2-03
迷宮には、多くの冒険者が挑んでいるはずなのだが、広いからか、あんまり他の冒険者とは遭遇しない。入り口ではかなり見かけるのだが。
迷宮探索は、基本的に結構静かだ。
さくり、さくりとアランとグレイは下草を踏んで進む。ローゼリットの錫杖が、しゃらり、と音を立てる。マリアベルは、別に靴が大きいわけでもないはずなのだが、ぽてぽて、というか、とてとて、というか、変な音を立てながら歩く。ハーヴェイはさすがに盗賊なので、ほとんど足音がしない。曲がり角の度に、ちょっと先行して、先を確認してから戻ってきて全員で進む。
迷宮の内部の温度は、迷宮外とほとんど変わらない。春先なので、装備を着込んでいても暑くない陽気だ。これから夏場になってくると、もしかしたら、厳しいかもしれないとグレイは思う。
「あれ、何だ……カボチャ?」
ふと、アランが前方に落ちているオレンジ色の塊を見て言った。
「いい色だねぇ」「ほんとだねぇ」
ハーヴェイとマリアベルが呑気に頷き合う。
「カボチャ……この季節に?」
ローゼリットは首を傾げている。
南瓜は、2、3人並んで通れる幅の道の端、木の根元に2つ並んでいた。確かに普通の南瓜っぽい色と、大きさだ。一抱えくらいあるので、持って帰るのは重そうだから赤い実と同じく、特に気にせずに通り過ぎようとする。いや、した。
「……うん?」
南瓜の脇を4、5歩通り過ぎたあたりで、ハーヴェイが不意に振り返った。もしかしたら、盗賊の特技『警戒』で何か感じ取ったのかもしれない。
「うん!?」
何に同意したのかはよく分からないが、ハーヴェイは後ろを歩くマリアベルの手を引いて背後に庇った。ローゼリットも振り返って、慌てて叫ぶ。
「う、動いてますっ!?」
錫杖を構えて叫ぶが、金属の錫杖に南瓜の蔓が絡みついた。え、えっ!? とか動揺した声を上げながらもローゼリットは錫杖を手元に引っ張っているようだが、今にも引きずられてしまいそうだ。慌ててグレイとアランも抜剣する。アランは南瓜本体に、グレイは蔓に長剣を向ける。ローゼリットの錫杖が取り上げられてしまうと、いざと言う時に回復が使えなくなる。
蔓の強度は、普通の植物よりちょっと丈夫、程度だったので難なく切り払う。
「ありがとうございます!」
ローゼリットが錫杖を抱きしめて言う。「おう!」と答えてグレイも南瓜本体に向かう。
「Ärger von roten wird gefunden!」
マリアベルが惜しみなく『火炎球』を発動させて、拳大の炎の固まりを南瓜本体に叩きつけた。アランが『属性追撃』を決めると、南瓜は苦しげに蔓を振り回す。蔓にも一部火が付いていて、結構危ない。グレイとアランは盾があるが、ハーヴェイは慌てて南瓜から距離を取った。
「えいっ!」
距離を取ったハーヴェイが、短弓を構えて撃った。オレンジ色の南瓜に刺さるが、効いているのか、いないのか、微妙だ。
「にゅあー!?」
後衛のはずのマリアベルが変な悲鳴を上げて、ぽてん、と転んだ。グレイが振り返って見ると、左足に南瓜の蔓が絡んでいる。
「ちょ、え、やぁっ!」
そばにいたローゼリットが慌てて錫杖を振り下ろすが、打撃では蔓は怯まない。マリアベルは蔓を掴んで剥がそうとしているが、あんまりうまく行っていない。
「っ、アラン!」
「悪い、俺もだ!」
ローゼリットが慌てて近くにいたアランを呼ぶが、自己申告の通り、アランの足元にもうぞうぞと南瓜の蔓が絡んでいる。長剣で斬ったり、力任せに足で千切ったりで忙しい。
「グレイ!」
「分かった!」
ローゼリットに呼ばれて、南瓜に盾を叩きつけていたグレイは踵を返す。代わりにローゼリットが走ってきて入れ替わる。
「――やぁっ!」
蔓には効かなかったが、本体には打撃が有効だったらしい。ローゼリットが『粉砕』の特技で錫杖を南瓜本体に叩きつけると、何とも、綺麗に、割れた。
「わぁー……割れたぁ……」
マリアベルが感動したように声を上げた。ローゼリット本人は、自分でやったくせにびっくり顔だ。
「ロゼ、もう1体いるからな!?」
「そ、そうでした!」
アランが叫ぶと、ローゼリットは持ち直して錫杖を構え直した。
ちょっと焦げて、矢が1本刺さった南瓜は何だか間抜けな感じだ。だが、蔓を蠢かせ、武器や、足元を狙ってくる。蔓に足を取られる前に、ローゼリットは一気に距離を詰めようとしたが、不意に頭上から蔓を伸ばされて、思わず足を止めた。
「ゃっ……!?」
首に蔓が絡みつくと、さすがに錫杖を手放して蔓を引きはがしにかかる。
「ローゼリットっ!」
グレイは救出に向かいかけたが、蔓を引っぺがしながらローゼリットは叫んだ。
「大丈夫ですから、本体を!」
あんまり大丈夫そうには見えなかったが、グレイは言われた通り南瓜本体に向かった。ローゼリットで割れるくらいなら、本体はそこまで丈夫ではない、はずだ。
蔓のほとんどを、アランとローゼリットの足止めに使っている南瓜本体は無防備だ。長剣よりも、斧があったらなぁとかグレイは思いながら、全力で上段から長剣を振り下ろす。なるほど、割れた。
本体が割れると、途端に蔓たちは力を失って地面に落ちた。ローゼリットがちょっと咳き込みながら座り込んで、錫杖を拾って差し出しながらハーヴェイが青い顔をしてしきりに大丈夫かと尋ねている。
にゅー、いったい、とか言ってマリアベルが腰のあたりをさすりながら立ち上がった。
「カボチャだったなー」
「中身も、カボチャっぽいねぇ」
アランとマリアベルが割れた南瓜に近寄って、覗き込みながら言う。
「どうやって動いてたのかなぁ、脳みそっぽいとこ、ないねぇ」
「まぁ、何か女神のあれっぽいのでカボチャも動いたりするだろ。それより拾うもんあるか?」
マリアベルがいつものほにゃっとした口調で、しかし考えようによっては結構グロいことを言い、アランは相変わらず雑なことを答えている。
「あ、種あるよ、種。カボチャの種っておいしいよ」
「よし、拾っとくか」
言って、2人は割れた南瓜の傍らにそれぞれしゃがみ込んで種をほじくっている。
「かったい」
「ナイフ使うか」
「持ってないよぉ」
「ハーヴェイのがあるだろ」
「にゅ、そうだった」
「「ハーヴェーイ!!」」
2人に呼ばれて、ハーヴェイはどうぞー、とか言いながら短剣を差し出して、ふと思い出したように言った。
「そういえば、迷宮の植物って、種とか苗を持ち帰っても外じゃ育たないって言うよね」
「そうなのか?」
初耳だったので、グレイが尋ねると、そういえば、とか言いながらローゼリットも頷いた。
「聞いたことがあります。動物を連れ出しても、外ではすぐに死んでしまうとか」
「へぇ……」
まったくもって、不思議な迷宮である。
種を腰のポーチに入れて、満足げに笑いながらマリアベルは杖を掲げて言った。
「お待たせ―。それじゃ、行こうか」