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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション

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2-36

 しばらく休んでから、猫の散歩道亭にグレイとアランは連れ立って帰る。宿と言うより、すっかり家という感じだ。兄弟のひしめきあう生家と、猫の散歩道亭と、どちらに帰る? と訊かれたら、グレイは間違いなく猫の散歩道亭を選ぶ。


 受付のサリーに鍵を出して貰おうとすると、ハーヴェイがもう戻っていると告げられる。


「ただいまー」


 それなら、と思って多少行儀は悪いがノックもせずに部屋のドアを開けると、「お帰りー」と、2段ベットの上からハーヴェイが呑気な声で応じる。うむ、やはり家、とかグレイは思う。


「けっこう、ムキになったみたいだねー」


 ベットから起き上がって、わりとぼろぼろのグレイ達を見下ろして笑いながらハーヴェイは言う。


「なっちまってさー。ローゼリットに怪我治してって頼んだら、悪いかな」


 じゃっかん照れ臭さを感じながらグレイが言うと、アランが「良いんだよ、別に」と言って、ハーヴェイも「悪くはないと思うよー」と言ってくれる。


「マリアベルはどうしてるか、知ってる?」


 グレイがハーヴェイに尋ねると、計ったようなタイミングで扉が叩かれて、グレイは扉を開けてやる。


 おかえり、とか言いそうになって、しかし、扉の外に立っていたのはサリーだった。サリーと、その後ろにミーミルの官吏の証しである緑色のローブを着て、いまいちサイズが合っていない感じの眼鏡を掛けた顔色の悪い青年が立っている。


「あぁ、お邪魔するよ。あんたたちにお客さんだっていうから、案内してきたんだけど」


 サリーが言って、背後の青年を示した。


「やぁ、突然押しかけてすまないね」


 朗らか、ではないにせよ、ミーミルの官吏のローブと、落ち着いた話しぶりに怪しさはない。グレイ、アラン、ハーヴェイの3人も、驚いてはいるものの、どうも、とか、こんにちは、とか挨拶を返す。


「えと、マーベリックさん? どうしたんですか」


「君たちに話があってね……あぁ、女将さん、ありがとうございました」


 グレイが尋ねると、ミーミルの官吏、書庫の管理人の1人であるマーベリックは平然と答え、それからサリーに礼を言った。サリーは本当にグレイたちとマーベリックが顔見知りであることを確認すると、いいんだよ、と言って去っていく。


「入ってもいいかな?」


「あ、はい、どうぞ」


 マーベリックに問われ、グレイは頷いて室内を示す。ハーヴェイとアランが、なんだかよく分からない顔で、荷物置きに使っているベットの上のもろもろを端に寄せて座れそうなスペースを作る。


 空いた場所にマーベリックは腰掛けると、眼鏡を外して、髪を掻き回してからはぁっ、とため息をついて顔を上げる。


「あー、話があって、来たんだが。普通に話して良いか」


 上げた顔は、何というか、ミーミルの官吏というより、その辺の冒険者っぽかった。不意に、グレイはマリアベルが話していたことを思い出す――マーベリックは、かつて冒険者で、盗賊であったと。


「あ、はい、どうぞ」


「お前、それしか言わないつもりか」


 グレイが頷くなり、マーベリックはくくっ、と笑った。何となく釣られたのかハーヴェイも笑う。


「いや、グレイはいい奴なんですよ。普通に」


 フォローなのかなんなのかよく分からないことをハーヴェイが言うと、だろうな、とマーベリックは言ってから続けた。


「お前ら、ミノタウロスに殺されそうになってた、間抜けな衛兵を助けたそうだな」


 その口調には、言葉ほど悪意はないものの、呆れというか、嘲りというか、そういうものが多分に含まれていた。それから、おそらく、ほんの少しの感謝も。


「助け……ようとは、しました。俺たちじゃ、力不足でしたけど」


「お前も普通に話せよ。まぁ、どうでも良いけどな……それで、自分達も死にそうになって、偶然通りかかったギルド“ゾディア”に助けられた?」


「まぁ、そんな感じです」


「アホだろ」


 頷くなりざっくり切り捨てられて、グレイはけっこうへこむ。ハーヴェイもそんな顔だ。分かってた。助かったのは運が良かっただけで、馬鹿なことをして死にそうになった。グレイと、引く気が全くなかったマリアベルだけならまだしも、ローゼリットも危なかった。完全に傷口に海水ぶっかけられた気分だ。


 アランは、何しに来やがった、みたいな顔をしてマーベリックを見ている。というか言った。


「つーか、何しにいらしたんですか」


 年長者なのと、ミーミルの官吏の緑のローブのせいか、ギリ敬語だった。が、普段の2割増し位目付きが悪くなっている。だが、マーベリックは全然気にした様子もなく鼻で笑った。


「アホにアホだなってわざわざ宿まで言いに来るほど暇でもねーよ」


「……っていうか、キャラ違いすぎません?」


 ぼそっとハーヴェイが尋ねるが、華麗に流される。


「じゃ、何しに」


 重ねてアランが言いかけると、現れた時と同じくらいの唐突さで、マーベリックは両手を膝の上に置いて、グレイ達に向かって頭を下げた。


「――感謝する。グラットの間抜けを助けてくれた事を」


 唐突に言われて――どう返したら良いか分からず、思わずグレイとアランは顔を見合わせた。


「う、ん……? グラッドさんと、お知り合い、ですか」


 ハーヴェイが尋ねると、今度は流さずに応じた。


「パーティメンバーだ……元、な」


「元……っていうか、そんな、頭、上げてください」


 グレイが慌てて言うと、マーベリックはゆっくりと顔を上げた。その表情は、恐ろしく真剣なくせに、笑っているのか、泣きそうなのか、よく分からない顔だった。


「俺も、グラッドも、元冒険者だ。で、元パーティメンバーだ……冒険者をやめてからは、グラッドと話をしたことは無いが、まぁ、お互いミーミルで役人やってるからな。何となく、あいつの動向は、知っていた。迷宮のことは、書庫の管理人だからもちろん聞いている。ミノタウロスの出現と、数パーティ……結局、最終的には十数パーティだな。の、全滅。それから、お前らと、ギルド“ゾディア”の話。ミノタウロス討伐に立ち会った、ミーミル衛兵の名前なんかも。だから――感謝する。俺にこんなことを言われても、お前らとしては微妙だろうが」


「マリアベルから……マーベリックさんが、盗賊だったってのは、聞いてました。だけど、グラッドの兄貴のことは、初耳です」


 グレイが正直に言うと、マーベリックはくくっ、と笑って、兄貴って、何だよ、とか呟いてから続けた。


「そうか……まぁ、グラッドの奴は、間抜けだが、お人よしだからな。お前らと、元から知り合いだったのか」


「です。正直、グラッドのあ……グラッドさんじゃなきゃ、俺たちだって割り込んだか、どうか」


「俺の経験則だが」


 グレイが兄貴、と言いかけてやめた辺りで、またニヤリと笑ってから、マーベリックは言った。


「そんな事を言いながら、割り込む奴は、相手が誰だろうが、必ず割り込む。今回俺は、俺の勝手な都合で感謝するが……今後は、やめとけ。今回、お前らは運が良かっただけだ。次の時にギルド“ゾディア”が通りかかることは、まず無いだろう。そして、お前らだけで、ミーミル衛兵が全滅しかける相手に勝てる保証もない」


「……それは」


 マーベリックの言うことは、正しい。出来ることならグレイだって頷きたい。分かりました。気を付けます。出来なくても、今はここで頷くべきだろう。そうですね。一言で良い。簡単だ。


「たぶん、無理です」


 たぶんとか言いながら、きっぱりとした口調でグレイが言うと、マーベリックだけでなく、ハーヴェイもアランも驚いた顔をした。そんな、驚くなって、とかグレイは思う。だって無理なものは、無理なのだ。殺されそうになってるグラッドを前にして、逃げられるわけがない。そんなことを、グレイも――マリアベルも、出来るはずが、ないのだ。


 マーベリックは、グレイの顔をじっと見て、それから、少し悲しそうな顔で頷いた。


「そうか。無理か」


「無理です」


「だったら、他の2人、アランに、ハーヴェイだったか。お前らが、やるべきだ」


 不意に話を振られたアランとハーヴェイが、何を? と視線で尋ねる。


「お前らが、こいつを引きずってでも、逃げるべきだ――少なくとも、俺はそうやったから、俺と、グラッドは今生きている」


「冒険者だった時の、経験談ですか」


 アランが尋ねると、マーベリックは頷いた。つまんない、話だけどな――とマーベリックは語る。かつての、ミーミルの冒険者パーティに起こった事を。

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