05
猫の散歩道亭の朝は早い。冒険者はたいてい早朝から緑の大樹に挑むものだからだ。緑の大樹の迷宮内に住む動物達は、夜行性の物の方が凶暴であるらしい。単純に夜は視界が悪くなるという問題もあるのだろうが。
偶然――なのか同じ新米ゆえの懐事情か、アラン達も猫の散歩道亭を拠点に構えていた。どうやら彼らは複数件の宿を回って、値段と設備を考慮した結果、猫の散歩道亭を選んだらしい。グレイの方はと言うと、マリアベルの気分1つだ。いい加減さを恥じるのと同時に、結果として良い宿を選んだのだから、これもマリアベルの運命だろうか――とは考えすぎか。
グレイと、今日も元気に杖を握り締めているマリアベルが食堂へ降りていくと、ローゼリットが1人で席について、ちょうど朝の祈りを捧げているところだった。安宿の食堂の一角であるはずなのに、教会のように清らかな空気を醸し出している。
「ローゼリット! おはよう! 早いね!」
祈りの文言を唱え終わったのかローゼリットが顔を上げると、マリアベルが言った。
「おはようございます」
昨日の酒場では、具体的な話――宿の確保状況や、迷宮に持ち込む荷物の準備の状況や、現在お互いが覚えている特技など――をしただけでかなり時間を食ってしまったため、雑談らしきものをする暇がなかった。
空いているので、グレイ達もローゼリットと同じ卓に着く。アランとハーヴェイは見当たらない。マリアベルが目で尋ねると、ローゼリットは苦笑して言った。
「アランとハーヴェイはまだ部屋です。祈りの文言を聞くと、背中が痒くなるそうで……もうすぐ降りて来ると思いますけど」
「にゅー? 何でだろうね。ローゼリットがお祈りしてるとこ、すっごいキレイだったよー。あたしなら見てたいけどなぁ」
超・ストレートにマリアベルが言うと、ローゼリットが顔を赤くした。グレイは思わず内心で頷く。分かるよ、恥ずかしい奴なんだ。悪いことじゃないんだろうけど。
「え、あ……」
ローゼリットが何かを言いかけると、「はい、おはよう!」とサリーが3人の前に大皿を3つ並べた。炒めた卵に、腸詰めが数本、茹でられた芋が、小山を成している。かなり、量が多い。白パンの入った籠を卓の中心に置きながら、サリーが言った。
「パンはお代わりがあるからね! 冒険者なら、出かける前に、たっくさん食べて行きなさいよ!」
「はーい!」
元気に答えたのはマリアベルだ。早速パンを割りながら、あっつあつだー、とか喜んでいる。
「ローゼリット」
「はい?」
じゃっかん置いて行かれた感が拭えない少女に、グレイは使命感のようなものすら感じて言った。
「マリアベルは、こういう奴だから。悪気はもちろんないし、そのうち慣れてくれると、助かる」
グレイの言葉に、目に見えて肩の力を抜いて、ローゼリットは答えた。
「分かりました。まぁ、そのうち」
「おう」
言って、グレイも芋の小山を征服し始めると、アランとハーヴェイも食堂に顔を出した。
「おはよう。芋すごいな」
「おはようー。芋すごいねー」
席に着くなりそういう2人の前にも、サリーは大皿を置いて、白パンの籠も1つ追加して、やっぱり2人にも「パンはお代わりがあるからね!」と明るく声をかけた。
「おはようございます」
「おはようー。お芋おいしいよぉ」
「おはよう。美味いけど、芋が減ってる気がしない」
ローゼリット以外は全員芋について言及しながら、しばらく無心に料理を掻き込む。最初にギブアップして食器を置いたのは、ローゼリットだった。というか、グレイから見ると、卵がちょっと減ったようにしか見えなかった。
「ロゼ、本気出せ」「出しています」
慣れたものなのか、アランが言いながらローゼリットの皿から数本腸詰めをさらっていく。
「ローゼリットは燃費いいからねー」
ハーヴェイも同様に、残りの腸詰めをさらっていく。肉が好きなお年頃だ。
「燃費いいって素敵ねー。あたしにもちょうだい」
マリアベルも調子に乗ってそんなことを言いながら、卵の一角をさらっていき、一同を驚かせた。
「調子に乗りすぎて、動けないとかいうなよ」
グレイが釘を刺すが、マリアベルはぐっ、と拳を握り締めてみせるだけだった。
結局、パンを1度お代わりして、ローゼリットの芋すら他の4人で分け合って、5皿綺麗に完食してから一同は立ち上がった。
「……昼、いらないかもな」
マリアベルに釘を刺しておきながら、グレイは思わず呟く。
「美味しかったねー! でもお昼になったらまたお腹空くよ、ふつうに」
軽く恐ろしいことを言ってから、マリアベルはサリーに「ごちそうさまでしたー! 行ってきまーす」と声をかけていた。
「……すごいな」
アランが思わず、といった風に声を漏らす。
「凄いんだよ」
重々しくグレイは頷き、「それはそれとして」と続ける。
「ま、防具つけたら、行くか、緑の大樹」