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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
3章 2回目のミッション
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3-09

 そういう、グレイとアランにとっては悩ましいクエストを受けた翌日。


「にゅああああああっ!?」


 悲痛なのか余裕があるのか微妙な悲鳴を上げながら、マリアベルは2階を走っていた。あー、前もこんな光景見たな、とかマリアベルの後ろを走りながらグレイは思う。手の甲に、淡く光る星とトネリコの意匠――ローゼリットが掛けてくれた『加護プロビデンス』の効果が続いているのが見えるから、以前よりは少し余裕があるかもしれない。


 『加護プロビデンス』は僧侶の扱う魔法の1つで、一定時間、対象者の筋力や体力を強化してくれる。荷物や装備も、少し軽く感じられた。


 でもまぁ、背後から暴れ大牛が追いかけて来る状況は楽しいわけじゃない。


 昨日から引き続き、やけに2階には暴れ大牛が多くて走り回る羽目になっている。女神さま。2階とか関係なくないすか。


「そ、の先を、右です!」


 かなり息の上がったローゼリットが、先頭を走るアランとハーヴェイに指示を飛ばす。暴れ大牛の入れない様な細い小道に飛び込むくらいしか、今のところグレイ達が牛を回避する手は無い。狩人とかだと、特定の動物が嫌がる? っていうか、逃げて行く? みたいな特技を覚えられるらしいけど、グレイ達のパーティでは望めない。


 転がるように、とはよく言うけれど、小道に入って油断したのかマリアベルが本当にこてんっ、と転んだ。「いぃっ!?」すぐ後ろを走っていたグレイは、まさかマリアベルを踏ん付けるわけにも行かないし、でも小道は1人しか通れない様な細い道だし――で、横の茂みに頭から突っ込んでしまう。


「ごっ、ごめんねグレイ!?」


 慌てて起き上ったマリアベルがグレイを助け起こそうとするけど、暴れ大牛がその頭に生えている大きな角を小道の両側に生えている木に叩き付けて来て、にゅあっ、と悲鳴を上げる。


「マリアベル、お前は詠唱!」


 何とかマリアベルとすれ違ったアランが、グレイを引っ張り起こしてくれた。


「ごめん、助かった!」


 かなりの勢いで突っ込んだせいで、枝が頬の肉をけっこう深めに抉ったみたいだった。触ると革の手袋が赤く染まる。目をやらなくて良かった。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 マリアベルが失敗を挽回するように、魔法使いの杖を掲げた。小さいとはいえ落雷が鼻先で弾けて、暴れ大牛は嫌そうに後退する。追撃しようと剣の柄に手を掛けるけど、繊手に止められる。ローゼリットが小さく首を振った。動かないで、とかそんな感じか。


「我らが父よ、慈悲のひとかけらをお与えください」


 わずかに光る錫杖の先を向けられる。痛い、というより熱かった頬があっという間に治って行く。


「Goldenes Urteil ――」「待て待て!!」


 2度目のマリアベルの詠唱の声と、アランの焦ったような声が被る。そちらを見やると、小道から半身を出して追撃しようとしたマリアベルをアランが引っ張って下げている所だった。


「追い払えりゃいいんだ!」


 引っ張るというか、半分マリアベルを抱え上げてアランが言った。マリアベルはちょっと口を尖らせてから、治療の終わったグレイの方を見る。


「……そだねぇ。うん。ところで、下ろして?」


「ん」


 しょんぼりした顔のマリアベルが、グレイの横にしゃがんだ。


「ごめんなさい、グレイ」


「そんな事もあるって」


 魔法使いの三角帽子を押し潰すみたいにして、マリアベルの頭を撫でる。にゅーん、と悲しそうな声を上げてから、マリアベルは立ち上がった。


「とっても失敗……にゅすん」


「んー、でもここさ」


 ハーヴェイは、立ち上がったマリアベルの代わりみたいに地面に片膝をついて、マリアベルが転んだ辺りの地面を触っていた。1箇所を押すと、地面にぼこりと穴があく。えっ、とか、わっ、とか4人が声を上げた。


 マリアベルは2回まばたきをして、ハーヴェイの横にしゃがみ込む。


「落とし穴?」


「っていうか、動物が掘り返したんじゃないかな。ほら、犬とか、餌隠したりするし」


 下草が生えた面を剥がすようにしてずらし、穴の中を探る。明らかに誰かが1回穴を掘って、元通りに見えるように均したようだった。アランがグレイの内心を読んだみたいに呟く。


「動物にしちゃ、やけに巧妙だな」


「そうだけどね……あ、何かあった」


 土の中で何かを掴んで、ハーヴェイが地面から手を引き抜く。茶色に汚れた掌の上に、金色の指輪が乗っていた。多分、本来の持ち主の一部・・と一緒に。


「……ひっ!?」


「にゅあああっ!?」


 ローゼリットとマリアベルが悲鳴を上げた。「うわぁぁぁっ!? ごめんなさい!」当のハーヴェイも悲鳴を上げて指輪ごと地面の中に戻す。


 剥がした面を戻して、改めて埋葬するように地面を叩きながらハーヴェイは早口で言った。


「えーと、だから、転んでも、仕方ないねとかそういう感じでじゃあ足元気を付けて行こうか!」


 ハーヴェイは掌に付いた土をはたきながら立ち上がる。アランも気味が悪そうに地面を見やってから「行くか」と一同を促した。マリアベルも、じゃっかん青褪めた顔でこくこくと頷く。


 あぁそうだった。つい先日、この2階で何人も、何十人も、死んだんだった。


 そのことに気付いたのはグレイだけじゃなかったんだろう。ローゼリットは額に錫杖を当てて、軽く目を閉じた。


「……62人、だそうです」


 グレイの2歩後ろを歩きながら、ローゼリットが囁く。何の人数かは聞かなくても分かった。


「そっか」


「はい……私達が全員無事だったのは、今思えば奇跡のようですね」


「うん」


 奇跡か――もしくは、精霊たちの加護か。


 細い道だから、1列になって歩く。先頭はハーヴェイ。その後ろにアラン、マリアベルと続き、グレイ。その後ろにローゼリット。


「この道を真っ直ぐ行って、左に曲がると、階段付近だっけ」


「そのはずだよー」


 先頭のハーヴェイが尋ねると、ローゼリットが地図を確認するより早くマリアベルが答える。そろそろ歩き慣れた2階だから、ハーヴェイの確認も、マリアベルの回答も、一応、という感じが拭えない。


 しばらく歩いて、進行方向を確認したハーヴェイが嫌そうな声を上げた。


「あー、南瓜いるなぁ」


「生えてる?」


 マリアベルは何か楽しそうだ。


「生えてる生えてる。4つくらい固まってる。参ったなぁ」


「4つも? 珍しいね。豊作だね」


「豊作だよ。女神さま気前が良いなぁ」


 呑気な事を言い合いながらも、ハーヴェイは弓の準備を始め、マリアベルもアランに「良いかな?」「仕方ねぇだろ」と確認を取ると詠唱を始めた。


 こういう先手を取れる時は、出足の遅いグレイと、僧侶のローゼリットは最初にやることが無い。いや、ローゼリットはあるか。


「2人とも、気を付けてくださいね」


 ローゼリットにそう言われると、ハーヴェイもマリアベルも嬉しそうに頷いた。士気って大事だよな。


 マリアベルの詠唱が終わる。こくっと頷くと、そーっと2人が小道から出て行く。南瓜たちはまだ気付いていない。っていうか、未だに南瓜がどうして襲って来るのかはよく分からない。目とか無いし。


「Ärger von roten wird gefunden!」


「えいっ!」


 マリアベルの詠唱の時特有の、ちょっと冷たい声。それから、真剣なんだろうけど何か気の抜けるハーヴェイの掛け声。


 2人を追い越すようにして、アランが走って行く。南瓜を倒す時には、蔓を避けて本体、というか実を狙うしかない。グレイが小道から出る頃には、もう2つ割り終わっていた。


「Ärger von roten wird gefunden!」


 もういっちょ、という感じでマリアベルが『火炎球フレイム・ボール』を使う。グレイの拳位の火の玉が、蔓を蠢かせようとしていた南瓜に叩き付けられた。当たり所が良かったのか、弾けるように南瓜が割れて蔓が地面に落ちる。


 その間にアランが最後の南瓜を割って、あっという間に戦闘終了だ。ううむ。間に合わなかった感が凄い。


 ハーヴェイが南瓜に近寄って、本当に死んでる――というか、割れてるというか。とにかく、もう襲い掛かって来ないことを確認する。


「お疲れー」


 大丈夫だったらしい。


 アランは、おー、とか答えながら、何本か足に絡みついて来た蔓を力任せに千切っている。すすっ、とグレイの方に黒い三角帽子が近寄って来た。


「にゅふふ、お役立ち?」


 誇らしげな顔をしてマリアベルが見上げて来る。


「何かこう、頭をアレしてよろしくってよ?」


「えらいえらい」


 さっきこけたのを気にしてるんだろう。マリアベルの帽子に手を載せる。「にゅふふ」マリアベルはふわふわ笑いかけて、「にゅぐぐ……何か力が強くなってきた……褒めるのとアイアンクローは違うのです……」とか呻いた。


「なにやってんのー」


 ハーヴェイが笑いながら突っ込んで来る。


「いや、深い意味は無いけど」


 マリアベルの頭から手を放すと、マリアベルは魔法使いの帽子を外してにゅいにゅい呟いた。


「この帽子の形は繊細なのにー」


「そうなのか?」


 何とか蔓を始末したアランが尋ねる。


「そうだよー。走っても弾んでも飛んでかない不思議形状を保つのは大変なの」


 あぁ……と、マリアベル以外の4人の声が重なる。やっぱりみんな不思議に思っていたらしい。マリアベルは、潰れたところを伸ばしたり、逆に全然関係なさそうな所を引っ張ったりして調整している。


「にゅふーん。こんなとこかな」


 ぽふん、と帽子を被り直すと、何となく息を詰めるように見守っていた4人を見て首を傾げた。


「どしたの?」


「んー、魔法使いの帽子の神秘に見入ってた……」


 ハーヴェイが答えると、マリアベルは愉快そうに「なーにそれ」と笑って、その場でぽふん、と弾んで見せる。帽子は、落ちない。なるほど。


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