08
うわ、いる、いやいきなり消えても困るけど――とか思いながら、ハーヴェイはもう少し身を乗り出して観察を始める。パッと見て青虫と言ったが、よく考えると青虫は這って進む。こちらの巨大青虫は、足などが見当たらないのに、ほぼ直立して進んでいる。全体のシルエットとしては、底辺がちょっと短い二等辺三角形だ。
森に溶け込みそうで、溶け込みきれない鮮やかな緑色。ハーヴェイの方に背中を向けているが、頭部の左右にある巨大な複眼が黄色く光っている。のっそりと動いている。
動きは素早くないのか?
ハーヴェイが見つめている間にも、のっそり、のっそりとハーヴェイ達から離れる方向に進んでいる。
逆に右側を確認する。見渡せる限りでは、何もいない。相変わらず、広くも狭くもない道が続き、行き止まりがある。確か、その先もまた右に曲がれば良かったはずだ。
直線距離は2、300メートルといったところか。気付かれる前に抜けられる、だろう。巨大青虫は、のっそりと離れているため、見えなくなるまで待ち続けるのは気の長すぎる話だ。
「……うん」
ハーヴェイは頷いて、4人にそう告げる。巨大青虫はそんなに動きが早くなさそうで、こちらに背中を向けている。このまま待っていても、またネズミだのが来るかもしれないし、とっとと進んだ方が良いと思う――と。
「……よし、そうするか」
数回深呼吸して、グレイは答えた。アラン、マリアベル、ローゼリットも頷く。アランが続けた。
「ハーヴェイ、お前先行け。それからロゼとマリアベル。もしも巨大青虫に気付かれて戦闘になった時の為に、俺たちが後ろを歩く」
「りょ、りょーかい。この先は1本道だけど、その先もまた右、だよね?」
最後はマリアベルとローゼリットに確認するように言った。女性陣が頷いたのを見ると、それじゃ、とか言ってそろりとハーヴェイは歩き出した。
三叉路に入る。左を見ると、やはり巨大青虫はこちらに背中を向けている。ハーヴェイは音を立てずに右に歩き出す。見渡す限り、何もいない。ローゼリットとマリアベルを手招きする。2人とも、錫杖や杖を抱き締めるようにして、そろりと歩き出した。2人は初めて巨大青虫を目にしたことになり、一瞬凍りついたように立ち止まった。ハーヴェイはそっとマリアベルの手を引いてやる。マリアベルがかくかくと頷いて、歩き出した。
それに続いて、アランとグレイが進む。2人の戦士は、手で長剣を抑えてはいるのだが、どうしたところで装備が音を立てる。神経質になっていると、その音は静かな森に響き渡るようだ。
まぁ、青虫が耳が良いとも限らないし。耳があるかも微妙だし。自分を励ますように、ハーヴェイはそう考える。先が見えてきた。マリアベルが駆け出しそうになるが、肩を叩いてハーヴェイは囁く。
「一応、この先も見てくる」
「あ、そっか。お願いね」
背後を気にしながら、マリアベルが頷いた。巨大青虫とは、もうだいぶ距離を置いた。木々の先に、何となくいるのが分かる程度だ。
ここまで来れば、むしろこの曲がり角の先の方が心配だ。アランとグレイを手招きすると、2人は頷いてマリアベルとローゼリットと立ち位置を変えた。
「ちょっと見てくる」
グレイ達にもそう言って、曲がり角の先を覗き込む。何もいない。少し道幅が広くなっていて、5人並んで歩けそうな広さがある。うん、行きと同じだ――たぶん。
ほっとしてから振り返り、アランとグレイに頷く。
2人は歩き出して、というか走り出して、ハーヴェイの脇を通り過ぎて抜剣した。
「え、なになに!?」
慌ててハーヴェイが振り返ると、もこもこと地面から土が湧き上がる。2か所。慌てて短剣を抜くと、土の中からつるん、とした肌が現れた。
「モグラ……!?」
アランとグレイはモグラ叩きよろしく、それぞれ別の場所に長剣を振り下ろす。
「かったいな、おい!」
腹立たしげにアランが叫んだ。確かに当たった筈なのに、わずかに頭から血を流しているだけで、モグラは元気に爪を振り回して襲い掛かってくる。
モグラ――のようだが、相変わらず大きい。人間の子ども位ある。妙に頭が大きくて、土をかき分ける爪は鋭い。飛び跳ねて爪を振ると、ゆうにグレイやアランの肩や頭に届く。
幸いにして2匹だけしかいないようだ。アランとグレイがそれぞれ1匹受け持つ。マリアベルが怪我をする心配は無いが、同時に手の出しようもない。錫杖で接近戦もこなせるローゼリットがマリアベルを庇うように立つが、やはり困惑顔だ。
モグラは好戦的な性格らしく、跳ねて、爪を振り回して、グレイとアランに襲い掛かる。グレイが相手をしているモグラの方が大きい。お前がモグラAね。ハーヴェイはどうでもいいことを考えながら、モグラの背後に回り込む。頭は固いとアランが言っていた。では、身体は?
爪でグレイに襲い掛かるモグラAの背中と、長剣でそれを弾くグレイを見る。既にグレイも数か所怪我をしているが、モグラも無傷ではない。ハーヴェイが窺っていると、丁度モグラAの爪が1本、折れて飛んだ。
ギッ、とモグラAが一声上げて、反射だろうか後ろに跳びすさる。丁度、ハーヴェイの方へ。無防備に背中を晒しながら。
「ごめんねー」
やっぱり呑気な掛け声を上げて、ハーヴェイは短剣でモグラAの背中を襲う。予想以上にすっ……と刃が入り込み、モグラAは震えて動かなくなった。
盗賊の短剣特技、『背面刺殺』。背中から刺すとか、卑怯だし、可哀想だよなぁ、とか思わなくもないが、今のところ他の方法はハーヴェイには見つかっていない。
「……マジで?」
一撃でピクリとも動かなくなったモグラを見て、呆然とグレイが呟く。マジでマジで、とかハーヴェイは言いながら、短剣を引き抜き、今度はアランが相手をしているモグラBに向かう。
今度はグレイもいた為、ハーヴェイが手を出す隙は無かった。頭に比べて身体が脆いことが分かったため、隙を見てグレイが横薙ぎに斬り捨てる。
しばらく見守って、モグラBも動かなくなったことを確認すると、マリアベルとローゼリットがほっと息をつく。
「何となく、いい感じだったよね」
ハーヴェイが言うと、グレイが苦笑しながら答えた。
「ま、さっきのネズミっぽいのよりはな」
「言えてる」
アランも頷く。うーん、とハーヴェイは唸ってから続けた。
「さっきのネズミ(仮)くらい小さいとね、やり辛いよね。まぁ、さっきの青虫くらい巨大なのも嫌だけどね?」
同意を求めるように言うと、後方にいることを思い出したのか、慌ててアランとグレイが長剣を収めた。
「よし、行くか」
アランが言って、歩き出しかけると何かを蹴飛ばした。先程のモグラの爪だ。丁度マリアベルの足元に転がる。
「そういえば、冒険者って、迷宮の中の動物とか、植物とかを売ってお金にするんだよね?」
マリアベルが、モグラの爪を拾いながら言った。これ売れるのかなぁ? とか首を傾げながら、一応マリアベルは背中のリュックに爪を収めた。気に入ったらしかった。