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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
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2-35

 ローゼリットが瞑想を終えて、一同に『加護プロビデンス』を掛け直すと、一気に身体が楽になった。生き返った気分、とはこういう感じだ。


 マリアベルがガランゴロンと大きな鐘を鳴らして歩くと、驚くほど、迷宮の他の生き物に遭遇することなく入り口まで戻ることが出来た。迷宮を出ると、辺りはすっかり夕暮れに染まっている。グレイ達にとっては大事件の起こった1日だったのだが、ミーミルの街にしてみれば、昨日と同じ今日に過ぎない。


 商店は店仕舞いを始め、飲食店は夜の営業に向けて、組み立て式の卓や椅子を、道に広げている。今の気候では、表で食事をする方が人気だ。気の早い冒険者が、大声で売り子を呼んで、1杯やり始めている。遊び疲れた子供が、家路へ急ぐ。


 猫の散歩道亭へ帰りがてら、目抜き通りの屋台街を通り抜けると、ミノタウロス討伐の報は大公宮へ既に伝わっていたらしく、数人のミーミル衛兵が、指令ミッションの解除を冒険者へ呼び掛けていた。討伐者は、ギルド“ゾディア”、の報に、冒険者たちから賞賛と諦めが混ざり合った歓声が上がっている。ますます、“ゾディア”の名前には箔が付いたようだ。


 夏に向けて温かくなってきた最近だが、今日は風向きの所為か、やけに海からの強い風が吹いていて、生臭い風がグレイ達から、多くの冒険者たちから、体温を奪っていく。こういう日は、麦酒よりも葡萄酒が売れることだろう。寒そうにローゼリットが腕をさするのを見ると「寒い?」と言いながら、マリアベルがローゼリットにぴったりとくっつく。「今日は少し、冷えますよね」とローゼリットが答えて、マリアベルと腕を組んで歩き出す。「いいなぁ」とため息のようにハーヴェイが小さく言った。「お前なぁ」とアランが呆れた声を上げる。つまりまぁ、グレイ達も、いつも通りだ。


 猫の散歩道亭に着くと、ローゼリットは疲れ切ったように「お先に失礼します」と言って部屋に上がっていった。マリアベルはひどく真剣な顔で、「あたし、お腹空いたよぉ」と言った。グレイ達も同感だったので、部屋に防具と武器を置いてから、猫の散歩道亭の食堂に向かう。


 多少の不安があったので、始めは、豆のスープや、とろとろに煮込んだ米と魚、蒸した野菜などを控えめに注文していたが、食べ出すと意外に食べられる事に気付いて、茹でた卵と芋のサラダ、大海老のグリル、牛肉の香草焼き、挽肉と赤い野菜のパスタ、厚い生地の上に数種類の魚介類とチーズの載ったピザ、それから麦酒に葡萄酒、赤い果物のジュース、白いパンも人数分追加して、4人で競うように食べる。


「う、にゅ、ふあー! おいしいっ!」


 大海老の身の塊に噛り付いて、飲み込んで、マリアベルは感極まったように言った。幸せそうだ。


「油断したな、魔法使い!」


 マリアベルがそんなことを言っている隙に、アランが最後の一切れのピザを攫っていく。にゅいっ!? と目を付けていたらしいマリアベルが悲鳴を上げかけるが、にゅぅん、と唸って堪えると、通りかかった給仕の青年に、「お兄さん、ピザもう1枚、追加ね!」とワイルドに言った。「その手があったか」とハーヴェイが愉快そうに笑う。


 夕方の1番客だからか、品物が届くのは早い。とはいえ、育ち盛りの4人だから食べるのも早い。あっという間に片付けて、マリアベルとハーヴェイは蜂蜜と洋酒漬けの焼き菓子まで平らげてから伸びをする。マリアベルは既に眠そうだ。グレイが「この後、寝るの?」と尋ねると、半分目が閉じているくせにマリアベルは首を振って「ううん、お風呂」と答える。揺るぎ無い。


 会計を済ませて、4人で階段を上る。2階でマリアベルと別れ、かけて、アランが全員に尋ねる。


「明日、どうする? 迷宮、行けるか?」


 問われて、何となく全員で窓の外を見る。まだ薄暗くなってきたばかり、と言うような時間だ。今から休めば、明日もまた問題なく迷宮に行ける、気もする。過信かもしれない。


「今日一番疲れた、ローゼリットが元気になってたら、行こうか?」


 マリアベルが言うと、即座にハーヴェイがそうだね、と同意した。光の速さの如きだった。アランはちょっと嫌そうにハーヴェイを見て、しかしマリアベルの意見に異論はなかったのか、そんなところか、と頷く。グレイも、だな、と言って頷く。


「ん、明日の朝ご飯の時に決めようね……それじゃ、おやすみ」


 マリアベルは魔法使いの杖を支点にしてくるりと回って、癖で帽子の位置を直そうして、何も無いことに気付いて手を彷徨わせた。それを見たハーヴェイが「おやすみマリアベル。明日は買い物でもいいかもね」と言うと、ちょっと恥ずかしそうに振り返って、「にゅぅん、そうかもねぇ」と言ってから、軽やかな足取りで階段を上がって行った。


 それから男3人で寝落ちしそうになるのを何とかお互い励ましあって、沐浴場で血だの泥だのを落として部屋に戻ったら、グレイは2秒数える間もなく眠りに落ちた。泥のように眠って、しかし恐ろしき日々の習慣、ふっと目を覚ますと、教会の鐘の音が聞こえてきた。数えていると、5回鳴らされて、終わる。何と言う事でしょう、普段の起床時間です。とか思いながらグレイは身を起こす。出来るだけ静かに伸びをしたつもりだったが、もそもそとハーヴェイとアランも、2段ベットの上段で動き始める。


「おはよ」


 2段ベットから顔を出して見上げながらグレイが言うと、おー、とか、おはよぉぉ、とかまぁ普段通りの挨拶が2人から返ってくる。


「うわー、もしかして、もしかしなくても、普段通りの時間?」


 ハーヴェイが頭を掻きながら言い、グレイが「たぶんな」と答えると、アランが「マジか。すげぇな習慣」と自分に感心したように呻く。


 たらたらと身支度をして、1階の食堂に3人で降りていくと、何となくそんな気はしていたが、女性陣はまだ来ていなかった。「これは、休みかな」とグレイが言うと、「かもねぇ。ローゼリット大丈夫かな」とハーヴェイが不安そうに答えた。


 サリーが3人の前に朝食の大皿を置き、パンの入った籠を置いたタイミングで、マリアベルがひょっこりと顔を出す。今日は迷宮に入らない証明のように、黒いローブを着ていない。それから、ふわふわの金髪をお下げにしている。杖はしっかりと握っているが。


「おはようマリアベル。休みか」


「おはようー。今日は、お休みだねぇ。ローゼリット、また頑張らせ過ぎちゃったよー……」


 アランが尋ねると。魔法使いっぽくない格好をしているからそう見えるのか、やけに弱々しい感じでマリアベルは答えた。椅子に座るなり、悲しそうに、お下げの先っぽを弄んでいる。


「マリアベルの所為でもないだろ。ロゼは昔っから加減を知らないんだ」


 あっさりとアランは言って、まぁこれでも先に食ってろ、とか言って自分の前に置かれた朝食の大皿をマリアベルに差し出した。マリアベルは2回まばたきをしてから、ありがとねぇ、と言ってほにゃりと笑って受け取った。


 今日の朝食は、緑色の葉野菜と一緒に炒められた卵に、厚切りの燻製肉炒めと、それから、大量の蒸かし芋を潰して味付けをしたの。いただきます、と言ってから、相変わらず皿の上で山を為している芋をマリアベルはそうっと掬って食べる。美味しかったらしい。嬉しそうだ。あっつい、とか小さく呟いている。


「じゃ、アランお先に」と言ってハーヴェイも食べ始める。「悪いなー」と一声かけてから、グレイも食べ始める。「気にすんな、すぐ来るだろうから」とアランが言うが早いか、「はいお待たせ! あらあら、レディ・ファーストが出来てるじゃないの! 素敵よ!」と嬉しそうに言ってサリーがアランの前に大皿を置く。


 思わず、男3人で顔を見合わせてからマリアベルを見てしまう。レディ――は、嬉しそうに燻製肉を切っている。グレイとしては、まぁ、5年後に……みたいな気分だ。食べ始めたら元気になってきたのか、他の理由か、グレイ達の視線に気付いたらしいマリアベルが燻製肉から顔を上げて、チェシャ猫みたいに笑ってみせた。


 食事の後、マリアベルは新しい帽子を買ってくると言って出掛けて行った。グレイは何となく手持ち無沙汰で、寝るのも何だし、軽く素振りでもしようかと思っていたら、アランに自主練に誘われたから一緒に出かける事にする。それを聞いて、ハーヴェイも弓を持って街外で訓練してくる、と言う。


「戦士ギルドの訓練場、好きな時に使って良いらしい」


 アランにそう言われてついて行くと、なるほど、戦士ギルドの中庭には、特技の取得ではないが、素振りや、知り合い同士で手合わせをしている戦士がいっぱい居た。


「そうだよなー。街中で素振りするわけにもいかないよなー」


「そりゃまずいだろ。色々」


 感心してグレイが言うと、アランが笑って答える。


 迷宮の生き物は、今までは動物というか、そういう感じだったからあまり意識しなかったが、ミノタウロスの一件で、対人戦に近い形も訓練したくなる。戦士ギルドで、刃の無い模擬剣を貸してくれるというし、幸いに、アランがいるから、スキル無しな、とお互いに言い合って手合わせをする。


 手合わせというか、最初は型の確認というか、簡単な打ち合いだったはずなのに、最終的にはお互い結構ムキになってしまって、ちょっとこれ、ローゼリット起こさないと不味くない? とか腫れた腕を押さえながらグレイが言うと、アランも気まずそうに、だよなぁ、とか頷いた。


 中庭の周りの廊下に置いてある長椅子に2人で座って休憩する。天気が良いから、屋根のある場所に入ると途端に暗くなる。目が慣れるまで、グレイはしばらく瞬きをする。アランは汗を吸った前髪を邪魔そうに触っている。


「……何かさぁ」


 アランが寸止めし損なって打たれた左の二の腕を揉みながら、ぼんやりとグレイは言う。


「ん?」


 弱気になってるのかな、俺、とかグレイは思うが、しかし珍しくアランしかいなくて、何かこう、相談するなら、アランしかいないよな、とかグレイは勝手に思っていたから思わず言ってしまった。


「俺、何ていうか、こう、あれかな。一貫性、みたいな、芯、みたいなの、無さ過ぎるかな」


「……何でまた」


 アランは驚いたように言う。とりあえず、即座に納得されなかったことにグレイはほっとする。ほっとするが、グレイは頭を掻きながら続けた。


「いや、何か俺、最初はミノタウロスの討伐、絶対受けたくなかったのに、6日経ったらすっかり忘れて受領するし。2階行くし。ミノタウロスに遭遇したら遭遇したで、逃げようと思ったのに、グラッドの兄貴がいると思ったら、マリアベルと突っ込むし。で、案の定死にかけるし」


 言えば言うほど情けなくなってきて、グレイは頭を抱えたくなる。何か、わりと、最低じゃない? これ。


「それでもハーヴェイは、俺達……っていうか、ローゼリットっていうか、まぁ、とにかく俺達を逃がそうとして頑張ってくれたのに、やっぱりマリアベルと2人して無碍にするし」


「あー……」


 アランは、そこでようやく声を上げて、グレイの言葉を遮った。アランが止めてくれなかったら、幾らでも惨めな言葉が溢れて来てしまいそうだったから、グレイは声も無く感謝する。


 アランは大きく息を吸って、吐いて、言った。


「俺達は自由な冒険者で、パーティで。で、今でも好きで5人パーティ組んでるんだろ」


 それだけ、だが、それが全てだ、と言わんばかりのアランの言葉に、グレイは息が詰まって何も言えなくなる。わしゃわしゃと髪を掻き回して、アランの顔を見られないから正面を見る。びっくりするくらい良い天気で、屋根の無い中庭は明るすぎて白っぽく見えて、目が痛む。喉も痛む。掠れた声で、グレイは小さく言った。


「……そっか」


「おう」


 アランの声は、満足そうだった。


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