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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
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2-26

 やはり後ろを見て、凍り付いていたローゼリットの腕を引いて、アランが叫ぶ。


 そうだ。階段。ハーヴェイが階段あったって。階段には、緑の大樹の生き物は入って来ない。逃げ、逃げないと。グレイの心臓が、一気にまた早鐘を打つ。


「マリアベル、先、行け!」


 グレイはマリアベルの背中を押して、「にゅっ!」とマリアベルが相変わらずの変な声を上げて走り出した後に続く。


「うわ、わ、来てる! こっちだから、急いで!」


 ハーヴェイが手招きする方に全員で走る。『加護プロビデンス』のお陰か、昼食分荷物が減った所だったからか、マリアベルも速い。振り返りもせずに、黒い三角帽子を手で押さえながら、金髪をなびかせて走る。装備が重い分、グレイが全力で走っても追いつけない位だ。


 だからマリアベルは遅くない。なのに、道を曲がる時、わずかにグレイが後方を見ると、ミノタウロスは馬鹿デカい武器を持ってるくせに、距離を詰めて来ているように見えた。


 う、嘘だろ、おい、なぁ。とかグレイは誰かに言いたくなる。誰に? ミノタウロス? 頭の中がごちゃっとする。妙に息が上がる。走っている足がもつれそうになる。やばい。これは、やばい、と思った時、


「グレイっ!」


 ほにゃっとしていないマリアベルに腕を引かれる。見ると、すぐ傍の一際太い木に、穴が開いている。ハーヴェイとローゼリットとアランは、もう階段の中に入ったのか居ない。


「大丈夫だよ、もう階段だから。転ばないようにねぇ」


 こんな時でも流石というか――マリアベルはチェシャ猫みたいに笑って、階段への木の裂け目に飛び込んだ。グレイも、マリアベルに言われた通り、転ばない様に気を付けながら階段を上る。


 1階と2階を繋ぐ階段と同じように、木の幹の中には螺旋階段がある。やはり、冒険者が張ったのか、手摺りに使えそうなロープがある。とはいえ、ミノタウロスが階段を上って来ない確証はないから、こけない様にして出来る限り急いで登る。段数は意識して数えない。難しいが、上、3階、上、3階、とだけ呪文のようにグレイは頭の中で唱える。


 明かり取りの窓はなく、ランプを用意している訳でもないのに、階段の中は不思議とうっすら明るい。前を行くマリアベルの金髪が、ほんのり光っているような気がして、一瞬グレイは息を飲む。


 まったく関係無い事を考えたお陰か、前方が明るくなる。マリアベルもグレイと同じタイミングで気付いたのか、駆け出した。


「3階、ついたー!」


 マリアベルが歓声を上げると、「いやいや! 良いから、下がって!」と先に3階に着いていたハーヴェイによって後方へ押しやられる。グレイが3階の地面を踏みしめると、抜剣したアランが寄ってくる。


「来てるか!?」


「大丈夫そうだ!」


 どちらも主語を落として言ったが、グレイの言葉を聞いて安心したのか、ローゼリットがその場にへたり込んだ。ハーヴェイも、ほっとしたように用意していた短弓を下ろす。マリアベルは、帽子を押さえて肩で息をしている。


 あ、これ、俺の予想が外れてたらやばいな、と思ってグレイは階段を振り返る。静かだ。誰かが――あるいは、何かが上ってくる気配は無い。うん、まぁ、大丈夫……かな。と結論付ける。


 それでも、しばらくアランとグレイで階段を見据えていたが、それなりの時間が経っても何も起こらない。ハーヴェイが、気を使うように静かな声で言った。


「そろそろ、移動する?」


「……だな」


 はぁっ、と塊のような息を吐き出して、グレイは辺りを見回す。初めて2階へ上がった時ほどの驚きはないが、やはり、上を見上げると木が伸びていて、葉を茂らせていて、明るい。なのに、3階へ上がると地面がある。よく分からない。きっと4階にも地面があるのだろう。どういうことだか。訳が分からない。2階から見上げた上方と、3階の地面は別物なのか。


 迷宮の3階だと思ってグレイが立っているこの地面は、どこにあるのだろう。本当にここは緑の大樹の幹の中なのかすら、よく分からなくなってくる。全然違う場所へ階段が繋がっている、と思う方がまだ納得できるかもしれない。


 ミノタウロスに追われた恐怖と、3階に辿り着いた嬉しさと、助かった安堵が混ざって訳が分からなくなる。移動、移動ねぇ、とかグレイは思う。


 改めて辺りをもう1度見回す。何か変だ。マリアベルは辺りを見回して、ニコニコというか、にゅふふというか、やたらと嬉しそうにしている。


 茸だ。


 緑の葉を茂らせた木々が、下草の藪が、壁を造り、道を形作っている。それは、1階や2階と変わらないのだが、3階の木には、所々に茸が生えていた。それも、やたらと鮮やかというか、ビビットというか、森に溶け込まないにも程がある桃色や黄色や水色や橙色をしている。


 そして、迷宮内の動物の常と同様に、やたらとデカい。大きいものだと、傘がマリアベルの頭くらいの大きさだ。妙にメルヘンというか、ファンタジーというか。手っとり早く言うと、異様な光景を造り出している。


「……なんだこれ」


 女神、頭に虫でも湧いたんだろうか……とか失礼な事を考えながらグレイが呟くと、やはり呆然としたように、「なんだろうな、このキノコ祭り」とアランが目を細めて辺りを見回しながら言った。「祭りってなに」とハーヴェイは半笑いで言うが、何となくグレイは納得できた。キノコ祭りだ。これ。


「なんか、急に、可愛いねぇ」


 マリアベルは、茸をつっつきたくて堪らない、みたいな顔をして言う。


「たしかに、可愛いですね」


 ローゼリットも微笑んで同意する。


 蝶や青虫は、迷宮の外にいる普通の虫を人間サイズにそのまま拡大したような調子だったから、詳細が見えてしまう気色悪さがあったが、それらと違って、3階の茸は迷宮の外にある普通の茸をそのまま拡大としたというより、木の玩具とかを拡大したような感じだ。全体が滑らかな曲線で構成されていて、胞子や傘の裏のひだは見当たらない。


 グレイからしたらどう見ても毒キノコ色なのだが、鮮やかな色と、やはり絵具で描いたようなだんだら模様や斑模様は、巨大な玩具の様で可愛いように見えなくもなくも無い。……いや、正直やっぱり異様だし気色悪いが、楽しそうな女性陣の前では言い難かった。


「どこがだ。気色悪いだろ、こんなん」


 呆れたように言ったのはやっぱりアランで、お前かっこいいなー、とかグレイは思う。


「にゅー。そうかなぁ。可愛いよぉ」


「よく見ろ、どう見ても毒色だろ」


「そうだけど、オモチャみたいで可愛いよー。小人とか、妖精とか住んでそうな感じ。にゅふー!」


 言っていて、楽しくなったのかマリアベルが愉快そうに笑う。アランは、もう駄目だ、みたいな顔をしている。


「まぁまぁ、可愛くても、気色悪くても、どっちにしてもこれからここを探索するわけだし」


 取り成しているのか何なのか、とにかくハーヴェイが2人に言うと、アランもマリアベルも、そうだな、とか、そうだねぇ、とかあっさり頷く。こういう所は、気が合うっていうか、波長が合うんだよな、この2人、とかグレイは思う。


 ローゼリットが手の甲をちょっと見て、『加護プロビデンス』の効果が問題なく続いていることを確認してから、3階の地図を書き始める。今見える限りだと、3人横に並んで歩けそうな、まぁ、迷宮内で一番多い道幅の道がある。数歩進んだ所で、右への曲がり道に続いている。そこから先は、何があるのか分からない。


 茸に気を取られたが、新しい階層だ。おそらく、現れる生き物も変わる。ミノタウロスよりは安全だろうが、それでもグレイ達にとっては未知の敵だ。気を引き締める。


 マリアベルも、気を引き締めて――いや、引き締めたかは良く分からないが、とにかくチェシャ猫みたいに笑って、魔法使いの杖で前方を示した。


「それじゃ、行こうか、3階探索」


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