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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
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 服飾の所為でもあるまいが――現れた時と同じ位の唐突さで、ギルド“ゾディア”の面々は影のように迷宮へ消えていった。また探索を続けるのか、ミーミルの街へ戻るのかは分からない。残されたのは、ぽかんとしたグレイ達と、やはり困惑気味のミーミル衛兵たち、それから、ミノタウロスの死体だ。


「えと、これ……どうしたら?」


 ハーヴェイがミーミル衛兵に尋ねているのは遠くで聞こえていたが、今頃になってようやく、助かった実感と、戦闘の疲れが一気にやってきて、グレイは思わずまた座り込んでしまう。魔法を使い過ぎたからか、別の理由もあってか、ローゼリットも青い顔をして座り込んでいた。横で、マリアベルが「ローゼリット、ダメっぽいけど、歩けない? あたし、おぶってあげようか?」と、マリアベルの優しさなのだろうが、どう見ても無理っぽいことを言っていて、ローゼリットが微かに笑っていた。「無理だろ」とかマリアベルに突っ込んだのは、やはりローゼリットの横でぐったりと座り込んでいるアランだ。


「あぁ、大公宮への報告と……そうだな。とにかく面倒な手続きは、本職のこちらで対応しよう」


 ハーヴェイにそう答えたのは、ミーミル衛兵のパーティの隊長っぽい人だ。ハーヴェイはほっとしたように頭を下げた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「何、大したことじゃない。それと、帰りだが……女神さまの采配もあるし、同時に移動しない方が良いだろうな。君たちは随分疲れているようだし、こちらの怪我人は、一応、早目に教会に連れて行ってやりたい。そういうわけで、私たちが先に街へ戻っても良いだろうか?」


 尋ねられて、一応ハーヴェイが振り返る。グレイもアランもローゼリットも、頷いた。むしろぜひ。俺たちしばらく動けないっす。とかグレイとしては言いたい所だ。だよね、とか小さくハーヴェイも呟いてから続けた。


「お願いします。僕たち、しばらく動けそうにないんで」


 ハーヴェイの答えに、ミーミル衛兵は頷いて、それから、一番元気そうなマリアベルを手招きした。


「魔法使いの子」


「はーい?」


 マリアベルはひょこりと立ち上がって、ミーミル衛兵とハーヴェイの所へやってくる。先達の魔法使いたるハーティアから何かを吸収したのか、やけに元気だ。その足取りを見て、安心したようにミーミル衛兵は頷いてから、木製の大きな鈴をマリアベルに手渡した。


「獣避けの鈴だ。仲間が休んでいる間、君が時々鳴らすといい。たとえ数時間休憩したとしても、街に帰るまでは効果が続くだろう」


 その言葉に、マリアベルとハーヴェイは顔を見合わせてから、声を揃えて「「ありがとうございます!」」と言った。正直、このぼろぼろの状態では青い蝶1羽だって辛い。


「獣避けの鈴の効果は、絶対ではないからね」


 釘を刺すようにミーミル衛兵は言うが、無いよりは、ある方がもの凄くありがたい。


 ミーミル衛兵は、気を失っている1人を盾に乗せて、2人掛かりで運んでいく。残りの2人が、隊列の前後に立つ。


「衛兵さんたちも、気を付けてねぇ」


 さっそく1度、ガラン、と鈴を鳴らしながらマリアベルが言うと、手の空いている2人が手を振り返してくれた。おそらく、2人のどちらかはグラッドだろう。まぁ、彼等はグレイ達よりも、ある意味で遥かに熟練のパーティなのだから問題無いだろう。


 ミーミル衛兵が見えなくなると、マリアベルがそっと、「あたし、周りは警戒しとくから」と言ってくれる。グレイは「悪い。頼む」とだけ何とか言って横になった。ハーヴェイも、声もなくばったりと倒れる。仰向けになって、顔に腕を載せると瞬時に寝そうになる。さすがにそれは堪える。


 ほんっっとうに、危なかった。誰がどう見ても身分不相応なことをやらかして、死にそうになった。というか、“ゾディア”が現れなければ、絶対に死んでいた。ハーヴェイか、もしくはグレイ達全員が。こんなことってあるのか。あったよ、みたいな気分だ。自分の愚かさと、運の良さが、どちらも信じられない。もしかしたら、助かったと思っている今のグレイはもうとっくに死んでいて、幽霊かなんかみたいになって、こうしてうだうだ考えてるんじゃないかとすら思う。


 グレイがそんなことを考えていると、意外なほど近くから、ガラン、と鈴の音がした。腕を外して、目を開けると、マリアベルがチェシャ猫みたいに笑って、グレイを見下ろしていた。


「……どした?」


「それは、あたしの台詞だよぉ」


 魔法使いの言う事は、とにかく訳が分からない。グレイが困惑していると、マリアベルはグレイの横に座って、魔法使いの杖を膝に乗せて、それから、グレイの手を握りしめた。


 グレイは皮の丈夫な手袋をつけているから、実際はよく分からないはずなのに、マリアベルの手の柔らかさとか温かさが胸に沁みた。うっかり泣きそうになってしまって、慌てて空いている腕を顔の上に戻す。マリアベルは、グレイの様子を気にすることもなく、歌うように、のんびりとした声で言う。


「グレイ、お疲れさま。グラッドさん、助かって、良かったねぇ。あたしたちも、助かったねぇ」


「……うん」


「今回は助けてもらえたけど、次はゾディアのお兄さんとお姉さん、いないだろうし、でも、やっぱり、知ってる人が危ない目にあってたら、助けたいよね。知らない人だって、キース達みたいに仲良しになれるかもしれないんだから、やっぱり、助けたいよね。そしたら、あたし、あたし達、もっと、強くならないとねぇ」


「……うん」


 マリアベルの理論はシンプルだ。シンプルで、強くて、美しい。


 泣きそう、というか本当に泣けてきた。悲しいのか辛いのか嬉しいのか悔しいのか、グレイにはよく分からない。マリアベルはきっとグレイが泣いていることに気付いているけど、それきり黙ってグレイの手を握り締めている。


 本当の、本物の、魔法使い。可愛い、小さな、マリアベル。


 歌うように、もう1人の魔法使いが言ったことに思いを馳せる。


 どちらも、少女の本質なのだろう。相反するようなものを、マリアベルはそっと1人で抱えている。


 マリアベルが、また、ガラン、と鈴を鳴らした。随分遠くで鳴っているような、気がした。

 

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