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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
3章 2回目のミッション
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3-11

「冒険者なら、一旦止まってください!」


 ハーヴェイが叫ぶけど、返事は無い。ひゅっ、と矢弦が音を立てる。撃った。けど外れだ。向こうは予想以上に早い。脚の生えた茶色っぽい塊が突進してくる。


「にゅわぁっ!?」


 悲鳴を上げてマリアベルが転がる様に避けて、アランは逆に前に出た。盾を掲げたアランに、そいつは踵落としを決めるみたいに襲い掛かる。獣の皮を張られた木製の盾の表面があっさり削られて、木屑が舞い散った。


 ハーヴェイは2本目の矢を番えて、でも、そいつがアランに肢と嘴で襲い掛かっているのを見て躊躇う。


「ハーヴェイ、短剣で……!」


 ローゼリットに言われて、ハーヴェイは貰い物の短剣を引き抜いた。


「分かった!」


「ダチョウ?」


 マリアベルが杖を掲げて、でもハーヴェイと同じように、アランを巻き込みそうだから呪文を唱えられずにいる。


 確かに、ダチョウ、っぽいかもしれない。頑丈そうな2本の脚に、長い首。ただし、グレイは本物は見たことが無いけれど、多分迷宮の外に居るダチョウよりもはるかに巨大な嘴を持っている。それほど賢くないのか、アランを執拗に狙っているから、グレイは斜め後ろから近寄って横薙ぎに斬り付ける。


 見た目よりふわっとした翼を斬り付けられると、ギャアギャアと凶暴な声を上げて翼を広げた。飛ぶことは、出来ないみたいだ。グレイの方に向き直り、強烈なキックを浴びせて来る。大きな鉤爪が、金属盾の表面を削る音がした。これは軽装のマリアベルとかハーヴェイは近寄らない方が良さそうだ。


「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください」


 ローゼリットが『癒しの手(ヒール)』を発動させる。アランの補助を期待しかけた時、おもむろにダチョウがくるっと向きを変えた。盾でキックを受けるつもりで構えていたのに、予想した衝撃が来なくてつんのめりかける。


 ギャアアギャ! とか奇怪な声を上げて翼を広げると、バサバサ羽ばたいて見せた。え、飛べんの。飛べるみたいだった。本物の鳥には及ばないけど、グレイ達の肩くらいの高さまで飛び上がって脚をばたつかせる。近寄りがたいけど、それ逆にな。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 周りに人がいなくなると、マリアベルが間髪入れずに『雷撃サンダーストローク』を使った。バシッ、と弾けるような音を立ててダチョウの身体に雷が落ちる。アランが駆け寄って『属性追撃』を決めた。


 わずかに遅れてハーヴェイも駆け寄り、ダチョウの右肢を斬り飛ばす。ごっつい鉤爪の付いた肢が宙を舞った。


 こうなったらもう、そんなに怖がることは無い。『激怒の刃(レイジングエッジ)』でグレイが身体を斬り付ける。斜めに深々と長剣が食い込んで、断末魔と言うのかダチョウがギャアアアアアアッ! と迷宮に響き渡る様な甲高い悲鳴を上げた。


 返し刃でハーヴェイがダチョウの細い首を刎ねると、巨体がどうっと横に倒れた。「う、わわっ」骨か何かに引っかかってしまったのか、長剣を上手く引き抜けなくて思わず手放す。


「……ふ、わぁぁ。びっくりしたねぇ」


 マリアベルが肩で息をしながら、ぺたっとその場に座り込んだ。けっこう負傷したらしいアランも「焦ったなー」とか言って、荷物から布を取り出した。水筒の水で湿らせて、血を拭っている。


 グレイはダチョウの死体から長剣を引き抜こうとして手を伸ばした時。


「……グレイ、離れて!」


 ハーヴェイが妙に小声で、でも引きつった声で叫んだ。「どうしました?」とローゼリットが見上げるけど、ローゼリットを庇うようにして小部屋の奥へじりじり下がって行く。


 マリアベルも2回まばたきをしてから、外敵に気付いた小動物みたいに俊敏な仕草で立ち上がった。アランを引きずるように、やっぱりじりじり下がる。口の中で小さく呟いてるのは、呪文だろう。


 ダチョウの死体を小部屋の入口に置き去りにするような形で、壁際に避ける。気付いたらしいローゼリットが、あっ、と声を漏らしてハーヴェイの腕にしがみついた。


 何か、来る。違う。来てる。


 がさがさっ、と音がする。でも、ダチョウとは違う。足元の枯葉じゃなくて、頭上の梢が音を立てていた。デカい。癖に静かだ。何かいる? と思ったらもうそこにいた。


 木々に同化するような深い緑色。冒険者なら2人は横に並んで通れる道を、狭そうに歩いている。


 ミノタウロスより、遥かにデカい。グレイの3倍、とはいかなくても、倍以上の背丈がある。グレイの知っている生き物で例えるなら、直立したカマキリ、みたいな感じだろうか。


 そいつは右手の鎌を、ダチョウに向かって振り下ろす。鎌はダチョウの厚い身体をあっさりと貫いた。方向転換するような広さが無いからだろう。そのままずずっ、とダチョウの死体を引きずって後退して行く。マリアベルが真っ青な顔をしながら、でも杖を掲げた。アランが慌てて口を塞ぐ。


「ばっ……!」


「でも、グレイの剣が……!」


 ハーヴェイも弓に手を伸ばしかけるけど、グレイが猛烈な勢いで首を振ったら2人とも諦めたみたいだった。諦めたって言うか、じゃっかんほっとしたように武器を下ろす。


 冒険者2、3人分くらいの体重がありそうだったダチョウを、カマキリはずずっ、ずずっ、と引きずって行く。小道の奥にそいつの姿が完全に消えると、誰からともなく「はぁぁっ……」と安堵の溜息を吐いた。


「何だ、今の……」


「あのカマキリが木を斬っちゃったんじゃないかなぁ」


 呻いたアランに、まったりした声でマリアベルが答えた。斬っちゃったって軽いな。つうか俺の剣、持ってかれた……。


 帰り道どうしたもんかと途方に暮れかける。だいたいあの剣、借り物だし。


 そんな事をグレイが考えていると、ローゼリットが祝詞を唱え始める。え、誰か怪我したの? とか思ってそちらを見ると、ハーヴェイの顔が真っ赤だった。顔って言うか、口元って言うか、鼻って言うか。鼻血野郎って言うか。


「「「……」」」


 何となく、グレイはアランを見る。マリアベルも、アランを見上げていた。アランは黙って首を振る。苦労した分、いつかアランも偉大な冒険者になれるといいな。と他人事のように祈る。


「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください」


 3人の表情に気付いていないローゼリットは、心配そうな顔で『癒しの手(ヒール)』を発動させた。


「どこかぶつけましたか、ハーヴェイ?」


「うん、あの、ええと、ほんとごめんなさい……」


「そんな、気にしないでください」


 僧侶ですし、とローゼリットが微笑む。ハーヴェイはローゼリットのその善良さが耐えられなかったみたいに目を逸らした。


 アランは2人から視線を剥がして、グレイに向き直る。


「しっかし、どうする? 持ってかれたな、剣」


「うん、もっと早く引っこ抜けば良かった……でもあれと戦うのは無茶だろ。無理だろ」


「だよな」


 2人が話している間に、マリアベルはとことこと歩いて小道の方を覗いている。


「ダチョウの血の跡が残ってるから、追いかけられそうだけど」


「追うか?」


 アランに尋ねられると、マリアベルはにゅーんと唸って首を傾げる。


「そうだねぇ。グレイの剣の事もあるし、あと『何処かに居るかも』よりも『この先に居るから注意』の方が歩きやすいんじゃないかなって、思ったの」


「近寄んない方が良いんじゃないか?」


 グレイが我ながら弱気な事を言うと、マリアベルは真剣な顔でそれにも頷いた。


「という説もあるよね」


「でも、グレイの剣無しで3階と2階歩くのも、けっこう厳しくないかな」


 復活したらしいハーヴェイが口を挟んで来る。アランは一瞬冷ややかな目を向けかけて、やめる。


「まぁ、それもあるよな」


「どちらも一長一短ありますし……グレイは、どうしたいですか?」


 ローゼリットの青い瞳にじっと見つめられると、世界の時間が止まったような気がした。ハーヴェイのことを笑えない。何だか息をする方法も忘れてしまいそうになる。


「にゅえい」


 変な掛け声とともに、人差し指を頬に突き立てられた。


「……何?」


「義務感に駆られて仕方なく」


 マリアベルはチェシャ猫みたいに笑う。それから歌う様に「どっちでも、良いよぅ」と言った。


 アランもハーヴェイも、どっちもどっちだって顔だ。そしたら。


「追いかけても、良いかな」


 誰も反対しないだろうな、と思う。


 実際その通りだった。

 


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