33
久々に、朝から緑の大樹にやってきた。ような気がする。
5人で緑の大樹を見上げて、全員で、2階――みたいな顔をした。
マリアベルは、すぐに気を取り直して、そろそろ良いんじゃないかという気がするが、冒険者証明証をミーミル衛兵に見せに行く。どうも顔見知りがあまりいなかったようなので、手を振ってすぐに戻ってくる。
「よし、行こう!」
弾みそうな勢いで、マリアベルは言う。
だいぶ良い盾を手に入れたグレイと、結局グレイは2日しか使わなかった盾を持つようになったアランが先に進む。道は、地図で何度も確認した。2階へ続くと思われる階段への道を迷いなく進む。
夜の緑の大樹は、グラッドに再三言われた通り、確かに手強かった。久しぶりの昼の緑の大樹では、出来るだけマリアベルとローゼリットの魔力を温存できるように、丁寧に進む。ネズミ、モグラ、蝶はほとんど怪我なく倒せるようになった。青虫が出ると、マリアベルの魔法か、気合で殴り倒した代償として、ローゼリットの回復が欲しいところなので、出来るだけ戦闘にならないようにして進む。
何度かモグラと蝶を蹴散らして、目的の場所に辿り着く。
「不思議、だよなぁ……」
アランが誰ともなしに呟く。一際太い木に、穴が開いている。覗き込むと、螺旋階段のように曲がった階段が見える。階段、だ。多少は冒険者達が補強したのだろうが、木の内部が削られ、幾つか足場になるような石が並べられている。手摺りまでは取り付けられていないが、代わりになりそうなロープが張られていた。割と新しいもののように見えるから、冒険者が時々張り替えているのだろう。
「階段、だもんねぇ」
マリアベルも首を傾げながら答える。彼女の身長なら、問題無く立って進めるような高さがある。外側から見ると、やっぱり太い木でしかない。枝や、葉が茂っていて、とても幹の内部が空洞のようには見えない。
「不思議なことは、いっぱいあるねぇ」
ハーヴェイは言って、それじゃ、ちょっと見て来るね、と階段に足をかけた。
「にゅーん。あたしも行きたいなぁ」
マリアベルが残念そうに言うが、さすがにアランとグレイが首を振った。ひとまず、ハーヴェイが先を確認して、問題無さそうだったら戻ってくる手筈だ。
「大丈夫そうだったら、すぐ戻って来て、呼ぶから」
「うん」
マリアベルは素直に頷いて、手を振ってハーヴェイを見送りかけて――ふと、思いついたように言った。
「大丈夫そうじゃ、無かったら?」
言われて、ハーヴェイはちょっと考える。
「そしたら、逃げて来るし……逃げられそうになかったら、呼ぶから、助けに来てくれる?」
「いいよぉ」
マリアベルがほにゃっと笑う。思わず和んだ。ハーヴェイはちょっと屈んで階段を登っていく。
入り口から離れると、割と暗い。新しく買ったランプをつけた方がいいかもな、と思うけど、ハーヴェイは夜目が利く方なので、とりあえずそのまま進む。長い。やはり螺旋階段状になっていて、ぐるぐる回りながら進む。段数を数えていたが、途中でわけが分からなくなる。そんな馬鹿な、とハーヴェイが思うと、前方が明るくなってきた。着いた?
螺旋階段から出ると、一瞬、ハーヴェイはどこかで何か間違えて戻って来てしまったのではないかと思った。
地面があり、下草が生え、道があり、壁のようにまた木が生えている。
「うっそ、だぁ……?」
階段の出口で、自分の頬をつねってみる。案の定、痛い。何やってんだ、と突っ込んでくれる仲間もいない。階段から足を踏み出す。下草を踏みしめると、やっぱり地面がある。地面としか思えないが、木の上に登ったはずなのだが、1階から上を見上げたら、光とか見えたはずなのだが、やっぱり地面がある。
辺りを見回すと、敵、らしき動物は見当たらなかった。そこだけ確認すると、慌てて踵を返す。
下りの階段でも、ぐるぐるぐるぐる回っていると、また途中で段数が分からなくなる。分からなくなると、途端に前方が明るくなる。
こけそうになりながら、飛び出すと、アランとグレイの驚いたような顔が見えた。マリアベルが2回まばたきをする。ローゼリットが不思議そうな顔をして、言った。
「……大丈夫ですか?」
「う、うん?」
思わず疑問形で返してしまう。大丈夫かな、僕、とかハーヴェイは思った。
「早かったねぇ」
マリアベルがほにゃっと笑いながら言うものだから、ハーヴェイは驚いた。
「え、そう? 結構、待たせたかと、思った」
「そんなこと、ないよ?」
マリアベルのほにゃっとした顔を見ていると、何となく落ち着いてくる。そうだっけ? 結構、ぐるぐる階段を登ったり、降りたりしたから待たせたような気がするのだが。
「それで、どうだった?」
アランに問われて、ハーヴェイは頭を切り替える。分かりやすいことに。説明出来る範囲のことに。
「うん。階段は、ちょっと暗かったけど、段差がずっと一定だから、問題なく歩けると思う。結構長かったから、ちょっと屈まなきゃいけないアランとグレイは大変かもしれない。出た先は――」
言って、何と伝えたものかと考える。ハーヴェイは上を見上げる。葉っぱが見えて、ちょっと明るい。訳が分からない。
「敵は、いなさそうだった。歩けそうだし。とりあえず、行けば分かると思う」
何とも説明し難かったので、ハーヴェイはそう締めくくる。
再度、ハーヴェイを先頭にして、グレイ、ローゼリット、マリアベル、アランの順で進む事にする。中の明るさを見て、ローゼリットはちょっと心配そうな顔をしたが、マリアベルがほにゃっと笑って、「大丈夫だよぉ、滑ったら、あたしが受け止めてあげるから」と言うと、くすくす笑って「頼りにしています」と言った。
手すり代わりのロープを握って、慎重に進む。ハーヴェイは3度目なので、今回は段数を数えないようにして進む。それが幸いしたのか、それとも慣れたのか、気が抜けるほどすぐに2階に着いた。
階段を出て、ハーヴェイは後ろのグレイを振り返る。ぽかんとしている。「グレイ、どうしました?」と後ろからローゼリットに言われて、「あ、ごめん」と答えて進む。
グレイにくっついて、ローゼリットは2階へ1歩踏み出し、不思議そうに首を傾げた。
「えと……あら?」
何か間違えたのかと思ったのだろう。足元を見て、辺りを見回して、不安そうに後ろの階段を振り返った。ちょうどマリアベルが顔を出す。何だかよく分かっていない顔で、マリアベルはローゼリットに微笑み返した。とことこと階段から出てきて、辺りを見回す。最後に来たアランは、階段の出口付近でぽかんとしている。戦士の反応って似てるなぁ、とかハーヴェイは思う。
マリアベルはとことこと歩いて、ぺたりっ、と地面に座り込んだ。魔法使いの杖を地面に置いて、両手で下草をひっぱったり、地面を叩いたりしている。挙句の果てに、ころんっ、とでんぐり返しまでしてみせた。そういえば、黒いローブの下は普通にスカートで、ちょっと見えそうになって、ローゼリットが慌てて駆け寄った。
「ま、マリアベル!」
マリアベルは地面に残された帽子を拾って被り直し、魔法使いの杖も拾って、ローゼリットの手を握って立ち上がると、笑って言った。
「地面だね!」
「今ので分かるのか」
アランが驚いたのを通り越したのか、いつもの調子で呆れたように言う。マリアベルは楽しそうに答えた。
「分かるよぉ。地面だもん。じゃ、行こう!」
言って、杖を掲げる姿は、ちょっと魔法使いっぽい。かもしれない。
驚いてる、暇はないよぉ、とか言いたそうな笑顔だ。
現時点で、最高は14階。踏破ならば、もっと、その先まで。
5人は歩き出した。
この先に何があるかは、まだ分からない。
・