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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
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2-05

 大柄な戦士の男が、牛を足止めている。何とか盾で止めているという感じだ。背中に背負っている大剣は、抜いてもいない。足止めだけに専念するため、両手で盾を構えて、牛の正面からぶつかり合っている。側面から狩人らしき女性が、何本も身体に矢を突き立てているというのに、牛は倒れる様子もない。


 手を出して、倒せるのか? 本当に? ここで逃げた方が良いのか?


 思わず二の足を踏む男どもに、ローゼリットは言った。


「アランとグレイは、迂回して牛の後ろへ回ってください! マリアベルは『雷撃サンダーストローク』の詠唱を! あれだけの大きさですから、直撃させれば味方を巻き込むことも無いはずです! ハーヴェイは側面から矢で攻撃を!」


 ローゼリットは錫杖の柄頭で地面を叩いた。しゃんっ、と、涼やかな音がする。


「私たちが、牛一頭に勝てないはずが無いでしょう!」


 あぁ、まったくもって――ローゼリットは美しいな、とグレイは思う。勇敢で、聡明な。英雄譚に登場する姫君のようだ。


 まるでグレイの内心を読んだように、マリアベルがチェシャ猫の顔をして笑う。


「アラン! 詠唱、始めるよぉ!」


「おう!」


 ローゼリットとマリアベルに言われ、アランとグレイは走り出した。ハーヴェイも、狩人らしき女性の傍に向かう。下手に対面に回って流れ矢を気にするよりは、傍にいた方がいいだろうという判断だろう。


 つうか、こっち、向くなよ――祈るようにグレイは思いながら、牛の傍らを駆け抜けて背後に回る。牛は大柄な戦士の男に夢中のようだ。アランが頷くと、マリアベルが杖を掲げた。牛が大柄な戦士の男にぶつかって、下がる、その瞬間。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 牛の背中を狙って、マリアベルが『雷撃サンダーストローク』を発動させた。動いてはいるが、的が大きい。直撃だ。アランが『属性追撃』を決めると、上手く足の筋を斬れたのか、牛が身体を傾かせた。


「一気に決めるぞ!」


 大柄な戦士の男が吼える。いつの間に抜剣したのか、大剣を牛の頭に振り下ろした。アランとグレイもそれに倣う。見知らぬ戦士の少年も加勢に加わった。ハーヴェイは、狩人の女性と矢を放つ。的が大きい。当たる。当たる。


 しかし牛も必死だ。必死に角を振り回し、身体を回転させて冒険者を追い払おうとする。大柄な戦士とグレイは盾で受け、2人に比べると軽装のアランと見知らぬ戦士の少年は飛び退って避ける。牛が疲れて動きを止めると、すぐに4人でまた斬りかかる。


 牛は全身から血を流しながらも、血走った目から殺意を消していない。また回転に入ろうとする。アランと、見知らぬ戦士の少年が下がりかけると、ローゼリットが叫んだ。


「グレイ達も下がってください! マリアベルの詠唱が終わりました!」


 その声を聞いて、グレイと、大柄な戦士の男も下がった。牛の周りに、瞬間、人がいなくなる。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 景気良くマリアベルが『雷撃サンダーストローク』を発動させた。マリアベルにとって惜しむところなしの、最大出力だろう。太い雷光の束が、茶色い牛を打ち据える。茶色い牛が身体から煙を上げ、口から泡を吹いて、足を折った。


 4人の戦士は再度牛に斬りかかる。死にかけだろうが、ここで手を抜くと手酷いしっぺ返しを食らうことがある。そもそも、ここまで怪我をした生き物は、殺してやった方が、苦しみが少なくてすむだろう。


 しばらくして、ローゼリットがアランとグレイの腕を引いた。


「――もう、大丈夫でしょうから、回復を」


 一気に力が抜ける。


「やった……?」


「やった、よな……?」


 喜ぶ余力も無く、グレイとアランはよろよろ下がって座り込む。マリアベルが弾みながら走ってくる。


「やったよぉ! アラン、グレイ、お疲れさまー!!」


 えらいえらい、とか言いながらマリアベルがグレイとアランの頭をぽんぽん叩く。ほにゃりとしたマリアベルを見ていると、何か和んだ。後ろには血まみれの牛が転がっているのは、さておき。


「いやぁ! 助かった!! ありがとな!!」


 大柄な戦士の男が、身体と同じく、物凄くデカい声で言った。アランもグレイも、決して小柄なわけではないのだが、それでも大柄な戦士の男は、2人よりも頭1つくらいゆうに大きい。


「あー、いえ、全然」


 座り込んでいるからますます大きく見える。立ち上がる元気は、まだちょっと無かったので座りながらグレイは答えた。


 アランの治療が終わったのか、ローゼリットがグレイにも『癒しの手』を使う。巧く囲みはしたが、盾で受け損ねてけっこう角が腕に当たった。多分籠手を外したらやばい色になっていると思われる感じだ。


「本当に、有難うね」


 狩人らしき女性も、言った。ちょっと伸びた黒髪を1つに束ねていて、割と身体に沿った形の皮の鎧を着けていて、きれいで強くてかっこいいお姉さん、という風だ。思わずグレイとアランは姿勢を正す。何となく。


 2人は、グレイ達よりはずっと熟練だろう。20代半ばくらいだろうか。


「キーリ!!」


「お兄ちゃん、うるっさい……」


 戦士の少年が悲鳴のような歓声を上げ、盗賊の少女が弱々しく呻いた。


 回復が終わったのだろう。盗賊の少女が、僧侶の少年に支えられながら身体を起こした。


 お兄ちゃん、と呼んだ通り、戦士の少年と、盗賊の少年は、如実に血の繋がりの感じさせる顔立ちと、お揃いの癖っ毛具合だった。


「うるさいとか言うなよー! 心配したんだぞ!!」


「まったくだ、偉そうなことを言って! 君は軽率過ぎるぞ!」


 泣きそうな顔をしながら戦士の少年は言い、僧侶の少年も説教の構えに入りながら言った。が、盗賊の少女はするりと立ち上がって2人の間を抜けると、グレイ達の方に歩いてくる。まだ青い顔をしているが、盗賊らしく、足音が全くしない。隙のない野良猫のような歩き方だ。


「ありがとうねー。もうすこしで、あたし、死んじゃうとこだったわ」


 言って、にこりと笑った。癖っ毛を短く整えていて、南の地方の出身なのか、よく日に焼けている小麦色の肌をしている。いかにも気の強そうな黒い瞳。鼻のあたりに可愛らしいそばかすが散っていた。盗賊らしい軽装に、短めのマントを身に着けている。


「お姉さん、助かってよかったねぇ」


 マリアベルがほにゃっと笑って言った。マリアベルの言う通りで、落ち着いて見ると、彼らもグレイ達よりは1つか2つ年上のようだった。


「うん、良かった。あ、あたしキーリよ。職業は盗賊。あなた、魔法使い?」


 盗賊の少女――キーリは面白がるようにマリアベルを見て言った。


「そうだよぉ。あたし、マリアベルって言ってね。魔法使い」


 マリアベルは杖を掲げて、ちまっこい癖に偉そうに言う。何となく、グレイはマリアベルと目が合った。そのせいか、関係ないのか、それからねぇ、とマリアベルはパーティのメンバーを示して言った。


「戦士のグレイと、アランと、僧侶のローゼリット。それから、キーリと同じ、盗賊のハーヴェイ」


 名前を挙げられると、何となく、どうも、とか言ったり目礼したりして応じる。キーリも自分たちのパーティを示して言った。


「うちはねぇ、戦士のトラヴィスと、狩人のシェリー。それから、うっさいあたしの双子のお兄ちゃんで、戦士のキースと、説教好きの僧侶のジェラルドの5人よ」


 トラヴィスとシェリーは慣れたものなのか、ちょっと苦笑しながら、よろしくな、とか、よろしくね、とか言い、キースはまた、うっさいとかいうなよー! とか文句をつけていた。キーリと顔立ちは似ている筈なのだが、困ったように眉を下げていると、あんまり似てないように見えてくる。妹は野良猫っぽいが、兄の方は飼い犬の大型犬っぽい。


 僧侶のジェラルドは、眼鏡を掛けていて、色白で線の細い美形の少年で、ちょっと神経質そうだ。キーリの紹介に対して、額に青筋を立てている。ただ、迷宮の中、他の冒険者の前で説教を再開するつもりもなかったのか、よろしく、とだけ低い声で言った。それはそれで怖い。


 マリアベルは、にこにこしながら5人に頷いたり手を振ったりして、それから全員が拍子抜けするほどあっさりと言った。


「それじゃ、あたしたちもう行くから。キーリ達も探索続けるなら、気を付けてねぇ」


「おいおいおーい!」


 その言葉に、キーリとキースはぽかんと口を開けて、ジェラルドは目を剥いた。トラヴィスが驚きながらも軽快な口調で突っ込む。


「あのなぁ、マリアベル。お前さんらはおれ達の命の恩人な訳だし、何かこう、もうちょっとあるだろ普通!」


 いやぁ、うちの子、普通じゃなくてすいません――たぶん、グレイ達パーティの4人はそう思った。間違いなくグレイは思った。アランもハーヴェイもローゼリットも苦笑している。マリアベルは、にゅ? とか変な声を上げて首を傾げている。いつも通りだった。

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