弾けて、細めの木はへし折れる。
「借りるぞっ!」
アランがグレイの金属製の盾をもぎ取って、火の付いた木に突っ込んでいく。迷宮に無理矢理道って作っていいんだっけ。そんな事言ってる場合じゃないか。
マリアベルに手を引かれる。呪文を唱えているから喋れないけど、魔法使いは目で語る。大丈夫。行こう!
「Ärger von roten wird gefunden!」
もう1度、前方で『火炎球』が弾ける。
カマキリが来てるのかは、分からない。どこに向かってるのかも分からない。
でも、軽装のマリアベルに前を走らせるわけには行かない。アランが作った道を更に押し広げるように進む。剣を振り回して枝をへし折る。頑強なブーツで、燃えかけの木を踏みにじる。こんなに木って密集して生えることが出来るんだっけって不思議に思うくらい、壁は厚い。
「アラン……!」
先頭代わる、と言い掛けた時、急に視界が開けた。
「わ、わっ!?」たたらを踏むと、「にゅわーっ!」という悲鳴と共にマリアベルが背中にぶつかって来て、2人まとめて転がる羽目になった。なるべく遠くに長剣を投げて、マリアベルを肘で打ったりしないよう、抱きかかえる様にして転がる。けど、2回転半くらいしてから最終的には下敷きにしてしまって「……おーもーいー」とマリアベルは潰れた猫みたいな声を上げた。
「ごめん……」
腕立てするように地面を押して立ち上がる。マリアベルは上体を起こすと、頭に手をやってから、辺りをきょろきょろ見回した。
「いたた……にゅにゅ。別の道に出た?」
「みたいだな」
アランは黒い三角帽子を拾って、マリアベルの頭に乗せる。マリアベルは2回まばたきをしてから、ほにゃっと笑って立ち上がった。
「ありがとねぇ」
アランはおう、と返事をしてからハーヴェイに尋ねる。
「ハーヴェイ、カマキリは……」
「来てないみたい。ダチョウのとこで止まったっぽいなー。でもとりあえず、ちょっと移動しようか」
「ちょっと、と言いますか」
ローゼリットが、道の奥に立つ一際太い木を指差す。それに気付いたマリアベルが、はしゃいで飛び上がった。
「階段だ!」
「え、ほんとに?」
「っぽいぞ」
それは階段っぽく見えた。近付くと、本当に階段だった。それも、ちゃんと上り階段。
「ラッキーだねー」
「ねぇ。ショートカット、みたいな」
いえーい、とか言って、マリアベルとハーヴェイがぺちん、と掌を合わせる。階段の中には迷宮の動物は入って来ないのが常だから、ちょっと肩の力が抜けた。