3-06
3階の地形は単調だ。端から端まで歩いたところ、地図は綺麗な正方形を描いた。正方形の中に、ほとんど同じ太さの道が縦横に24本ずつある。そんな感じ。
だから、今はこう、変に迷わなくて済むように下り階段と上り階段を直線2本で結べるような道しか通らない。3階には2階の牛みたいな大物も見当たらない。わざわざ逃げたり避けたりして道を逸れることも無い。
その事に気付いてしまうと、いくら女神さまが頑張ったって冒険者は誰も彼も効率よく歩きたがる。そうなると、こういう事もあるのかもしれない。
ハーヴェイが相変わらず、みんなより数歩前を歩いて、曲がり角の先の確認をしていた時。
「あ」
「あー!!」
見たことのある顔だな、と思ったら、向こうも嬉しそうに声を上げてくれて嬉しくなる。何か嫌そうに目を逸らされたらやっぱり悲しいと言うか、何かアレだし。
「ハーヴェイ! 久しぶりね。元気だった?」
「うん。お陰様で。キーリ達も」
ハーヴェイは言いながら、盗賊のキーリの後ろにいる面々の顔を確認する。戦士のトラヴィスとキース、狩人のシェリー、僧侶のジェラルド。向こうのパーティも全員揃っていた。
「みんな元気そうで、良かった」
「ありがと。あなたたちもね」
キーリもやっぱり首を伸ばして、グレイ達を眺めてから笑った。
「ハーヴェイ達は、これから帰り?」
「そう。キーリ達はまだまだ上る?」
「うん。最近のうちの狩場は5階だから」
盗賊同士、何となく気楽に話していると、こほん、と咳払いが1つ聞こえて来る。
「キーリ」
眼鏡を指で持ち上げながら言ったのは、僧侶のジェラルドだ。キーリは小さく肩を竦める。
「呑気に喋ってるんじゃない、だって」
「よく分かるね」
「愛かな」
「そっかー」
「馬鹿な事を言ってるんじゃない!」
ハーヴェイが呑気に頷くと、ジェラルドの雷が飛んでくる。えー、とかキーリは口を尖らせているけど、いかにも幸せそうだ。何ていうか、こう、そういう関係になりました、みたいな。凄い羨ましい。
ハーヴェイが振り返ると、アランとグレイは既に小休憩みたいな体勢に入りつつある。2人とも、盾を地面に置いて、キースやトラヴィスに「お久しぶりです」とか挨拶してた。向こうは向こうで、戦士同士、やっぱり通じるものがあるんだろうか。
こう言ったらどっちにも失礼だけど、ローゼリットより遥かに勘が良さそうなマリアベルは、ローゼリットを引っ張って、狩人の女性、シェリーと立ち話を始めていた。シェリーはハーヴェイ達よりけっこう年上だから、余裕のある大人の女性って感じだ。変にやっかまれることも多分無いだろう。
「ねぇハーヴェイ。そういえばさ、さっき何か……こう、何か無かった?」
ふと思い出したように、視線を斜め上の方に向けながらキーリ。追いかけるようにハーヴェイも視線を上に向ける。ここは緑の大樹の幹の中で、上には4階があるはずなのに、上方は明るい。木が茂っているその隙間に、何でだか青い空が見える。不思議、なんだけど、当然の様に見える風景だからどう疑っていいのか分からない。迷宮も、魔法も、女神も精霊も。それから、ハーヴェイ達のこの感覚も。不思議だけど、受け入れるしかない。
「さっき?」
「そう。何ていうか、悪い事じゃないんだけど、ざわっていうか、もそってする感じの」
「あー……上の方で何かあった感じ?」
「そう、それ!」
パチン、と指を鳴らしてキーリは笑った。キーリの後ろで、ジェラルドは怪訝そうな顔をしている。盗賊達のこの感覚と、僧侶の魔法ってどっちが不思議だろうな。
「何だろうね。割とイイコトっぽいよね」
「ね。楽しいって言うか……こう、ワクワクしちゃう感じ。ちょっと怖いけど。でもあたし達、冒険者だからね。やっぱり楽しいよね」
「新階層に、誰か……まぁ、“ゾディア”か“カサブランカ”辺りだろうが、踏み込んだのかもなぁ」
ハーヴェイ達の会話が聞こえていたのか、トラヴィスが後ろから口を挟んで来る。トラヴィスに比べたらまだまだひよっこのハーヴェイ達は、仰ぎ見るようにしてトラヴィスの次の言葉を待った。トラヴィスは少しだけシェリーの顔色を窺ってから、続ける。
「14階に“ゾディア”が踏み込んだ時も、盗賊とか、魔法使い連中が『何か』を感じ取って盛り上がってたぞ」
そう言うトラヴィスは、遠い目をしている。多分だけど、かつて14階に“ゾディア”が踏み込んだ時、その時にトラヴィスやシェリーと一緒に居た盗賊はキーリじゃなくて、他の誰かだったんだろう。もうこの世に居ない誰か。
「へぇ。それって、15階……新階層以外の階層にも、何か影響があるってこと?」
興味深そうに、ことさら明るく尋ねたのはキースだ。トラヴィスは頷いた。
「多少な。迷宮の中の動物の気性が荒くなるらしい。荒くっつうか、浮足立つ感じか。普段とは少し調子が変わるから、気を付けて行った方が良いだろうな」
「ふぅん。浮足立つなら、今まで倒せなかった動物も、隙を付いて狩れるかと思ったけど」
キーリが中々に好戦的な事を呟くと、ジェラルドは顔を顰めて「また君は」とか言い掛けて、トラヴィスは2人のやり取りに半分笑いながらも、それなりに真剣な表情で頷いた。
「それもある。おれ達が5階であのキマイラとやり合うには、丁度いいかもしれないな」
「ほらねーぇ?」
キーリは自慢気にジェラルドを振り返る。むぅ、と小さくジェラルドは唸るだけだった。
「キマイラ?」
マリアベルが不思議そうに首を傾げる。
「ライオンとかヤギとかヘビの?」
魔法使いの言う事は、時々よく分からない。ハーヴェイ達は顔に疑問符を浮かべたけど、トラヴィスやシェリーは意味深に微笑むだけだった。うっふっふー、と笑って楽しそうにキーリはハーヴェイの肩を叩く。
「ま、早く5階にいらっしゃいよ、ってことで。それじゃ、長々と立ち話しちゃってごめんね!」
またねぇ、とマリアベルがのんびり手を振る。キーリ達も手を振り返したり、軽く頷いたりして4階に続く階段の方へ歩いて行った。何となくしばらく見送って、ハーヴェイ達は2階に向かって歩き出す。
「そういえば、あまりキノコが襲って来ませんね」
ローゼリットが歩きながら辺りを見回す。最短距離を進んだって、3、4回は茸とか南瓜とか蝶とかに遭遇するのが普通なのに。
「そういえば、そうだなー」
アランが振り返りもせずに応じる。
「冒険者と戦うより楽しいことがあるって気付いたのかな」
グレイが言うと、だといいねぇ、とマリアベルが同意する。
さくさくさくさく下草を踏みしめながら進む。結局3階では1度も戦闘をしないで階段まで辿り着けた。そろそろ夕方になり始める時間だから、余計な戦闘に時間が取られないのはありがたい。ハーヴェイを先頭にして、階段がある木の中に入って行く。
「珍しい事もあるもんだな」
言いながら、アランが階段を降りて行く。「そうだねぇ。良かったねぇ」とマリアベルがほにゃほにゃ笑って続いて、「2階もこうだと良いのですが」とローゼリットが呟いた。一番後ろでグレイが何か言ったみたいだけど、ちょっと聞こえなかった。「それだと困るねぇ」と、あんまり困っていなさそうな口調でマリアベルが答えたのだけ聞こえて来る。
それなりの段数を踏んで、もう入口からの光なんて届くはずが無いのに、ほんのりと後ろと前が明るい。この階段では、余計な事を考えたり、逆に何にも考えないと出口に着く。ハーヴェイは、余計な事を考える派だ。余計じゃないけど。大事なことだったりもするけど。例えば、パーティ内でそういう関係になるのってアリなのかなー、とか。
とはいえ、朝も夜も迷宮とか宿で顔を合わせてるわけだし、そういう関係になったって何にも変わんないんだろうか。あー、でも、キーリとかジェラルドは、別々の宿屋で1人部屋を借りてるって話してたしな。そしたら色々。うーん、でもハーヴェイ達はどうだろう。
実は最近けっこう稼いでるから、無理をすれば1人1部屋借りられないわけでもない。でも、もっと良い装備も欲しいし、新しい特技も覚えたいし、って事だから、宿代に余分にお金掛けようって話は出ない。あと、グレイは気付いてるか分かんないけど、アランは意外と1人でいるのが苦手な方だから、なおさらそういう話は出ない気がする。
とか考えていると、踏み出した先が段差じゃなくて平らになっていて、変な風に地面に足を叩きつけてしまった。地味に痛い……。




