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もう4年前だから、ちょうど、俺たちがお前ら位の年だった時だな。俺と、グラッドは、ミーミルへ来る船の中で出会って、何となく、そのまま一緒にパーティを組んだ。組んだっつっても、他のパーティに2人まとめて入れて貰ったわけだが。ちょうど1人欠けたところに入れて貰って、6人パーティだった。若かったのは、俺とグラッドだけだ。まぁ、分かりやすく新米で、下っ端だった。他のメンバーは、良い奴だったけどな。
滅茶苦茶口数が少なくて、いつもクールで、リーダーだった狩人のレイ。でっかい筋肉でパッと見はこえーけど、親戚のおじさんみたいに面倒見が良かった、戦士のダニエル。眼鏡で僧侶のくせに、女好きでしょっちゅう他の冒険者と揉めてたカール。美人でドSで、ヤバめになりつつあった婚期を気にしてた暗黒騎士のスカーレット姐さん――分かるよ。婚期を気にするなら、冒険者やめろって話だ。しかも暗黒騎士って、完全に詰んでるだろ。俺とグラッドもそう思ったよ。口にしたら間違いなくぶん殴られるから、言わなかったけどな。いや、グラットは1回言って殴られてたかな。まぁ、とにかく。それから戦士のグラッドに、盗賊の俺で6人だ。
もともと5人組で、7階まで到達してた中堅パーティだった。スカーレット姐さんには残酷な話だけど、元いた呪術士の女が、鍛冶屋の若い職人と結婚するってんで引退したから、俺たちが入った。しばらくは俺たちが役に立たねーから、2階とか、3階とかをうろついてたよ。
段々俺たちが慣れてくると、少しずつ探索する階層を上げていった。4階、5階。レイ達にとっては、もう地図もある。出てくる動物の癖も知ってる場所だったから、そこまで探索は困難じゃなかった。6階。まぁ、何とかなった。
グラッドはアホだからかな。盾役として前で活躍してた。俺は見ての通り、性格が悪いからな。何時だって背後から一撃。結構、役に立ってたと思うぜ。それから、ついに7階。熟練が1人減ったが、2人増えた。その頃には、俺たちがパーティに加わってから1年以上経っていた。もう、俺たちもさすがに新米とは呼ばれなくなっていたよ。
7階。いけると思ったんだよな。俺も、グラットも。もちろんレイ達もそう思ってたに違いない。そりゃあ怪我もするし、危ないこともある。だけど冒険者だろ? 迷宮だろ? まぁ、そんなこともある、程度の認識だった。7階で、不意打ちを食らうまでは。
盗賊の俺が先行して、道の先の安全を確かめて、振り返った時、パーティの背後にそいつはいた。見るからにデカくて、ヤバい敵が。俺が、後ろ、とか言う前に、パーティの最後尾に居た僧侶のカールがやられた。狩人のレイが矢を射掛けたけど、そいつはちょっと嫌そうな素振りをするだけで、平然と襲いかかってきた。ダニエルと、グラッドが慌てて前に出たけど、こっちはすでに1人、しかもパーティの生命線の僧侶をやられて完全に浮き足立ってた。取り返しのつかないくらい。
狩人のレイの左腕がへし折られて、暗黒騎士のスカーレット姐さんが吹っ飛ばされて、ようやく俺は自分たちが全滅しそうだって事に気付いたんだ。おせーよって、話だよな。
レイとダニエルは、たぶん俺より早くその事に気付いてた。吹っ飛ばされたスカーレット姐さんの首が変な方に曲がってて、ぴくりとも動かないのを見て、腹を括ったんだろう。
本来なら後衛の狩人なのに、リーダーのレイが片手で剣鉈を持ってそいつに殴り掛かった。ダニエルが『戦士の雄叫び』で足止めをした。で、レイが――いつだってクールで、口数が少なかったリーダーが、俺とグラッドに怒鳴ったんだ。お前らだけは逃げろ、って。レイの怒鳴り声なんて初めて聞いた。驚いてる余裕もなかったけどな。どう見ても俺たちは劣勢で、死にかけで、レイとダニエルは命懸けで足止めに掛かってくれていた。
レイに言われたからじゃない。俺は逃げたくて逃げた。1人で6階を通り抜けて、5階、4階と進める自信が無かったから、ぐずぐずしてたグラッドを引きずって逃げた。そうだ。俺は2人を見殺しにした。冒険者として、仲間として、俺たちを鍛えて、育ててくれた2人を見捨てて逃げたんだ。
逃げて、逃げて、逃げまくったとはいえ、よく2人だけでミーミルの街まで辿り着けたと思うよ。とにかく、俺も、グラッドも、仲間を見捨てて、ぼろぼろになって――それでも、生きて、迷宮の入り口まで辿り着いた。辿り着いたところでぶっ倒れて、ミーミル衛兵に回収されたけどな。
次に目を覚ましたら、教会だった。その後は――4人を迎えに行きたいって言うグラッドと、2人だけであそこまで行けるわけねーだろって死ぬほど揉めて、結局、喧嘩別れでパーティは解散になった。俺は、また別のパーティに入れて貰う気にはなれなくて、故郷に帰る気にもなれなくて――ただまぁ、金は稼がなきゃいけなかったからな。で、ミーミルの官吏になった。
衛兵になって迷宮に入るのもな、あの装備が何だったし。俺は幸い、字には不自由しなかったから、事務方になった。グラッドは、てっきりどこかのパーティにまた入れて貰って、7階を目指すんだろうと思ってた。俺の初仕事で、新しい衛兵の名簿を作れって言われて、新兵の書類の中にグラッドの名前を見つけるまではな。初仕事でクソ最悪な気分だったぞ。
後は、まぁ、そのまま今に至るって、感じだ。つまんない話だったろ。知ってるよ。
マーベリックは皮肉っぽく笑ってそう締め括った。
グレイも、アランも、ハーヴェイも、何も言えないでいると、マーベリックは懐から布に包まれた塊を取り出した。
「ハーヴェイ」
そう言って、ハーヴェイに布の塊を放り投げる。不意打ちとはいえ、危な気無くハーヴェイは受け取った。ハーヴェイが「何ですか、これ」と言うと、「開けてみろよ」と横からアランが口を挟む。それもそうかという感じでハーヴェイが布を剥がすと、出てきたのは柄の装飾が見事な短剣だった。
「迷宮の7階まで到達した頃、俺が使ってた短剣だ。お前にやるよ。ま、縁起は悪いかもしれんがな」
「あ、僕そういうの気にしないんで」
ハーヴェイがびっくりするほどあっさり即答すると、マーベリックはくくっ、と笑った。
「だろうな。盗賊になるような奴は、現実主義者だ」
短剣をハーヴェイが抜いてみると、当然といえば当然だが、柄以上に見事な刃が現れた。おそらく――マーベリックはこの武器を手放せず、使う機会もなく、けれど手入れだけはずっと続けて来たのだろう。
「……いいんですか?」
高価だとか、そういう問題ではなくグレイが尋ねると、マーベリックは相変わらず皮肉気だが、しかし、穏やかな顔で頷いた。
「いいんだ。むしろ、使って貰えれば、助かる……俺はもう、冒険者じゃ、無いんだよ」
元冒険者は穏やかに――少し、肩の荷が下りて、ほっとしたように言った。それを見て、ハーヴェイは短剣を収めて頭を下げる。
「ありがとうございます。迷宮で、使わせてもらいます」
「そうしてやってくれ。それじゃ、邪魔したな」
そう言うと、マーベリックは眼鏡を掛けて、立ち上がった。その姿と表情は、もはやミーミルの書庫の管理人以外の何者でもなかった。激務で顔色を悪くして、不思議なくらい足音のしない、緑のローブを着た官吏は穏やかに微笑んで言った。
「では冒険者、君たちがまた、生きて書庫に報告へ来るのを楽しみにしているよ」