3-08
穴熊亭で席に着くなり、宣言通りマリアベルはミルクを、グレイはステーキを給仕女に注文する。小さな子供みたいな注文に、給仕女は呆れたように笑っていた。
「あんたたち、そんな子供なのに冒険者なんて良くやるね」
最近ではミーミルの顔見知りも増えて来て――というか、マリアベルとかローゼリットが珍しいから向こうの印象に残りやすいんだろう。アラン達より3つか4つくらい年上の給仕女が気安い口調で話しかけると、マリアベルがにゅいにゅい呟いてから答えた。
「子供だからね、やるの。冒険者なんて」
「ふぅん?」
「何故なら無敵だから。にゅふふっ」
マリアベルは笑って銅貨を何枚か差し出す。給仕女は理解出来ないって顔をしていたけれど、穴熊亭の仕事はそこまで暇じゃない。ハーヴェイやローゼリット達の注文を受けると、走る様に別の卓に向かって行く。
「無敵なのか」
アランが訊くと、マリアベルはにこにこ笑って首を傾げる。
「にゅぅん。そう思わない? 奥さんと子供抱えて冒険者なんて出来る?」
「お前はキッツいこと言うなぁ……」
やってる人もいるだろ、と言うと、マリアベルはそうねぇ、とのんびり頷く。
魔法使いなんて夢見がち筆頭、みたいな生き物だと思っていたけど、マリアベルは聡明だ。じっとこちらを見つめて来る緑の瞳が、ねぇ、何時まで続けられる? 踏破まで、たぶんねぇ、随分かかるけど。アランは最後まで付き合ってくれる? と言っているような気がする。
アランの考えすぎかもしれないが。
「……ちょっと依頼見て来る」
「あ、私も行きます」とローゼリットも席を立つ。マリアベルは「料理届いたら食べちゃうからねー」とか言って手を振っていた。ハーヴェイは珍しくローゼリットの後にくっついて来ない。
穴熊亭は冒険者御用達の酒場だから、壁の一角には依頼の紙が何枚も貼り付けられていた。アラン達は過去に1度受けたきり、何となく良い依頼に出会えなくてそれっきりになっている。アラン達のような新米冒険者にこなせるような依頼は少ないし、幾つかある依頼も、わざわざ受けるよりさっさと上階に上がってより珍しい動物の素材を持ち帰った方が、遥かに稼ぎが良いからだ。
何枚か依頼を読み上げる。案の定、大した依頼は無い。一番新しそうな依頼は、7階で殺された仲間の遺品を持ち帰って欲しい、とのこと。確か、かつてグラッド達のパーティが半壊したのも7階だった筈だ。何か大物がいるのか。
そんな事を考えながら依頼を眺めていると、ローゼリットが隣で小さな声を上げた。
「あ……」
「どした?」
ローゼリットが見つめている依頼は、しばらくの間受ける冒険者が居なかったのか、半分他の依頼の紙が上から被さっていた。4階で思い出の花を摘んできて欲しい。如何にもローゼリットが好きそうなクエストだ。
「んー……」
良く見ると、依頼の説明文の末尾にかなり幼い字で、『パパと、ママの、おもいでの花をさがしてください』と書かれていた。報酬はたったの銅貨3枚。穴熊亭で麦酒を飲んで軽くつまめば消える額だ。これは受ける冒険者がいないのも納得がいく。
「あの、これ……」
この依頼受けたいですオーラを前面に押し出して、ローゼリットは見上げて来る。まぁ、マリアベル理論で言うなら、アレだ。
「まぁ、俺達はこれから本格的に4階を探索するわけだしな。その間に見つかれば良し、見つからなかったら依頼を返す。そんなとこか」
「はいっ」
ローゼリットはいそいそと依頼の紙を剥がして、店主の所に持って行こうとする。が、後ろからその襟首を引っ掴んだ。
「一応、マリアベル達にも聞いとけ」
「あっ、そうですね」
アランとローゼリットが席に戻ると、料理の大部分は届いていて、無言で3人がかっこんでいる所だった。出遅れた。
「おかえりー。もう食べてるよー」
ハーヴェイだけが辛うじて顔を上げて言い、マリアベルはごくごくとミルクを飲んで、グレイは何とか片手を上げて来た。
「何か良い依頼あった?」
「良くはねーが1つ受けたい。後で話す。マリアベル、それ俺が頼んだリゾットだろ!」
「たいへん美味しゅうございます」
緋色に煮立てられたリゾットをむぐむぐと頬張りながらマリアベルが感想を寄こしてくる。この魔法使いめ。ローゼリットを見慣れているせいか、女子が良く食べるのが腑に落ちない。マリアベルは華奢に見えるからなおさらだ。
出遅れたのを取り戻すように緑の新豆の冷製スープや、赤身魚の薄切りにソースを掛けたものなどを端から食べる。ローゼリットは、本来なら食後酒の柑橘類の皮を使った蒸留酒を飲んで微笑ましそうにマリアベルを見つめている。
迷宮の中より遥かに戦場っぽい勢いで食べて、飲んで、一同が人心地着いたところでローゼリットが依頼の紙を卓の上に載せた。まだ見ていない3人が、依頼の紙を覗き込む。
「お花」「思い出」「ほー」
3者3様にコメントらしきものを口にして、それからマリアベルが顔を上げる。
「良いんじゃないかな。ちょうどって言ったら変だけど。あたし達4階にいるんだし」
「薄紅色の花って書いてあるけど、それってどんな色? つまりピンク?」
依頼の紙を指差して、ハーヴェイ。グレイも迷宮の中を思い出すような顔をした。
「花とか、あちこちに咲いてるよな?」
「んー。ピンクだけど、薄紅色って名前の割にけっこう黄色みが強いよ。朝焼けの時の空の色みたいな。ちょっと見ない色かも」
お腹がいっぱいになったからか、眠そうに目を擦ってマリアベル。にゅい、と気合を入れ直すみたいに呟いて続けた。
「でも、お花の形とか分かったら嬉しいね。木に咲くお花なのか、いつも摘んでる青い花みたいに、地面から茎が伸びてお花がつくような感じなのかとか。クエストの紙には書いてないみたいだけど……」
店主さんならもうちょっと詳しく知ってるかな、と言ってマリアベルが席を立つ。
「どした?」
「ん? これまだ受けてないよね?」
急に立ち上がったマリアベルに驚いたのか、グレイが訊くとマリアベルは平然と答えた。
「受けるついでに、その辺も聞けたらなって思って」
食事も終わったことだし、それもそうかと5人でぞろぞろ連れ立って依頼報告所、兼受領所に向かう。そう言えば、穴熊亭に定休日はあるのか。無い気がする。店名の通り、穴熊の様に大柄で愛想のない主人が、アラン達に気付くと磨いていたグラスをカウンターに置いた。
「依頼の受領か」
「はい、このお花の依頼受けたいんですけど」
ローゼリットを引っ張って行って、カウンターの上に依頼の紙を乗せさせてマリアベル。店主は自分が張り出したんだろうに、呆れたようだった。
「これを受けるのか」
「受けますよぅ。銅貨3枚欲しいんです。嘘ですけど」
「そーかそーか。ま、お前らみたいなお坊ちゃんお嬢ちゃん以外誰も受けねぇだろうからな。よろしく頼む」
「頼まれましたー」
頷いて、一応、という感じにマリアベルが冒険者証明証をローブから外してカウンターに乗っけた。店主も、一応、という感じで冒険者証明証の裏の番号を控える。
「ほいよっと。これで手続きは完了だ」
「ありがとうございます」
マリアベルは冒険者証明証をローブに付けながら尋ねる。
「ところで、これ、色以外にお花の特徴って何かご存知ですか?」
うん、と店主は小さく唸った。「大きさですとか、木に咲く花ですとか」とローゼリットが補足すると、あぁ、とカウンターを叩く。
「何でも、こう、それなりにデカい花を咲かせるらしいな。昔、冒険者だった旦那が、奥さんにプロポーズする時に渡した花らしいから、けっこう派手っつうか、華やかな花だと思うぞ」
「プロポーズ」
「ほぅ」
何がほぅなのか分からないが、マリアベルとハーヴェイが感慨深そうに頷き合った。
「素敵だねぇ」
「ロマンだね」
「ねぇ。プロポーズに迷宮の花かぁ。冒険者っぽいねぇ」
「マリアベルは貰ったら嬉しい?」
「んー。あたしは自分で摘みに行けるからなぁ」
きゃいきゃい喜んでいたくせに、その辺は冷静にマリアベルが薙ぎ払う。ハーヴェイは軽く肩を落とした。
「そっかー……」
「にゅふふ。でも、分かりました。そういうお花、探してみます」
「おう」
店主が軽く手を挙げて応じると、マリアベルは魔法使いの杖を支点にして、くるっと回って出口に向かう。マリアベルは歩き出すと、あまり振り返らない。ローゼリットも嬉しそうにマリアベルにくっついていって、「2人だけで行かないで!」とかハーヴェイも追いかけて行く。
アランは何となく――店主に向き直る。店主も、アランと、グレイを手招きした。
「お前らにだけは伝えておく。この依頼はな、見ての通り子供が依頼者の依頼なんだが――この子供の父親、つまり元冒険者は、このミーミルでどっかの商店だか、食事処に働きに来ていた娘と夫婦になった。そうなると、冒険者ってのは不安定過ぎる」
「……はぁ」
そんな個人的な背景まで聞いて良いもんかと、グレイが困ったような声を上げた。店主は何か言いたそうなグレイの頭に手を乗せた。
「良いから年寄りの話は黙って聞いとけ。で、この男は冒険者から衛兵になった。よくある話だ。冒険者より、衛兵の方がまだ安定する。収入も、命もな。子供が生まれて、子供はこんな酒場に1人で依頼を持ち込む程度にはデカくなった、で、だ」
思い切り苦い麦酒を呑んだような顔をして、店主は低い声で告げる。
「この前のミノタウロスに、殺られたらしい。子供は、沈み込んだ母親の為にこの依頼を持ち込んだが……」
「……それ、励ましになりますかね」
その先を言い辛そうにした店主の代わりに、グレイがぼそっと言った。店主はわしゃわしゃとグレイの頭を掻き回すように撫でる。
「――そういう事だ。見つけるのが冒険者の仕事かもしれんが、見つけなくてもいいぞ。あのお嬢ちゃん達にこの話をするのも、しないのも、お前らの自由だ」
有難いような、無責任なような。店主はそれだけ言うと、またグラスを磨き始めてしまった。




