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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
1章 はじめまして
4/180

04

 銅製の、まだぴかぴかした証明証を眺めながら、マリアベルは言う。


「さーいごに、釘を刺された感じ」

「感じっつうかな。まさにそれだろ。お前、ふわふわしてたし」

「してないよー! 浮かれてただけだよ」

「……それをふわふわしてるって言うんだよ」

「してないよー」


 しつこくマリアベルは繰り返し、グラスに口をつけた。飲んでいるものは、牛乳にわずかに果実酒を混ぜた甘いカクテルだ。


 件の“指定された酒場”という穴熊亭で、2人は夕食、兼、冒険者登録祝賀会を行っていた。


 冒険者御用達なのは言うまでもない。壁の一角には、紙が何枚も貼り付けられていた。指定の素材を集めて欲しいといった、何故に商人を経由しないのかよく分からない依頼から、故人の遺品を回収して欲しいといった重い依頼、ミーミル政府からの代行依頼で、指定の危険動物を一定数退治して欲しい、など様々だ。


 依頼はクエストと呼ばれ、ある冒険者に受領されると、壁から剥がされるらしい。クエストを受領することは冒険者の義務ではないが、クエストを達成することは、冒険者自身や、所属するギルドの名声を高めることに繋がるため、よほど割に合わないもの以外は一定期間で壁から消えるのだという。


 クエストとは別の張り紙もある。パーティメンバーの募集だ。迷宮には、たいてい5、6人の冒険者が集まって、パーティを組んで挑戦するのだという。もちろん、1人で単独行動を貫く者もいるらしいが。


「つうかお前、先に1人で飲むなよ」

「うにゅ」


 変な声をあげて、マリアベルは慌ててグラスから口を離した。思い出したようにグラスを掲げて、2人で合わせる。


「冒険者おめでとー」「とー」


 書類を出しただけ、ということもあり、多少の気恥ずかしさから最後だけマリアベルに合わせて、ようやくグレイも麦酒に口をつける。


 テーブルの上には、豪勢とまでは言い難いが、品数多く料理が並べられている。一応、2人にとっては記念日だからだ。


 土地柄か、比較的魚介類が多い。蒸した野菜と魚に、茹でて冷やされた海老、赤い野菜で煮込んだ貝類のスープ。海辺でもよく育つ植物の果実の塩漬けに、パン。それから、どうしてもグレイが譲れなかった厚切りの牛のステーキ。


「おいしい!」


 料理を頬張りながら、マリアベルが嬉しそうに言う。


 マリアベルは微妙だが、グレイはまだまだ成長期だ。競うように皿を空にしていく。通りかかった中年の給仕女が機嫌良く「よく食べるねぇ、お嬢ちゃん」とマリアベルに声をかけ、マリアベルはきょとんとしてから、「お姉さん! デザートにケーキと果物、追加ね!」と元気に答えた。


 マリアベルは細い割によく食べる。相当燃費が悪い。食べた分をどこで使っているのかは謎だ。杖に吸い取られているのかもしれない。


 大方テーブルの上が片付くと、デザートが届くまで微妙な間が開いた。グレイは追加で麦酒と干した木の実を頼み、弱いカクテル1杯しか飲んでいないくせに赤い顔をしたマリアベルは「クエスト、見てくるよー」と普段の3割増しにふわふわした足取りで立ち上がった。


「おい、大丈夫か?」

「もんだいなーい」


 手を振って、マリアベル。


 マリアベルが去ってほどなくすると、周囲の空気がわずかにざわめいた。グレイが何事かと辺りを見回すと、店の入口に冒険者登録所ですれ違った3人組が立っている。戦士っぽいのと、軽そうなのと、そして、夢のように美しい少女。おそらく、というか間違いなく彼女を見てざわついたのだろう。連れの男2人は大変だろうな、と呑気にグレイは思った。


 新米故に店の中心の席を避けたのか、たまたま席が空いていたからか、3人組は壁際の、ちょうどグレイのすぐ近くの席に座った。グレイには気付いていなかったのだろう。少女が数テーブル先のクエストが貼られている壁の方を見て、わずかに微笑みながら呟いた。


「……ふわふわちゃん、来てますね」


 噴いた。ふわふわちゃん。グレイには分からなくもないが。しかし、マリアベル、お前、大変な仮称が付けられてるぞ。


「え? あ、ホントだ。さっきのふわふわちゃんだ」

「冒険者だったんだな」


 男2人もマリアベルの方を見て頷いている。が、急に噴き出したグレイを不審に思ったのか、少女はグレイを見て――件の『ふわふわちゃん』の連れだと気付いたのか顔を赤くした。


「あ……あの、失礼しました!」


 席を立つなり、グレイの傍まで来て、90度の最敬礼である。僧侶らしく、根が真面目なのだろう。


「あ、いえ! お構いな、く? いや、お気になさらず?」


 つられてグレイも席を立ちながら、中途半端な高さに手をあげて言う。一連の騒ぎ、というほどではないにせよ、何か話していることに気付いたのだろう。マリアベルが戻ってきた。


「なになにー? デザート来た? 違うか。グレイ、どしたの?」

「あー、いや、その」


 もう頭を下げているわけではないが、顔を赤くした少女は気まずそうに俯いている。なんと説明したものかとグレイが考えていると、僧侶の少女の後ろから、軽そうな少年が言った。


「あ、はじめまして、ふわふわちゃん」

「ハーヴェイっ!」


 鋭く少女が咎めるが、マリアベルは仮称の通り、ふわふわ笑いながら言った。


「えー、それ、あたしのこと? にゅふふー、かわいいねー。グレイもそう呼んでいいよぉ」

「「いいのか」」


 グレイが思わず呟くと、ハモった。グレイと同様に思わず、といった形で漏らしたのだろう。目つきの悪い戦士の少年だった。


「うーん、ダメかなぁ? いいと思うけどな。でもねぇ、あたし、マリアベルっていうの」

「かわいいねー。僕はハーヴェイ。ベルって呼んでもいい?」


 マリアベルのふわふわした髪に手を伸ばしながらハーヴェイが言うと、マリアベルはちょっと考えてから言った。


「ベルはだめー」


「そっかー、残念だなー」


 その辺りはきっぱりはっきり断ってみせた。しかしハーヴェイが心折れる様子もないので、グレイにはどうでもいい。戦士の少年はツボだったのか、「そこはダメなのかよ……」と俯きながら爆笑している。


 酒場らしいカオスな空間になりつつあったところに、先程の給仕女が果物と、ハーヴェイ達が注文した飲み物を持ってきた。


「せっかくだから、かんぱーい」


 麦酒を持ったハーヴェイに言われて、マリアベルとグレイも反射でグラスを合わせる。マリアベルはお待ちかねといった風で、椅子に座ってフォークを手に取った。


 飲み物が届いたからか、さすがに僧侶の少女も目礼をしてから卓に戻った。ハーヴェイは懲りずに椅子を動かして、マリアベルに声をかけている。


「マリアベルも、冒険者なの? 冒険者っぽく見えないけど、職業は?」

「んー、あたしは今日ミーミルの冒険者になったとこでね、魔法使い」


 ひょい、とマリアベルは杖を掲げて見せる。戦士の少年と、僧侶の少女が目を見張った。


「へぇ、珍しい……スルヴァ? ヘーレ? トルフェナ?」


 炎精霊、氷精霊、雷精霊の名前をそれぞれハーヴェイがあげる。話の流れとしては実に妥当だ。魔法使いは一般的に3大精霊のうち1つの精霊から恩寵を受けて魔法を行使する。一般的には。


「うーん、あたしはみんな好きだよ」


 グレイが止める間もなく、マリアベルが言い切った。


 まぁ、止める間があったところで、グレイは器用な性質ではないから、上手くごまかしたり話を逸らしたり出来るわけではないのだが。


 マリアベルは非常に珍しい魔法使いで、3大精霊すべてから恩寵を受けて魔法を扱うことが出来た。もちろん多少の好みはあるそうで、雷精霊のトルフェナが、マリアベル曰く“一番いい子”らしい。


「うん……?」


 ハーヴェイの方は、マリアベルの言っている意味が分からなかったのだろう。実に幸いなことだ。半笑いでハーヴェイが考えている間に、マリアベルは言った。


「ハーヴェイは? ハーヴェイ達も冒険者、よね?」

「あー、うん、そうそう冒険者。3人組。仲良しだよ」


 いらんことまで言って、ハーヴェイは戦士の少年と、僧侶の少女をそれぞれ示して言った。


「戦士のアランと、僧侶のローゼリット。あと、僕が盗賊」


 人間見た目が7割とは言ったものである。実に意外性の無い職業だった。


「俺たちも今日冒険者になりたてだけどな」

「よろしくお願いします」


 アランとローゼリットはそれぞれ言い、「よろしくねー」と手を振ってから、マリアベルも言った。


「あたしはねー、マリアベルで、魔法使いで、もう言ったけどね。あとね、グレイは戦士。アランと一緒だね」


「よろしく」


 言って、同じ職業だというアランと何となく目が合う。今日からの新米冒険者。戦士と僧侶と盗賊。3人組。そこまで考えて、グレイは思わず言った。


「ところで3人は」「ところで2人は」


 言ったら、またハモった。くすり、とローゼリットが笑う。グレイとアランは、目でどうぞどうぞとかお互いに言って、アランが頷いたので、グレイが言った。


「ところで3人はさ、3人だけで緑の大樹に上るつもりか? それとも、どこかのパーティとか、ギルドに入る予定?」


「ふつうは5、6人で入るって話だから。明日になったら、2、3人探すつもりだった」


 アランは答え、ローゼリットと頷きあってから、付け足した。


「出来れば前衛1人か2人と、後衛を1人」


「ぴったりだねー」「ねー」


 横から呑気に口を挟んだのは、案の定マリアベルとハーヴェイだった。いえーい、とか両手を合わせている。ハーヴェイを見て頭の痛そうな顔をして、アランは言った。


「こう……見ての通り、聞いての通り、うちの盗賊はだいぶアレなんだが、それでも良かったら俺たちとパーティを組まないか?」


 たぶん、酒の勢いもあった。グレイは思わず頷いてから、一応マリアベルを振り返った。ハーヴェイとくるくる回って踊っている。何やってんだ。


「マリアベル」


 呼ぶと、ぱっとハーヴェイの手を放したので、ハーヴェイが2、3歩分つんのめった。そんな調子でも、一応、グレイ達の会話を聞いていたのか、マリアベルは頷いて――頷きかけて、言う。


「うんうん、良いと思うよー。なんか先輩とかね、大人とかに付いてくのもね、やだし。面白くないし。めんどくさそうだし。楽かもしれないけどね。まぁ、どうしたって、2人じゃ困るよね。ハーヴェイ達とだったら、楽しそうだよね……でも、大丈夫?」


 魔法使い――あるいは、運命を引く者、とも呼ばれる。


 マリアベルの運命がどんなものであるのかは、マリアベルにしか分からない。


 ただし、あらゆる魔法使いは、凡庸な人生を歩むことは出来ない、と、言う。



 

「あたし、迷宮、踏破するよぉ?」



 

 ふわふわして間延びした口調で、恐ろしい大言を吐いたというのに、不思議とアランもローゼリットも、ハーヴェイさえも、マリアベルの言葉を笑わなかった。いいやつらだな、とグレイは思う。善良だという意味でもちろんだし、勘の良い奴らだな、とも思う。


 わずかに微笑みながら、最初に口を開いたのはローゼリットだった。



「――望むところです」

 

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