2-08
「って話を、グラッドさんに聞いた」
夕食時。何とか半分復活したアランを含めて、5人で猫の散歩道亭の食堂に集まる。夕食を食べながら、グレイがグラッドから聞いた“女神の采配”について話すと、マリアベルとハーヴェイが物凄く食い付いた。入れ食いだった。
「女神さまに、聞いてみたいね!」
「何でだろうねー!?」
マリアベルとハーヴェイははしゃぎながら、すっかり信じた様子である。
アランは半分まだぐんにゃりしているから、どれくらい信じているのか判断が付かない。ローゼリットは、ちょっと首を傾げている。
「僧侶の間では――中級の僧侶になると使えるようになる、『加護』の魔法の効果が、6人までしか掛からないから、最大6人パーティなのだと、言いますけれど」
『加護』――僧侶が使う魔法の1つで、使用すると、一定時間、冒険者の筋力や体力を向上させたり、簡単な怪我は治るようになったりする魔法らしい。中級以上の冒険者パーティには必須、と言われるほど便利な魔法らしく、ローゼリットは、次は『加護』を覚えたいと前から言っていた。
「俺も、ミーミルに来た日、他の冒険者から、『加護』の話を聞いた……だから6人までに、しとけって。ただ、変だとは、思ったんだよな。それなら、何人か僧侶がいれば、問題ない、話だし」
アランが、普段の2割増しくらい目つきを悪くして、ちょいちょい言葉を切りながら言った。アランの隣に座るローゼリットは、仕方ないから、もう治してあげようかな、とか考えていそうな顔で、机に立てかけている錫杖を握ったり、離したりしている。
「にゅふー。不思議だねぇ、迷宮。どうしてだろうねぇ、女神さま」
マリアベルは歌うように言う。楽しそうだ。そのまま続けて「明日は迷宮、行こうねぇ」とアランに満面の笑顔で言い、アランは、珍しく弱気な感じで、お、おぅ……とか答えた。
それもきっかけになったのか、ローゼリットがとうとう諦めたように、「後で、治しますから」と言う。アランは黙ってローゼリットを拝んだ。
並んで座っていても、あんまりアランとローゼリットは従兄妹のようには見えない。別に、アランだってそれなりに整った顔立ちなのだが、ローゼリットは何というか、夢の中の生き物のように綺麗なのだ。最近はグレイもちょっと見慣れてきたが、それでも時々息を飲むような美少女だ。腑に落ちない。
アランに引きずられたのか、何となくマリアベルも普段に比べたらちょっと食べる量が少なかった。まぁ迷宮を走り回ってたわけでもないしな、と思って部屋に引き上げる。
ローゼリットも一緒に男部屋まで来て、アランに「次はありませんからね!」と言いながら『癒しの手』を使っている。「100回くらい、あるんだよね。次」と小声でハーヴェイが言う。そんな気がしていたのでグレイは笑ってしまう。アランは潰れる度に強くなったクチらしい。
「まったく、もうっ! 僧侶の魔法は、人を救うためにあるのであって、二日酔いを治すためにあるのではないのですよ」
「俺は今、かなり救われたぞ」
ローゼリットは真面目に言っているのに、アランも真顔で、馬鹿なことを言っている。もうっ、とか言っているが、錫杖を振り回したりしない辺りはローゼリットだ。そのまま帰るのかと思ったら、グレイを見て、ふと思い出したように口を開く。
「ところで、グレイ。ヘーレちゃんの嫌いな、赤いの、をご存知ですか?」
「うん?」
どう考えても、マリアベルが言ったとしか思えない言葉だった。ヘーレちゃんの嫌いな、赤いの。氷精霊の嫌いな、赤いもの? グレイは首を傾げる。
「いや……分かんないな。マリアベルが言ったのか」
一応確認の為に尋ねると、ローゼリットはこくりと頷いた。
「見ての通り、マリアベル、今日は朝から具合が悪そうだったのですけれど」
見ての通り――朝から1人で男部屋に突撃してきて、アランの耳元でさんざん迷宮に行こうと騒いでいたマリアベルの姿が思い出されたが、ぎりぎりの所でグレイは言葉を飲んだ。ぎりぎりだった。
「……嘘だろ」
アランはぎりぎり無理だったらしく、低く呟いた。ローゼリットは気付かなかったらしい。いや、アランのほっぺたを引っ張り始めたから聞こえていたらしい。
「やめろロゼ!」
「やめません! だいたい、やめて欲しかったら、まずロゼをやめてください!」
ローゼリットがそう言うと、アランは抵抗を止めた。そこまでしてもロゼの呼び方をやめたくないらしい。ローゼリットはそれを見ると、むぅ、と唸って手を放した。
「マリアベルにしては、朝とっても寝起きが悪かったですし、朝ご飯も残していましたし、昼間も少しは出かけたみたいでしたけれど、私が部屋に戻ったら眠っていましたし」
なかなか、ローゼリットは愛情深くマリアベルを見守っているらしい。その愛情をちょっとハーヴェイに分けてやらない? とかグレイは思うが、黙っておく。おそらくローゼリットは、かつて猫とか飼ってたに違いない。
「で、夕食に行く前に声を掛けたら、ちょっと寝ぼけて、ヘーレちゃんの嫌いな、赤いのが助けてくれるから平気、と言われたので」
「精霊に、好き嫌いって、あるのかなぁ」
ハーヴェイは不思議そうに首を傾げるが、グレイには何とも言い難い。ローゼリットもちょっと困り顔だ。
「マリアベル本人は、何とも言ってなかったのか?」
アランが聞くと、ローゼリットは頷いた。
「マリアベルも、よく分かんない、と言っていたので」
「それじゃ、厳しいなぁ」
グレイが言うと、ローゼリットも諦めるように首を振った。
「そうですよね。おかしなことを聞いて、すいませんでした」
「いや、気にすんなって。それにしても、氷精霊の嫌いなの、ねぇ。熱いのかな」
「どうでしょう?」
グレイの言葉にちょっと笑ってから――ローゼリットは、あまり縁起のいい話ではないのですけれど、と前置きをしてから続けた。
「氷精霊は、氷の世界の――死者の国の、主だと言いますから。愛されていなければ、氷属性の魔法を使えないけれど、愛され過ぎると、連れていかれてしまう、と、聞きますから。少し心配で。まぁ、気にしても仕方が無いのですけれど」
そう言うと、ローゼリットはベットの柱に立てかけていた錫杖に手を伸ばした。では、また明日――と言いかけて、ふとハーヴェイに言った。
「あ、そうでした。ハーヴェイ、お昼のお代を……」
言って、肩から掛けている皮の鞄に手を伸ばす。
うん? とか思ってグレイとアランはハーヴェイを見た。ハーヴェイはちょっと慌てている。
「い、いいよ。ローゼリット」
「今ならちょうど、細かいのもありますし」
ローゼリットは不思議そうな顔をしている。
グレイとアランは、おいおい、まさかこの野郎、みたいな顔をしている。お互い。
ハーヴェイ、矢を買ったら、街外に出かけるって言ってなかったっけ、とかグレイは思う。アランは目を細めてハーヴェイを眺めている。ハーヴェイはローゼリットの背中を押して扉に向かいながら言った。
「ほら、マリアベルが具合悪いなら、早く部屋に帰ってあげた方が良いよ! うん! それじゃおやすみ!」
「わ、は、はい。おやすみなさい?」
半分以上疑問形でローゼリットは言い、ばたん、とハーヴェイはドアを閉めた。せめてもの優しさで、アランも、グレイも、しばし無言。
ローゼリットが部屋の前から立ち去る足音が聞こえて、グレイは言った。
「ローゼリットと、昼、一緒に食ったの?」
「……うん」
ハーヴェイは割と素直に頷いた。じゃっかん引いた顔で、アランが続ける。
「ハーヴェイ、お前……まさか、ロゼの跡つけたんじゃ」
「そこまではやってないよ!」
グレイと同じことを考えたらしいアランが尋ねると、さすがにハーヴェイは抗議した。そこまではって、じゃあどこまでやったんだよとか思いながら、グレイも重ねて言う。
「だってお前、朝、矢を補充したら練習に外行くって言ってただろ。何で街中にいたローゼリットと会うんだよ」
「ひ、昼くらい食べに街に戻るよ!! そしたら、偶然会ったんだよ!!」
「どんな確率だよ、それ……」
全然信じてない顔で、アランが言った。ハーヴェイは握った拳を振り回して言う。
「グラッドの兄貴にだって、けっこう会うじゃん! ローゼリットとだって、会えるよ! 夢と希望さえ持ってれば!」
いつの間にか、ハーヴェイもグラッドを兄貴呼ばわりである。何となく分かる。グレイもアランも前半の発言には納得しかけて、後半の発言に顔をしかめた。
「夢と希望って」
「つーか、グラッドの兄貴とは、兄貴がいつも行く食堂に行くから会えるんだろ。ロゼがいつも行く場所ってどこだよ。ねーよ。何で会えんだよ」
「虱潰しに歩いたのかなー。ここまで来るといっそ微笑ましいよな」
「微笑めねーよ。何だよそれ。引くわ」
「ハーヴェーイ。従兄妹が引いてるぞ」
「だからさー!!」
好き放題言うグレイとアランに、ハーヴェイはあくまで抗議するが、栄えある称号“ストーキング野郎”をグレイとアランで授けて、撤回は認めない方向となった。ロゼには黙っててやるよ、とかせめてもの優しさをアランが見せた。マリアベルには教えてやろうかな、とかグレイは思った。