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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
2章 はじめてのミッション
34/180

2-01

 緑の大樹(グリューンバウム)――そう称される大樹には、3柱の運命の女神が住まうという。


 そして、女神たちは緑の大樹の中に迷宮を造り上げた。迷宮の全容は、人と、緑の大樹の長い歴史の中でも、未だに解き明かされていない。

 




 

「にゅ、にゅああああああああっ!!」


「喚く前に走っとけ!!」


 ふわふわの金髪に、黒い三角帽子。先端に赤い鉱石の付いた、木の杖。膝までの長さの黒いローブ。誰がどう見ても魔法使いの格好をした、魔法使い(ソーサラー)の少女――マリアベルは変な悲鳴を上げて、マリアベルの後ろを走る、長剣に金属の大盾を携えた戦士ファイターの少年、グレイは律儀に言った。


 喚きもせずに一同の先頭を走るのは、白と青の僧服を身に付け、幾つか金属の飾りの付いた錫杖を持つ僧侶クレリックの少女、ローゼリットである。パーティの記録者マッパーである彼女は、今更地図を確認することも無く、全力で目的地に向かって走る。ローゼリットの半歩後ろを走るのは、短剣と、最近買ったばかりの短弓を携えた盗賊ローグの少年、ハーヴェイ。


「ローゼリット、この先、右は、危ない気がする!」


 ハーヴェイの言葉だけ素直に捉えると、何とも曖昧なものであったが、ローゼリットは頷いて進路を迂回ルートに変えた。盗賊の特技『警戒』は、迷宮内の強敵の位置を感覚的に把握できるようになる特技だ。まだハーヴェイは熟練の盗賊とは言えないにせよ、無下にする理由も無かった。


「つーか、前も、来てるだろ!」


 5人組の最後の1人。グレイと同じように、長剣を携えた戦士ファイターの少年、アランが叫んで、ローゼリットとハーヴェイの前に出た。


 文字通り、蹴散らすようにアランが足蹴にしたのは、兎ほどの大きさのネズミだった。毛皮は黄色く、固く、牙は鋭い。正式名称は『噛み付きネズミ』。噛み付かれると、皮の長靴などは簡単に牙を通してしまう。大きさが小さいため、武器を当てるのは難しい敵だ。ただし、前衛の戦士が履くような頑強な長靴で上手く蹴り飛ばすと、あっけないほど簡単に逃げていく。


「ネズミはいいよぅ! ほっとけるもん!」


 マリアベルが泣きそうな声で叫ぶ。


 ほっとけないものが、彼らの背後にいた。


 牛だ。たぶん。


 たぶんと付け足したくなるのは、迷宮の外にいる、白かったり黒かったり茶色かったりして、草を食んでいたり、乳を搾らせてもらったり、お肉にしたりする牛とは印象が違いすぎたからだ。


 ぱっと見は茶色い牛で、大きさもやや大きい牛だが、角が異様に立派だ。小さな目は、赤く血走っていて輝いているように見える。家畜の牛しか見たことの無い5人にとって、牛は温厚な生き物だったが、迷宮の牛はだらだらだらだら涎を垂らしながら血走った目で後を追ってくる生き物だった。


「そこ、左です!」


 ローゼリットが一声叫んで、先頭のアランが細い小道に飛び込んだ。他の4人も続く。道幅は、一際細くなっていて、人が1人通れる程度だ。牛は入って来られない――ことを見越して、目指していたのだが。


「にゅあああっ!?」


 マリアベルが変な悲鳴を上げてローゼリットに抱き付いた。


 牛は諦めることなく、道の左右に生えている木に角を打ちつけて、頭を小道に突っ込んできた。


「マジかよ!?」


 最後尾だったグレイは盾を構える。


 牛は血走った目でこちらを見やり、両脇の木に角を打ちつけている。だが、木を圧し折って小道に入っては来られないようだ。じりじりと5人は小道の奥に下がる。


「う、牛って草食じゃないの?」


「そういう問題かよ」


 ハーヴェイが動揺しながらズレたことを言い、アランが冷静に突っ込んだ。


「入っては、来ないようですし……」


 マリアベルと抱き合いながら、ローゼリットが青い顔をして言った。


「にゅ。やっつけしゃう?」


 しょっちゅう変な悲鳴を上げてわぁわぁ騒ぐ割に、結構好戦的なマリアベルが魔法使いの杖を握り締めて言った。ただ、語尾が震えていて、やっつけちゃう? ではなく、やっつけしゃう? になっていたが。


 牛は前足で地面を掻き、鼻先を小道に突っ込んで悔しそうに居座っていたが、しばらくすると彼らのいる小道から離れて行った。ほっと、5人で息をつく。ちょっと見て来る、とかハーヴェイが言って、小道の出口を見回している。


「まだ背中が見えるや」


 ハーヴェイに言われたので、休憩も兼ねて、細い小道に縦に並んで座り込んだ。


「2階、大物出たなー」


「おっきかったねぇ」


 グレイがため息交じりに言うと、マリアベルがのんびり頷いた。ちょっと魔法使いの杖を眺めて、考えるみたいに首を傾げる。


炎精霊スルヴァちゃんの魔法で、こんがり焼いたら、おいしいかなぁ?」


 魔法使い(ソーサラー)――あるいは、運命を引く者、とも呼ばれる。


 あらゆる魔法使いは、凡庸な人生を歩むことは出来ない、と謳われる。3大精霊――炎精霊スルヴァ氷精霊ヘーレ雷精霊トルフェナ――の恩寵により超常現象を起こす稀有なる存在、なのだが、何かマリアベルはほにゃっとしている。


「おいおい、食う気か」


 アランは呆れた様に言うが、マリアベルはこの呑気な少女にしては珍しいくらい真剣な顔だ。


「だって、この先ね、迷宮をずーっと上の階まで登るなら、そんなにたくさん食料なんて持ち込めないし、現地調達って大事だと思うの」


「現地調達……」


「ワイルドだ……」


 アランとハーヴェイが半ば呆然と言い、グレイは苦笑した。水筒から水を飲んでいたローゼリットは、たぷん、と水筒を揺らして、ちょっと考えてから言った。


「確かに、食料と、水の問題はありますね……私たちはまだ日帰りですから、どうとでもなりますけれど」


「他の冒険者はどうしてるんだろうねぇ?」


 ハーヴェイが言うと、マリアベルがにゅーん、とか変な声を上げて考え込んだ。それにしてもあの牛って、それにしてもあの牛かよ、とグレイとアランは苦笑しながら言い合った。


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