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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
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2-31

 ハーヴェイは、もう役に立たない短弓を捨てて短剣を抜く。ミノタウロスは、グレイに向かって半月斧を振るっている。というか、必死の体でグレイがミノタウロスを足止めしている。


 グレイはマリアベルといないと駄目だ。あのふわふわして勇敢な魔法使いには、グレイみたいに堅実な戦士が傍にいないと。ローゼリットは、とにかく無事でいてくれなきゃ駄目だ。じゃなきゃ、ハーヴェイは生きていけない。アランは――アランにしか、頼めないから、やっぱり無事でいてくれなきゃ駄目だ。そしたら、これしか、無いよなぁ、とハーヴェイは思う。


 ハーヴェイは、足音も、気配も、出来るだけ消して走る。狙うのはミノタウロスの背中だ。でかいけど、でかすぎるけど、でも、出来る気がする。


 実際、出来た。ハーヴェイはミノタウロスの背中に跳び付いて、首に左腕を巻き付ける。右手に握った短剣の柄で、ミノタウロスの頭や背中を殴る。殴り付けまくる。刺さって抜けなくなると困るから、殴り付ける。


「アラン! ローゼリットとマリアベル連れて、逃げろ!!」


 当然ミノタウロスは抵抗する。滅茶苦茶に暴れて、ハーヴェイを振り払おうとする。だけど、放さないって、とハーヴェイは思う。死ぬまで放さないって。


 ハーヴェイはミノタウロスの背中に張り付いているから、長い半月斧で斬りつけられたりもしない。ミノタウロスは肘でごすごす殴って来て、ちょっとめげそうになるが、それでも死に物狂いでしがみ付く。


 言っちゃったよ。やっちゃったよ。俺に構わず逃げろ、的な。


 ハーヴェイは思わず笑いそうになる。盗賊の癖に、かっこつけ過ぎだ。


「……アランっ!!」


 ローゼリットが悲鳴のような声を上げる。その意味に気付いて、ハーヴェイはほっとする。アランは、ハーヴェイを置いて逃げようとしてくれている。うん、それでいい。それでこそ、目つきの悪い、ローゼリットの従兄妹で、お目付の、アランだ。


「にゅ、うううううっ!」


 マリアベルが、悲鳴なんだか唸り声なんだか、良く分からない声を上げる。ミノタウロスは暴れて、ハーヴェイを振り払おうとぐるぐる回るもんだから、どうなってるか分からない。


 だから、逃げてよ。早く、早く、お願いだからさ、とハーヴェイは思う。


「やだっ!! やだやだ、ハーヴェイを、置いていけないよぉっ!!」


 泣きそうな声でマリアベルが叫ぶ。精霊に愛された、傲慢な生き物はあくまで抗議する。


「いいからっ……!」


 ハーヴェイが口を開きかけて――そして、腕が、緩んだ。ミノタウロスはその隙を逃す筈もなく、ハーヴェイをぶん投げる。しまった、とか思う間の無く、上も下も分からなくなって転がる。


 あ、やばい。これ死ぬ。あちこちが痛くて、力が入らない。起き上がれないまま、ハーヴェイは思う。視線だけで辺りを見回すと、案の定、半月斧が見える。今まさにハーヴェイに振り下ろされようとしてる斧が。


 あ、これもう絶対駄目だ。不思議な位、斧の動きはゆっくり見える。知ってる知ってる。死ぬ前って、周りの動きがゆっくり見えるらしいよね、とか馬鹿な事を考える暇すらあるのに、あちこちが痛くて、痛すぎて、動けない。あぁ、こんなことなら、つり合わないなんて思ってないで、ローゼリットに――


 その先は、声に出さなくても、言えないかなぁ、とハーヴェイは思って目を閉じた。


 いや、閉じかけた時、何か黒い物が横手から突っ込んできた。


 一気に、時間の動きが正常に戻る。


「え?」


 ハーヴェイが呟くと、口の中いっぱいに血の味が広がった。それでも、ハーヴェイは生きている。横手から突っ込んできた、黒い――獣? が、体当たりで半月斧の軌道を逸らした。大きい。犬? じゃない。狼? とにかく大きな、獣。


 獣はしなやかに動いて、ハーヴェイとミノタウロスの間に割り込む。護られている筈なのに、獣の威圧感が凄まじくて、ハーヴェイは息苦しくなる。その威圧を正面から向けられたミノタウロスは、迷宮の怪物は、半月斧を構えながら、わずかに怯んだようだった。


「……はぁっ!!」


 そこへ、黒と赤の――長剣を持った誰かが、襲いかかった。一体どんな技なのか、ミノタウロスの太い腕が、半月斧ごと、一太刀の元に斬り落とされて舞う。


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!」


 技としての雄叫びでは無い。純粋な悲鳴がミノタウロスの喉から迸る。


 それに追い打ちをかけるように、破裂音が響き渡り、ミノタウロスの左肩が弾けるように血を撒き散らした。


「え、えぇ……?」


 ハーヴェイにはわけが分からない。わからなすぎる。あと、怪我めっちゃ痛い。


「――讃えよ、讃えよ、我らが父は、地にある子を等しく愛された」


 怪我めっちゃ痛い、というハーヴェイの内心の声を聞き届けたように、辺りに歌声が響き渡る。ローゼリットや、マリアベルではない。もっと大人で、もっと透き通った、女性の、歌声――


「讃えよ、讃えよ、我らが父の与えたもう光は、すべての愛し子を癒すでしょう!」


 一体どれほど高位の魔法なのか――きらきらとした光の粒が辺り一面に降り注ぎ、あっという間にハーヴェイの怪我を癒していく。ハーヴェイが跳ね起きると、グレイや、アランや、ミーミル衛兵の元にも等しく光の雨が降り注ぎ、怪我を癒している。


 例外はミノタウロスだ。ミノタウロスは、黒い甲冑を着た男に斬りつけられ、倒れて、そして頭部に巨大な盾を振り下ろされた所だった。


 何か、固い物が割れて、同時に果物が潰れたみたいな音がした。


 それが、多くの冒険者を屠った怪物、ミノタウロスの最期だった。

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