2-06
キーリの怪我もあり、キーリ達パーティも、今日はこれから街へ戻るという。グレイ達もそのつもりであったから、街まで同行することになる。
あと、倒した牛の角が高額で引き取ってもらえるとトラヴィスに教えてもらったので、1本ずつそれぞれのパーティで持ち帰ることにした。もの凄くかさ張るので、帰り道でしか拾えなさそうだ。グレイ達はアランとハーヴェイで運び、キーリ達パーティはトラヴィスとキースが運んでいた。
えらくかさ張る荷物だったが、牛の角を運んでいると、迷宮出口で、ミーミル衛兵や、他の冒険者たちに、牛、やったんだなー、とか称賛混じりに言われて悪くなかった。今回は話の種にと言うことで、マリアベルとローゼリットも一緒にリコリス商店に向かう。牛の角を持ち込むと、グレイ達にとっては、今日までで最高の稼ぎとなった。
マリアベルとアランが拾っていた南瓜の種も、けっこういい額だった。相変わらずマリアベルは勘が良い。迷宮内の生き物を解析して、持ち帰り物品を検討する特技もあることはあるが、確か狩人の特技だ。グレイ達のパーティでは今のところ望めないから、マリアベルの勘の良さはかなり助かる。
やっぱり稼ぎの良かったトラヴィス達が、お礼に酒場の穴熊亭で食事を奢ってくれると言う。グレイ達は、牛を便乗させてもらって倒しただけだし、角の分で稼げたし、と一度は辞退したが、キースに「妹の! 恩人だから!」と強く言われると、無碍にするのも失礼な気がしたので、ありがたくごちそうになることにした。
大怪我をしていたキーリも行くと騒いでいたが、ジェラルドに街中なのにすさまじい勢いで怒られて、それでも全くめげずにぶうぶう言っていたが、シェリーに優しく諭されるとあっさり引き下がった。何となく、そういう人間関係らしい。
マリアベルはのんびりと、「きれいなお姉さんには、逆らっちゃダメって、決まってるんだよぉ」と言った。マリアベルの戯言なのか、魔法使いが語る世界の真理なのかは、グレイには分からない。
「どーこに、きれいなお姉さんがいるんだろうなぁ?」
シェリーはまんざらでもなさそうな顔をしていたのだが、トラヴィスはからかうように言う。
にっこり笑って、シェリーはトラヴィスに見事な右ストレートを入れた。そういう人間関係らしい。というか、かなり綺麗に入って、トラヴィスがもんどりうって倒れると、ローゼリットとアランは呆然としていた。
「この2人には、いつもことだから」
キースは、あはは、とかわざとらしい笑い声を上げながら言う。
キーリと、キーリの付き添いでシェリーは宿に引き上げたので、8人で穴熊亭に入る。流石のマリアベルもお行儀良くしていたが、トラヴィスとキースが物凄く景気良く注文したので、大テーブルがあっというまに料理で埋まった。
芋と魚卵のサラダ、何種類ものチーズを載せたピザ、牛肉の塊を赤葡萄酒で煮込んだもの、野菜のオイル漬け、揚げた白身魚、鶏肉の串焼き、茸と燻製肉のリゾット、茄子と芋と赤い野菜のソースとチーズの重ね焼き、貝のパスタ、焼きたての白いパン。つくづく穴熊亭の料理は品数が豊富である。1皿の量も多い。目の前に並べられると話は別なのか、嬉しそうに「いただきます!」と言ってから勢いよくマリアベルが食べ始める。
「おー、遠慮すんなよ!」
トラヴィスが言って、豪快に笑うので、グレイ達も遠慮なく食べる。キースも見た目通り、まだ成長期なのか良く食べる。トラヴィスも、やっぱり存在感と同じくらい良く食べる。ついでに豪快に麦酒も飲む。
ローゼリットはマイペースに食べ、僧侶は少食と決まっているのか、偶然か、ジェラルドもあまり食べていないようだった。キースとトラヴィスが気にする様子も無いので、いつもの事なのだろう。まぁ、見た目通り感は、ある。
「グレイ達って、もしかして、全員新米で迷宮に入ったパーティ?」
食べながらキースに問われて、グレイは頷く。
「あー、はい。俺と、マリアベルが冒険者登録した日に、アラン達もミーミルに来て、この穴熊亭で会ってパーティ組んだんで、そんな感じ、です」
「あ、ごめん。別に先輩面したかったわけじゃなくてさ。普通に話してよ」
キースは屈託なく笑い、ピザを千切って齧った。思い当たる所があって、グレイは訊く。
「何つーか、もしかして、知られてた感じ?」
「うん、そういえば知ってたって感じかなー。珍しく新米だけのパーティで、珍しい魔法使いがいるパーティが、最近来たって」
キースに言われて、グレイはマリアベルを見る。食べるのに忙しくて全然聞いていない。とにかくマリアベルは食べるのが好きなので、早い。その割に食べ方は丁寧だ。一生懸命食べて、一生懸命味わっている感がある。
ともあれ、うん、分かってた、とかグレイは思う。
「何ていうか、見てて気持ちのいい食べっぷりだね」
キースはマリアベルを見て言う。それはグレイも同意だったので頷いた。
「栄養がどこに行ってるかは、分かんないけど」
常日頃思っていることを、一応グレイは付け足す。キースは、あー、そんな感じだねー、とか頷いている。
トラヴィスとアランは酒飲み同士通じるものがあったのか、えらく楽しそうだ。2人に挟まれたハーヴェイは「肝臓をさー、労わろうよー」と珍しくまともな事を言っている。言っても無駄そうだったが。マリアベルは食べて、食べて、時々ローゼリットに料理を取り分けてやって笑っている。
自分も大して食べていないくせに、キーリに“説教好き”と称されるだけあってかジェラルドが、ローゼリット、君はもっと食べた方が良い、とか言っている。マリアベルが、そーだよぉ、とか同意しながら、でも、ジェラルドももっと食べなよー、とか呑気に言っている。
「俺はあんまり考えないで、普通に新米5人で始めたから、特に珍しいとも思わなかったけど。そーか、そんなにレアか……」
グレイの印象としては、マリアベルがくるくる動いて、踊って、回っていたら何かそんな事態になっていた。確か、マリアベル自身も“先輩とかね、大人とか、めんどくさそうだし”と言っていて、グレイも概ね同意だったのだが、主流はそうでもなかったらしい。
「っていうか、新米が揃ってたのがレアだよね。何年か前までは、けっこう新米も次から次へと来てたらしいけど、最近はそこまででもないらしいし。俺たちが、ミーミルに来た時、周りに全然新米いなくてさぁ。キーリと2人新米で、同じパーティになろうと思ったら、結構メンバー探すの大変だった」
「へぇ、そんなもんか」
「うん。俺も、キーリも、戦士に、盗賊じゃん? あんまり需要無くて。ばらばらだったら、って誘ってくれるパーティもあったんだけどさ。双子だし。そういう訳にもいかないし。いや、キーリは別にいいとか言ったんだけどさ。酷いんだよ、あいつ」
当時を思い出したのか、ちょっと眉をひそめてキースは言った。思わずグレイは笑ってしまう。
「で、トラヴィスとシェリーに、冒険者登録所の休憩所で会ってさ。その時はトラヴィス達、2人で迷宮に入ってたんだよね」
「マジで!?」
思わず、トラヴィスを見やる。戦士と、狩人。回復無し。凄い。トラヴィスは豪快に串に刺さった鶏肉を食べていた。理屈ではないが、思わず納得しかける。
「やっぱ驚くよなー。俺たちも驚いたよ」
「僧侶がいないってのが、なんつーか。いや、俺たちも迷宮に入るまではいなかったけど……」
考えてみれば、グレイもマリアベルと2人で故郷からミーミルまで来た。が、別に普通の旅、というか旅行というか、である。乗合馬車を使ったり、歩いたり。時々、野生動物に遭遇して追い払ったりはしたが。
「迷宮に入って、僧侶いるのに慣れると、何かもう、考えられないよね」
「時々、戦士ギルドで特技を習ってる時に、ローゼリットがいないとすげぇキツい」
「それ、分かる! 僧侶はどの特技も泊り込みだよな。ジェラルドいないとさー。1日中痛いんだよ。いや、普通の事なんだけど」
「げ。僧侶ってどの特技も泊まり込み?」
「うん、今のとこ、100パー泊まり込み」
「マジかー……」
グレイが思わず肩を落とすと、たまたま食べる物が皿に無くなったマリアベルが、よく分かっていない顔で笑って言った。
「元気、出しなよぉ、グレイ」
言いながら、ぺしぺしと肩を叩いてくる。だいぶご機嫌になっているようだった。
「あはは、マリアベルは、優しくていいなー。キーリはぜんぜん、優しくないんだよな」
にゅー、とか変な声を上げてマリアベルは首を傾げる。ほにゃっとした顔で、言った。
「別に、あたし、優しくはないよ?」
「優しいよー」
「そうかなぁ?」
キースが言うが、やっぱりマリアベルは首を傾げたままだ。にゅーん、とか唸って、そっかぁ、とか頷くと、またパンに手を伸ばす。マリアベルが優しいか、優しくないかはグレイにはよく分からないが、とりあえず食い意地が張ってるのは間違いない、と思う。
食事が終わる頃には、だいぶアランが潰れかけていて、トラヴィスが豪快に笑いながら「まー、5年後に出直せ! 少年!」とよく分からないことを言っていた。ローゼリットがアランに肩を貸そうとすると、ハーヴェイが慌てて「そんなことしなくていいから!」とアランを引き取る。
「ごちそうさまでしたぁ」
マリアベルが、機嫌のいい時の常で、ふわふわしながら言う。アラン以外の3人もマリアベルに倣う。
「いやいや、気にすんなって、恩人様!」
ちょっと酔ったキースがふざけたように言い、ジェラルドが「本当にその通りなんだぞ」と諌める。
穴熊亭を出ても、宿屋街まで方向は同じだ。グレイ達は全員で猫の散歩道亭に宿を構えているが、キース達はそうでもないらしい。キースとキーリは一応同じ宿だが、それぞれ1人部屋。トラヴィス、ジェラルド、シェリーの3人は宿すらばらばららしい。毎日時間を決めて、街の出口で落ち合うのだという。
キースとジェラルドは、途中で道が違う方向になったので、手を振って分かれる。トラヴィスと、グレイ達だけになると、あれだけトラヴィスは飲んでいたのに、ちっとも酔っていない顔で、不意に言う。
「助けてもらっといて、何だが」
大柄で、豪快に笑う戦士の男は、笑っている癖にひどく真剣な声で言う。アランは死にかけていたが、他の4人は思わずトラヴィスを見上げる。
「勝てるか、分からない敵に突っ込んでいくのは、賢い冒険者のする事じゃない。冒険者ってのは、自分たちのパーティが生き残ることを考えて動くのが、正しいんだ」
ひどく重みのあるその声に、不意に、グレイは気付く。というか、気付かない方がおかしい。僧侶不在で、2人で迷宮に挑戦していた冒険者の片割れ。それは――僧侶を失ったパーティの、生き残りではないか?
「お前らは全員新米で、若いから。気を付けろよー。じゃ、おれはこっちだ」
最後はからかうように言って、トラヴィスは猫の散歩道亭とは別の方向の道を指した。
マリアベルが、チェシャ猫の笑顔で、言う。
「賢く、なくてもねぇ」
トラヴィスはマリアベルを見下ろして、ちょっと驚いたような顔をした。意外だったのだろう。
「あたしは、あたしが正しいと思うことを、やるんだよぉ」
月明かりと、黒い三角帽子の下で、マリアベルは笑う。ものすごく、魔法使いっぽい。トラヴィスは、マリアベルが魔法使いだったことに改めて気付いて驚いたようだった。
絶句するトラヴィスに、にゅふふー、と変な笑い声を残して、マリアベルは猫の散歩道亭へ向かって歩いていく。黒いローブの上で、ふわふわの金髪が動物のしっぽのように揺れていた。
「……らしいっす」
他にかける言葉も見当たらなかったので、グレイが言うと、マリアベルの背中に見入っていたトラヴィスは、肩を揺らした。
言葉を失っている様子のトラヴィスに、ローゼリットが真剣な顔をして言う。
「マリアベルは、ああ言いましたけれど。ありがとうございます――気を付けます。本当に」
おそらくローゼリットの性格的に、グレイ達に発破を掛けたことが正しかったか、気にしていたのだろう。
トラヴィスは、マリアベルの背中と、真剣な顔のローゼリットを見比べて、面白い2人だなぁ、とか呟いてから去って行った。