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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
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2-22

 翌朝、緑の大樹に行こう――と思った所で、指令ミッションの受領をまだしていない事に気付く。


「もしかして、大公宮行かないと、迷宮入れない?」


 猫の散歩道の朝食を食べながらようやく気付いたのはグレイだけだったようで、そうだよ、とか、そうですね、とか平然と返される。ちょっと恥ずい。今日の朝食の芋は細めに切ってカリッと揚げられていた。2、3本まとめてフォークに刺して食べながら、アランが言う。


「本当は昨日、俺とマリアベルで受領出来れば良かったんだけど、パーティ全員揃ってないと駄目だって言われたんだよ」


「あー、お役所っぽいなぁ……」


 グレイが頭を掻きながら言うと、マリアベルが、ねぇ、とか頷いてから言う。


「だから、大公宮が開く9時まで待たないといけないんだよぉ」


「大公宮、24時間営業なら良いのにな」


「そしたら、便利だねぇ」


「それなら、便利だよな」


「でも、グラッドさん達のお仕事増えちゃうねぇ」


「あー、確かに」


 グレイは納得して頷いて、しかしまた全力で話が逸れたな、とか思う。まぁ、マリアベルと話していると大抵そうなるのだが。


 ハーヴェイは何かツボだったのか、24時間営業、とか言って笑っている。ローゼリットはちょっと小首を傾げて、それは大変そうですね、とか言っている。でもまぁ、冒険者はある意味24時間営業だろ、とか言い出したのはアランだ。


 規則は規則だし、仕方ないものは仕方ない。盛りの良い朝食5皿を、ほとんど4人で平らげてから周りの席を見回すと、けっこう空きがあるのでそのまま猫の散歩道亭の食堂でだらだらと話す。


「そういえば、ミーミルの衛兵って、元冒険者の人、けっこういるんだってね」


 ハーヴェイはどこで聞いた話なのか、そんな事を言い出す。ローゼリットがこくりと頷いた。それだけで信憑性が増す。ごめんハーヴェイ、とかグレイは思う。グレイがそんな事を考えている事はもちろん知らずに、ローゼリットは落ち着いた声で話す。


「冒険者受け入れの形で市民が急増したミーミルでは、元来の兵では人手が足りなくなっていたことと、冒険者の方でも、思うように利益が得られず、故郷に戻る為の旅費も足りなくなっていた者が職を求めた結果、そういう形に落ち着いたのだと聞いています」


「お互い都合が良かったんだな」


「おそらくは」


 アランとローゼリットが頷き合う。聞いた話だとねぇ、とマリアベルが言った。


「マーベリックさん……大公宮の書庫の、ほら、眼鏡の、顔色が悪い人ね?」


 後半の補足は、名前だけでよく分からない顔をしていたグレイ達に対してのものなのだろうが、なんか、あんまりな説明だった。お陰ですぐに誰か思い当ったのも事実ではあるのだが。


「あぁ、書庫の管理人の」


 グレイが頷いて言うと、そうそう、とマリアベルは頷いてから言った。


「マーベリックさんも、昔は、冒険者だったって、言ってたよぉ。ハーヴェイと同じ、盗賊だったんだって」


「盗賊から、書庫の管理人?」


 驚いたようにハーヴェイが尋ねると、マリアベルは満足そうに笑った。


「意外だよねぇ。あたしたちも、びっくりしたよー。文字を書くのが、そんなに苦手じゃなかったし、元盗賊だから、衛兵の鎧みたいな重い装備を付けるのも嫌だったんだって。で、書庫の管理人になったらしいんだけど、事務方は今でも全然人手が足りてなくて、大変なんだって。迷宮に入るよりハードな仕事だって、言ってたよー」


 話しながら、そう嘆くマーベリックの姿を思い出したのか、マリアベルはにゅにゅっ、と笑う。


「あー、でも、そうかぁ。確かに、あの鎧、重そうだよね」


 ハーヴェイはミーミルの衛兵が付けている、揃いの鎧を思い出したのか、困ったように言う。グレイも何となく、あの鎧を身につけているハーヴェイを想像してみる。弱そう。っていうか、折れた。


「今、俺の想像の中でハーヴェイが折れた……」


 ちょっと呆然としながらグレイが報告すると、アランとマリアベルが同時に噴き出した。ローゼリットはハーヴェイに遠慮してか、口元を覆って堪えている。が、耳まで赤くなっているのが見て取れた。


「折れたってなに!? お、折れないよ!?」


「いや、何か、パキっていった」


「パキって!? 軽っ!」


「ごめん……」


「謝られても! っていうか、何でそんな、大変だ、みたいな報告チックに言うんだよー……」


 ハーヴェイは嘆くが、アランもマリアベルも目に涙を浮かべて爆笑している。パキ、の辺りでローゼリットもやられたらしく、ご、ごめんなさい……とか言いながら笑っている。


「いやー、なんか、弱そうだし、折れるし、大変だな、ハーヴェイ」


「えー、グレイが酷いんだけど……マリアベル……」


 しみじみグレイが心配して言うと、ハーヴェイは悲しげにマリアベルに助けを求めた。折れた、ハーヴェイが折れちゃったよぉ、とか言ってアランの肩を叩きながらチェシャ猫は爆笑中だ。役に立たない。


「……まぁ、盗賊、やめないから、良いんだけどさぁ」


「うん、そうだよな」


 グレイがあっさり同意すると、ハーヴェイはちょっと肩を落とした。


 たいぶ食堂で騒がしくしてしまったので、マリアベルとアランが落ち着くと、移動を始める。そのまま迷宮に迎えるように装備を付けてから大公宮へ向かう。9時から指令ミッションの受付を開始するそうだが、9時の教会の鐘が鳴る前に着いても既に大公宮の門は開いていた。


「あ、良かった、もうやってるねぇ」


 ほにゃりと笑ってマリアベルが言うと、「良かったですね」とのんびりローゼリットも頷いた。普段なら真っ先に頷きそうなハーヴェイは、ミーミル衛兵の鎧を見て、ちょっとため息をついて首を振っている。


 大公宮――とはいうものの、冒険者の為に存在するようなミーミルの街西部にある、冒険者が諸手続きを行う為に存在する別棟である。大公がこちらにいることはほとんどないらしい。代わりに、こちらの別棟を取り仕切る大臣がいて、今回の指令ミッションの受領も大臣が代行で承認する形になっているようだった。


 別棟とはいえ、グレイとかハーヴェイはそわそわしてしまうくらい、大公宮は立派な建物だ。大公宮内にある書庫の方へ、けっこうな頻度で報告に訪れているマリアベルとローゼリットは平然としているが。性格からか、アランも平然としている。


 慣れた調子でマリアベルが先頭を歩き、2パーティが指令ミッションの受領待ちで並んでいたので、その後ろにグレイ達も並ぶ。たいして待たずに、大臣の部屋に通される。


 グレイ達が以前訪れた時と、室内の様子はほとんど変わらない。豪奢な室内と、一揃いの机と、書棚と、書棚に収まりきらない書類の量が大変な事になっている。老大臣の様子は、少し変わっていた。ミノタウロスに討たれた冒険者を悼んでか、正装の紫色のローブではなく、喪服と思われる、黒のローブを身に付けている。


 手続き自体はあっさりとしたもので、指令ミッションを受領する旨を伝えると、冒険者証明証の裏に刻んである番号を控えられる。で、緑色でラタトクス公の紋章が描かれた、白っぽい木の板を渡される。これを迷宮の入り口にいるミーミル衛兵に提示すれば良いらしい。


「そなたたちを特別扱いするつもりはないが……」


 老大臣は、彼からすれば孫の年齢のようなグレイ達を1人ずつ見やって、厳かな口調で言った。


「神と、精霊のご加護があらんことを」


 特別扱いをするつもりはない、と言いながら、老大臣の言葉はやけに熱が籠っているというか、心からの祈りのようで、グレイは面喰う。マリアベルも良く分からない顔をしている。ローゼリットは静かに頭を下げて、アランもそれに倣いながら、「……ありがとうございます」と言った。


 マリアベルは何で? みたいな顔をしていたけれど、アランとローゼリットに倣ってぴょこっ、と頭を下げる。魔法使いの黒い三角帽子が落ちそうになって、にゅ、と変な声を上げて慌てて手で押さえた。そこでようやく、我に返ったグレイとハーヴェイも慌てて頭を下げる。


 その後はつつがなく退出を促される。大臣の部屋を出ると、グレイ達の後ろに指令ミッションの受領へ来た冒険者はいなかったため、扉の傍に立っているミーミル衛兵が無言で扉を閉ざす。にゅーん、自動ドア。とかいつぞやと同じ事をマリアベルが言って、アランがちょっと笑う。つられたように、ローゼリットもくすりと笑った。


 大公宮の廊下を5人で歩き出すと、書庫の方から見た事のある青年が歩いて来たのが見えた。朝なのに、既に顔色が悪い。眼鏡は、相変わらずちょっとサイズがあっていないようだ。今朝がた話に出たからそう思うのか、大公宮の廊下に敷かれた柔らかい絨毯の為か、まったく足音を立てずに歩いている。


 元・冒険者で盗賊だったらしい。現在はミーミルの大公宮で、冒険者が持帰った情報を取りまとめている書庫の管理人のマーベリックだ。


「マーベリックさん、おはようございます」


 マリアベルが声を掛けると、マーベリックも「おはよう」と挨拶を返してきて、それからパーティ全員が揃っているのを見ると、ちょっと眉を顰めてみせた。


「君たちも、指令ミッションを受領するつもりかい?」


「つもりっていうか、今、してきましたよー」


 マリアベルが、指令ミッション受領の証明証を見せると、マーベリックは諦めたように溜め息をついて、静かな声で言った。


「大公宮に聞こえて来るだけでも、毎日1パーティ以上がミノタウロスに殺されている。どうか、気を付けて」


「ありがとうございます。マーベリックさんも、お仕事、ほどほどにされた方がいいですよぉ」


 気遣わしげに言ったマーベリックに、マリアベルも心を込めて返す。確かに、マーベリックの方が、グレイ達よりよっぽど先に死にそうな顔色をしている。マーベリックも多少自覚があるのか、そうだね、とか呟いて、ちょっと恥ずかしそうに頬を掻いてみせた。

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