3-03
それは数日前の事だった。迷宮から持ち帰った素材を売った後、久しぶりに何か良い依頼があったら受けてみようかって話になり5人で穴熊亭で食事をしてる時。
穴熊亭の食事は相変わらず美味しいけど、何となく落ち着かないっていうか、周りが気になるっていうか、そんな場所だ。広い店内の端っこに座っていても、マリアベルやローゼリットがむやみやたらと注目されている気がする。
まあ、グレイの気にしすぎかもしれないけど。なんていうか、こう、身分不相応? みたいな? 気はずっとする。
だって2人とも冒険者には勿体ない位可愛らしくて、しかも需要の高い魔法使いと僧侶だ。実はグレイは、1人で歩いていたローゼリットが余所のパーティに勧誘されているところを見かけたことがある。丁寧かつ光の速さで断ってたけど。
「う、にゅぅん?」
グレイがもにゃもにゃと余計な事を考えていると、不意にマリアベルが変な声を上げた。
「どした?」
声を掛けると、マリアベルが立ち上がって入口の力を見た。それとほとんど同時に、店内がざわつく。「……アレン?」「アレンだ」「ミーミルにまだいたんだな」「珍しい」「あいつら迷宮に住んでるんじゃないのか」
興奮と、好奇が混ざり合った他の冒険者の視線の先に、1人の冒険者らしき青年が立っていた。背が高くて、何ていうか威圧感、じゃないけど、迫力があるっていうか、オーラがあるっていうか、そんな感じだ。
「……どっかの有名なギルドの人かね?」
グレイが呟くと、何となく釣られてそちらを見ていたらしいハーヴェイも呑気に頷いた。
「ねー。何か強そう。カッコいい。あーゆーの憧れるよねー」
「確かに」
グレイが同意すると、マリアベルが珍しく困ったように首を傾げた。
「どっかの有名なギルドの人っていうか……」
妙にざわめきが近くなって、何? とか思う。不意に、こちらに近付いてきている青年と目が含う。え、なに、何すか。いや気にし過ぎだ。この辺の席空いてるから来てるだけだ、よな?
とか思ってたら本当にグレイ達の卓までやってきた。近くで見ると、なおさら雰囲気がある。いかにも強そう。凄い美形とかそういう訳じゃないんだけど、かっこいい。迷宮帰りという訳では無いらしく、鎧とか盾とか防具らしい防具はつけていないけど、腰に下げている長剣は超一級品っぽい感じだ。絶対強いよこの人、みたいな。
その人に向かって、ひょこっ、とマリアベルが立ち上がって頭を下げた。
「こんばんわぁ。お久しぶりです」
え、知り合い? いつの間に? とかグレイが尋ねる隙もなく、青年は近くの空いていた椅子を引き寄せながら、マリアベルに片手をあげて言った。
「おう。久しぶりだな、魔法使い。ちょっとここの席、いいか?」
かっこいい冒険者は、声までなんか落ち着いていて深みがあってかっこいい。何だこれ反則だ。
「どうぞどうぞー」
マリアベルは平然としている。グレイは訳が分からないけど。アランもハーヴェイもローゼリットもそれぞれマリアベルと青年――アレンとか呼ばれてたけど。とにかくその人を見比べているから、グレイが寝惚けている訳じゃないだろう。
「ええっと、どちら様で……?」
困り果てたような顔でハーヴェイが尋ねる。グレイとしてはよく言った、とか褒めてやりたい。マリアベルはむしろハーヴェイの言葉にびっくりしたようだった。青年は、ようやくマリアベルだけ気付いた理由が思い当ったらしい。
「あぁ、そういやこの前は兜を外してなかったな。アレン・ライゼルだ。この前のミノタウロス戦に割込んだパーティの聖騎士だって言えば、分かるか?」
「「「分かります!」」」
思わず男3人の声がはもった。分からいでか。ってことはこの人、ミーミルの3大ギルドの1つ、“ゾディア”のリーダーだ。そりゃ強そうな筈だ。納得。
「先日は、ありがとうございました」
ローゼリットも慌てたように頭を下げる。いや、とローゼリットに答えてから、全員に向かって彼は言った。
「むしろ前回はうちの狼と阿呆が勝手に割込んで悪かったな。あの牛、指令の討伐対象だったとミーミルに戻ってから聞いた」
狼と阿呆――ぎりぎり狼に関しては納得が行くが、後者はどうにもこうにも納得出来ない。最終的に十数パーティの冒険者とミーミルの衛兵を屠った迷宮の怪物・ミノタウロスに向かっていったのは、恐ろしい位巨大な漆黒の獣と、神話の戦乙女のように美しい戦士の女性だった。
あぁ、でも、とグレイはアランとローゼリットを見比べる。もしかしたら、パーティの仲間として何やかんややってると、そのうち美人にも見慣れてただの仲間と思えるようになるんだろうか。それなら少し、楽しい。
「そんなことどうだって良いんですよー。お兄さんたちがいなかったら、あたしたちのハーヴェイ死んじゃうとこでしたし」
死んじゃうとこだったと言われたハーヴェイを見て、あ、やっぱ慣れないもんは一生慣れないわ、とか思う。ハーヴェイとローゼリットはそれなりに長い付き合いっぽいが、今でもハーヴェイは全然慣れていない。駄目だ。駄目なもんはだめだ。グレイもたぶんこの先ずっと、何度だって、ローゼリットを美しいと感嘆するだろう。
「全く以て出来たお嬢さんです、人の事を阿呆とか呼ぶリーダーは反省するべきだと思います」
不意に言葉を挟んで、ついでにリーダーの頭に肘を載せたのは、件の戦士らしきお姉さんだった。リーダーの頭に肘を載せて、ついでに手の甲に細い顎を載せて優雅に微笑む。
「こんばんは、マリアベル嬢とそのお仲間でしたね」
すれ違っただけのような挨拶だったのに、無駄に完璧だ。微笑みも、きらきらしているのにきりっとしている。もの凄い美人なのに、何故かイケメンっぽい。アレンと同じく私服みたいだけど、全体的に黒っぽいズボン姿だし、やっぱり腰に下げている長剣と短剣が極上っぽいからだろうか。
アレンは虫でも追い払うような仕草で戦乙女の手を払う。
「やかましい。肘置きにすんな」
「ちょうどいい高さにあったものですから」
涼しい顔で答えて、彼女も近くの椅子を引き寄せた。それから、妙に重い音のする革袋を机の上に乗せる。
「で、どこまで説明を?」
「今さっき見つけたところだよ」
「成程。役に立たないリーダーですね」
何か散々な言われようだが、アレンはじゃっかん慣れたように顔をしかめただけだった。
「ローズマリーさんも、こんばんは」
マイペースにマリアベルが返すと、ローズマリーはさらりと微笑みながら言った。
「うふふ、可愛いですね。私達のパーティに来ませんか? 私達の魔法使いあげますから」
絶対に絶対に冗談だとは分かっていたけど、グレイもハーヴェイもアランもローゼリットも息を呑んだ。いやいやいやいや、何言い出しちゃってんですかお姉さん。酒場の中まで静まり返ったような気がする。っていうか、間違いなくこの卓の付近は静まり返っている。隣の卓の冒険者パーティが、黙りこくってお互いを肘で突き合っているのが見えてしまって、グレイの背中を嫌な汗が流れた。
“ゾディア”だぞ、あの“ゾディア”に勧誘されるって何だあの魔法使い。みたいな。ですよね。どこのギルドに誘われても断り続けて、ついに6人――っていうか、5人と1匹でギルドとして認められた人達ですからね。逆に誰がギルド“ゾディア”に加入させてくれって頼んだって断り続けた人達ですからね。マリアベルぅぅぅぅ!?
そんなグレイや周囲の困惑などものともせずに、マリアベルはチェシャ猫みたいに笑って答えた。
「勿体無いお話ですけど、あたし、ローゼリットの事が大好きなんで、パーティ抜けられないです」
「あら、それは残念。流石に私達の僧侶はあげられませんからね。聖騎士や銃撃手なら何とかなったのですけれど。仕方が無いので、諦めます」
あれ、ほとんど全員交換可能じゃないですかとか、リーダー譲っちゃうって何なんすかとか思わなくもない。けどとにかく、ほぅっ、とグレイの隣でアランが安堵のため息をついたのが間こえた。グレイも同じような気分だ。ローゼリットは、ちょっと恥ずかしそうに、でも誇らしそうに微笑んでいる。やばい、超可愛い。いつもか。
「そういう訳で勧誘にも失敗しましたので、別のパーティとして先日の指令の報酬を山分けにしましょう」
「……にゅ?」
流石のマリアベルもよく分からなかったようで、変な声を上げて首を傾げた。山分け? って言った?
一瞬、グレイとアランは目を合わせてから、アランが確かめるように尋ねる。
「山分け、ですか?」
「えぇ。ミーミルの衛兵5人と、貴方たちと、私達。最終的にミノタウロスを仕留めた3パーティで3等分。山分けです。まぁ、ミーミルの衛兵分は、直接のメンバーにというより、大公宮預かりになった後、衛兵全員に支給されることになるのでしょうけれど」
お小遣い程度になってしまいそうですね、とかローズマリーは苦笑して続けていたけど、グレイには何が何やら。みたいな気分だ。
「え、何でですか……?」
ローズマリーに尋ねても、また何かとんでもないことを言われそうだったから、グレイはアレンに尋ねる。聖騎士の青年は、やっばりこいつ阿呆だろ、みたいな顔をしてローズマリーを見てから答えた。
「指令の際に、複数パーティで対象を討伐した場合は山分けにするのが通例だ。昔は俺達も、山分けにしてもらった側だし、大体、今回ミノタウロスなんてほとんどお前達だけで倒せそうだっただろう。新米から“ゾディア”が指令の報酬を横取りした、と口さがない連中に言われるのも面白くない。そういう訳だから、邪魔になるものでもなし。まぁ大人しく受け取っておけ」
「あー……色々あるんですねぇ……」
しみじみとハーヴェイが頷き、まぁな、とアレンはめんどくさそうに顔を顰めた。うーん、名前のせいか、何かこの人アランに似てる気がする。こんなにめんどくさそうな顔をする癖に、わざわざ新米パーティを探して報酬を山分けにした挙旬、親切に説明しちゃうような辺りが。と思うと、殿上人のようなギルドのリーダーも身近に感じられるから不思議だ。
「まあ、そう言う事なら」
「そうだねぇ」
何だかんだで現実的なアランとマリアベルが頷き合って、揃って「ありがとうございます」とお礼を言った。ローズマリーはまだ諦めがつかないようだ。「いいなぁ。可愛い子が私達のパーティにもいれば良いのに」とかのたまって、アレンに小突かれている。この人じゃっかんアレかもしれない。いや、美人だけど。物凄い美人で、しかも一太刀でミノタウロスの腕を斬り飛ばすくらい強いんだけど。
「ええと、マリアベルはあげませんけど、山分けはありがとうございます」
思わずグレイが本音を零すと、耳聡くローズマリーが突っ込んできた。
「君の?」
「いえ、ではないんですけど」
思わず即笞してから、いや、でもなんだろな、とか考えながらグレイは続ける。
「俺達の、魔法使いなので」
「ふぅん?」
ローズマリーは楽しそうだ。何かこう、殿上人のギルドの中でも“最強”と謳われる戦乙女というより、色々見透かされている姉に対面しているような居心地の悪さでグレイは身動ぎをする。
「後輩を困らせるな、阿呆」
再度リーダーの聖騎士に窘められて、「残念」とローズマリーは肩を疎めた。
「ではそろそろお暇しましょうか。食事中にお邪魔を――」
立ち上がりながらそこまで言って、唐突にローズマリーが振り返って長剣の柄に手を掛けた。え、今度は何? とかグレイ達が尋ねる間も無く、給仕女の横を、卓の隙間を、その動き辛さを全く感じさせないような速度でローズマリーが疾走する。
「――こ、のっ!!」
悪態と共に抜剣し、数千、数万回繰り返してきた者特有の動作の滑らかさで斬り掛かった。相手が誰だか知らないけど、こりゃ死んだわ、とか洒場で居合わせた冒険者の誰もが納得しかけたその時。