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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
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2-28

 再び、5人で歩きだす。3階は、やっぱり同じ太さの道と、茸が続く。


 しばらく進むと、不意に嫌な感じがして、ハーヴェイは足を止めて辺りを見回した。嫌な感じ。ミノタウロスや、暴れ大牛とは違うが、何となく、逃げ出したいような。


 ハーヴェイが足を止めたのを見て、アランとグレイが剣を抜く。ローゼリットが地図を仕舞って、マリアベルが詠唱を始めたまさにその時。


「うわ、出た……!!」


 飛び出してきたそれを見て、ハーヴェイは思わず叫んだ。嫌な思い出の象徴、という程でもないが、ちょっと苦手意識が拭えないそいつは毒々しい紫色の羽をした蝶だった。2匹。多くはない、大丈夫、とハーヴェイは内心唱える。


「猛毒蝶……!! グレイ、アラン、1匹ずつお願いします!」


 ローゼリットがそれだけ言うと、すぐに詠唱を開始する。『解毒リポイズ』だろう。名前の通り、猛毒蝶の撒く鱗粉は強烈な毒性があり、ハーヴェイも1度死にかけた。マリアベルも、魔力を惜しむことなく、蝶の苦手な『雷撃サンダーストローク』の詠唱を始める。


「夜行性じゃねーのかよ!!」


 腹立たしそうに叫んで、アランが『激怒の刃(レイジングエッジ)』を使った。1階で、猛毒蝶を見かけたのは夜間だけだったのだが、3階ではそう言うわけでもないようだった。


 けっこう上手く、蝶の胴体に入ったようだったが、丈夫な猛毒蝶は、ちょっとよたついて、低空飛行に切り替えただけで、毒の鱗粉をアランの方へ撒き散らしてくる。アランは腕で口元を押さえて下がる。猛毒蝶の背後を取っていたハーヴェイは、逆に踏み出して、短剣を振り下ろす。片翅を切り裂かれた蝶は、とうとう飛べなくなって地面に落ちる。可哀想だけど、ハーヴェイは蝶の翅を踏みつけて、胴体に短剣を振り下ろす。


「我らが父よ、悪しきものを打ち消す力をお与えください!」


 ローゼリットが、アランに『解毒リポイズ』の魔法を使う。アランは、ローゼリットにちょっと頷くと、グレイが押さえている猛毒蝶に横手から斬り掛かる。


 蝶はひらりとアランの剣をかわしたが、ハーヴェイ達は5人パーティだ。


 グレイとも、アランとも、猛毒蝶が距離を取った所で、マリアベルが『雷撃サンダーストローク』を発動させた。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 何度見てもハーヴェイには不思議なのだが、中空からおもむろに雷が発生して、空気を切り裂く音と共に、蝶を打ち据えた。猛毒蝶は、翅から煙を上げて地面に落ちる。ころころと、蝶の周りに結晶となった鱗粉が転がる。


「……おー……」


 感無量、と言った感じで、グレイがため息のような声を上げた。


「にゅ、ふふー」


 マリアベルも、誇らしげに笑う。ちっちゃいのに偉そうで、可愛いなぁ、とかハーヴェイは思う。ローゼリットもほっとしたように微笑んで、あー、もう大好き、とかハーヴェイは思う。


「猛毒蝶、普通に勝てるようになったなー」


 アランも長剣を肩に担ぎながら、感慨深く言った。そうなのだ。初めて遭遇した時には、ぐだぐだで、本当にハーヴェイもグレイも死にかけたのに。


 対処の仕様が分かるようになったのもある。ローゼリットが『解毒リポイズ』を覚えたのも大きいが、それよりも何よりも、アランもグレイも強くなった。マリアベルも、魔法を連発出来るようになったし、威力も上がった。


 じゃ、僕は? とか考えてしまって、ハーヴェイは何だか変な笑みを浮かべてしまう。どうだろう?


 ローゼリットは蝶に向かって錫杖を掲げ、マリアベルとアランは蝶の傍で鱗粉の結晶を拾っている。


「……どした?」


 ぼけっと突っ立っていたらグレイに問われて、ハーヴェイは「んー、何でも」と首を振った。


 前回の依頼クエストの報酬の盾を持ったグレイの戦いぶりは、何て言うか、安定感のようなものすら生まれつつある。いや、頼もしいんだけどね?


 そっか、とかグレイは言って、マリアベル達の方へ歩いていく。マリアベルは嬉しそうに、「結晶、拾えたよ!」と、てのひらに結晶をのせてほにゃりと笑っている。「これでしばらく暮らせるなー」と、グレイが所帯じみた事を返す。


 埋葬と言う程ではないが、道の端に猛毒蝶の死骸を移動させて、さて、移動しようかとなると、ふと思い出したようにローゼリットが言った。


「……そういえば、そろそろ、戻った方が良い時間でしょうか?」


 そう、言われて――5人で顔を見合わせる。


 帰らない、訳にはいかないだろう。時間としても、たぶん、それくらいなのは間違いない。ただ、誰もが無邪気に「そうだね」と言えなかったのは、2階でミノタウロスに追われたからだ。


「……だよな」


 アランが顔をしかめて、仕方なく、と言った感じで頷く。「そう……だ、ねぇ」と、マリアベルはマリアベルにしてはかなり歯切れ悪く同意する。「そうなんだよなぁぁ」と、ため息と同意を混ぜてグレイも言う。


「まぁ、でもほら、いつまでも階段下で待ってるわけもないだろうし」


 何が、とは言えなかったが、ことさら明るくハーヴェイが言うと、ローゼリットもグレイも頷いた。そうだねぇ、とかマリアベルも歌うように同意する。


「じゃ、この道の行き止まりまで行って、先を確認したら帰るか」


 アランもそう言い出して、全員で頷く。行き止まりはもう見えている。2、300メートル進むと、行き止まりで、そこから左右の両方に道が続いているようだ。全員でちょっと進んで、「それじゃ、見て来るね」と言ってハーヴェイは1人で先行する。


 まぁ、いつもの作業だ。足音を立てずに進んで、敵がいるかいないか、地形はどうなっているかを確認して、戻る。だけなのだが、時々イレギュラーも、ある。


「うん……?」


 ハーヴェイは行き止まりまで進んで、右を見て、相変わらず同じ太さの道と、黄色だの、水色だのの茸が生えているのを確認してから、左を見る。ちょっと道が続いて、また行き止まりになっている。行き止まりには、道を塞ぎきるような、一際太い木が生えていて、その木の幹には大きな裂け目がある。


「……階段?」


 3階は狭いのか? よく分からないが、4人の所へ戻る。ローゼリットに地図を見せてもらう。2階から登ってきた階段に戻って来てしまったというオチはなさそうだった。


「なんか左に、階段みたいな木があるんだけど」


「え、本当?」


 ハーヴェイが言うと、マリアベルが嬉しそうに言った。この子は、本当に迷宮踏破したいっていうか、するつもりなんだろうなぁ、とかハーヴェイは思う。


「まじか。運が良かったのかなー」


 グレイも嬉しそうに言った。「まぁ、いつでも階段同士が遠いとも限らないか」とアランが言い、「では、階段の確認をしてから、帰りましょうか」と、ローゼリットが言う。


 全員異論はなく、というか、マリアベルは弾みそうな勢いで同意して、全員で階段に向かう。幸い、何も現れずに階段に着く。グレイが止める間もなく、マリアベルが嬉々として階段を覗き込んで、それから、にゅぅん? と不思議そうな声を上げた。


「これ、下り階段だねぇ」


 振り返って、不思議そうにマリアベルが言う。「え、マジで?」と言ってグレイも覗き込んで、それから頷いている。


「下りだ、これ」


 ハーヴェイも見てみると、確かに、人1人立って入れそうな空間があって、階段が下に向かって螺旋を描いている。


「……ほんとだ」


 振り返って、頷く。ローゼリットは2階と3階の地図を見比べている。アランも隣から地図を覗き込んで、1点を指差している。


「確かに、こういう向きなら、有り得るな」


「そう……ですね」


 何やら納得いったらしく、2人で頷き合ってから、全員に見えるように地図を広げた。2階と、3階の地図を指差しながら、ローゼリットは言う。


「確かに、私たちが歩いて来た3階と、2階が、こう、重なるとしたら、この下り階段は、私たちが以前進まなかった扉の奥の広間に、続くはずです」


 ローゼリットの製図の精度は、誰も疑う所が無いので、へぇ、とか、ほう、とか声を上げて素直に頷く。


「……じゃあ、ここ、下りて帰った方が良いかなぁ?」


 マリアベルが、ちょっと考えてから言うと、「そう、ですね」と、躊躇いつつも、ローゼリットが頷いた。以前、これから降りようとしている広間で、冒険者の死体を見たらしいグレイとアランは、じゃっかん微妙な顔をしている。


 が、もう1週間以上前の事だ。数時間前に、ミノタウロスに追われた場所へ戻るよりは、まだましだと思ったのだろう。アランも、「そうするか」と言い、グレイも「だな」と頷いた。


「じゃ、帰ろうか」

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