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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
1章 はじめまして
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「ほどほどにしろよー」


 治療が終わったらしきアランが言う。


「そうですね。他にいるかもしれませんし、奇跡の水を探して、ここから離れましょう」


 ローゼリットは、まだ慣れない『解毒リポイズ』を連発したためか、ちょっと疲れた声をして言った。


 マリアベルが、「にゅん! そうだった!」と言って、水筒を取り出した。ハーヴェイは、足元に置いていたランプを2つとも持ってやる。


 最初に蝶が群がっていた木に近付く。ほんのり甘い香りがしたような気がして、グレイは木を見上げるが、特に花が咲いていたり、果物が生っている木ではない。大きな木だ。腰ほどの高さにある窪みを見ると、確かに、不思議なほどくっきりと、木々の間の月を映した水が、2、3掬いほど湛えられている。湧水でも、雨水でもなさそうだ。夜露が集まったのだろうか?


 ほぅ……と、全員でため息のような声を漏らす。


「ね、ね? これっぽいでしょ?」


「確かに」


 マリアベルが嬉しそうに言い、アランが頷いた。これっぽいね、これっぽいな、とハーヴェイとグレイも言い合う。マリアベルは空の水筒に、そっと水を収める。甘い、香りがする。この水だろうか?


 マリアベルが無事に水筒の口を閉めて、リュックに仕舞うのを確認すると、全員で頷き合って、歩き出す。


「結晶落ちてるかなー?」


「暗いし、探すのキツいな」


 ハーヴェイが辺りをランプで照らしながら言うと、アランが答えた。


「ここに長くいるのも嫌な感じだし、今日は水を持って帰るだけで良くないか?」


 グレイが言うと、そーだね、とか、だよな、とかハーヴェイとアランが応じ、アイテムの回収を諦めることにする。


 前列はアラン、グレイ、ハーヴェイ。後列はマリアベルとローゼリット。いつもの隊列で並んで、入り口へ戻ろうとすると、ローゼリットが小さく呟いて振り返った。


「何か、甘い香りが……」


 グレイも気付いていた。もしかしたら他の面々も。口に出して言ったローゼリットは正しかった。


 がさり、と、背後の背の低い木が動いたような気がした。


 マリアベルを庇うように、ローゼリットが前に出て錫杖を構えかける。アランとグレイが長剣を抜く。ハーヴェイがランプを置いた、何もかも遅かった。


 棍棒のような太さの何かがしなって、ローゼリットを打ち据えた。


 収穫祭の後に作られる等身大のわら人形のように、綺麗な放物線を描いてローゼリットが横に飛んだ。受け身をとる様子も無く、2、3回転がって、動かない。


「ひ、っ……!?」


 マリアベルが悲鳴を上げかけるが、数歩下がると、必死な表情で呪文の詠唱を始める。アランは『属性追撃』をかけたいため、マリアベルの詠唱が終わるまでやたらと動き回れない。そいつはローゼリットに追い打ちをかけようとする。


「させるかぁっ!」


 グレイが盾を掲げて、倒れるローゼリットとそいつの間に割り込む。モグラやネズミや蝶では有り得ない重量。盾が割れるかと思ったが、無事だった。値段の割に良い盾だ。そのまま押し返す。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 マリアベルが絶叫するように『雷撃サンダーストローク』を発動させる。普段の倍以上の光量の雷が発生して、そいつを打ち据える。アランが『属性追撃』を決めると、そいつは奇怪な声を上げた。


 ――花?


 雷に照らされたそいつは、アランやグレイよりも頭2つ分大きい。木、かと思ったが、巨大な赤い花を咲かせている。幹――ではないか。それくらい太い、茎の身体。『雷撃サンダーストローク』を食らった場所から、水蒸気を上げている。根を蠢かせて移動しているようだ。移動速度は速くないが、根の中でも一際太い2本で、グレイを打ち据えて来る。棍棒のような太さがあるくせに、しなやかで、長い。


 ガンっ、ガンっ、と盾が音を立てる。腕が痺れるような威力だが、下がれない。ローゼリットは倒れたまま動かない。


「ローゼリット!」


 ハーヴェイが泣きそうな声を上げて、ローゼリットの傍らに膝をつく。動かしていいのか、どう動かせばいいのか、まるで分からないといった様子だ。


「とりあえず下がらせろ!」


 組み合わせの問題だ――しかも最悪だ。負傷したローゼリットと、ハーヴェイだなんて。グレイは思いながら叫ぶ。そいつは執拗にグレイの盾や腕へ根を叩きつけて来る。盾と腕と、どちらかがじきに持たなくなりそうだった。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 マリアベルが再度『雷撃サンダーストローク』を発動させる。これで今日3回目。うち2回は、惜しむところの無い全力攻撃だ。あと何回持つか。


 アランが『属性追撃』をかけて、太そうな根の1本を斬り落とす。よし、よし!


 ハーヴェイはローゼリットを抱きかかえて後方に下がる。これでグレイも、躱す、という選択肢が出来た。


 『雷撃サンダーストローク』と『属性追撃』の連携技を2回食らった筈なのに、そいつは倒れない。比較的細い根や、葉っぱの一部から、多少煙を上げている。


「ローゼリット!」


「ハーヴェ、私の、錫、杖は……?」


 ローゼリットが、息も絶え絶えな感じで言う。口を利ける程度の負傷であることに、戦闘中だがグレイはほっとした。もう――駄目かと。


 ハーヴェイは、ローゼリットが手放してしまった錫杖へ走る。花からはそれなりに距離のある場所に転がっていた。ともかく回復が出来ないとどうしようもない。マリアベルを庇って、アランもかなり根で殴られている。


「Goldenes Urteil wird gegeben!」


 マリアベルが3度、『雷撃サンダーストローク』を発動させる。先程の2回に比べると、目に見えて威力が落ちていた。やりたくてそうしたわけでは、無いだろう。マリアベルはよろめいて、頭を押さえながら、叫ぶ。


「あ――あと、1回しか、無理だよぅ!」


「それでもいいから、詠唱、頼む!」


 アランが叫び返す。マリアベルは杖を掲げて詠唱に入る。ハーヴェイが持帰った錫杖を受け取って、ローゼリットが『癒しの手(ヒール)』を発動させる。辺りを見回す余裕が出来たのか、ローゼリットが叫んだ。


「ハーヴェイ、オイルランプで!」


 傍らに置かれたランプを示して言う。マリアベルはそれを聞いたからか、ローゼリットの無事に気付いて頭が冷えたのか、途中まで詠唱していた『雷撃サンダーストローク』の詠唱を止めて、別の呪文を唱え始める――グレイには呪文の内容は分からないが、『火炎球フレイム・ボール』だろう。どう考えても、そちらの方が効きそうだ。


「そ、そっか!」


 ハーヴェイはランプを持ってそいつの背後に回る。根は蠢いていて、土が付いていて、あまり燃えそうにない。グレイに攻撃を加え、動きを止めた隙に、ランプの持ち手を咥えて両手でそいつに登る。


 木登りだ、マリアベルに果物を採ってやる時と同じだ――ハーヴェイは無理やり思いこむことにして、花の鍔に右手を伸ばす。届いた。反り返ったそいつに、左手でオイル部分が割れるように、ランプを叩きつける!


 赤い花弁が燃え上がる。そいつは嫌そうに身を捩るが、『雷撃サンダーストローク』でかなり水分を奪われていたためか、火は消えない。駄目押しのように、ハーヴェイは短剣を茎に捻じ込む。


「ハーヴェイ、離れろ!」


 アランに言われて、飛び降りる。根に足を絡め取られて転んだ。顔をしたたかに打ったが、気にせず根から足を引き抜く。


「Ärger von roten wird gefunden!」


 マリアベルが『火炎球フレイム・ボール』をそいつに叩きつける。『雷撃サンダーストローク』と勝手が違うからか、アランの『属性追撃』は上手く決まらなかったが、もう細かいことには構わず、根を斬りつけている。盾を放り出して、グレイも斬りかかる。最後に残った太い根を1本振り回してくるが、剣同士の打ち合いのように、鍔迫り合いになる。グレイが押し返していると、短剣を茎から引き抜いたハーヴェイが、グレイを襲う根の根元を切りつける。そいつが怯んだ隙に力を入れると、根の先端が飛んだ。


 大方の太い根が落ちると、防御を気にする必要が無くなった。燃えるそいつを滅茶苦茶に斬りつける。デカい。が、もうほとんど動かない。


 火が消えかけてきたからか、ハーヴェイがマリアベルの足元からランプを拾った。が、グレイは首を振って言う。


「――もう、大丈夫だろ」


 アランが頭上まで長剣を振りかぶって、花の柱頭に振り下ろした。


 アランもグレイもハーヴェイも、荒い息をしたまま、そいつを見守る。息を見て、脈を確認することは出来ないから、滅茶苦茶に止めを刺して見守るしか出来ない。


「……グ、レイ」


 そっと呼ばれて、手を引かれる。何とか歩けるようになったらしい。ローゼリットだ。


「治療を」


 言われて、思い出す。盾どころか、腕も胴体もぼこぼこに殴られた。


「いっ、てぇぇぇぇぇ……!」


 気付くと立っていられなくなる。ローゼリットが慌てて『癒しの手(ヒール)』の詠唱を始めた。マリアベルが「うにゅぁぁぁ」と悲鳴だか安堵の声だかを上げて、蹲って瞑想を始める。「つーかお前、なんでまた鼻血出してんだよ!」とアランが叫んで、「転んだんだよー!」とハーヴェイが喚いた。元気そうだ。


 何とか全員の治療が終わると、今度こそ無駄口を叩かずにそそくさとその場を離れる。ランプが1つ減ったから、道行は暗い――ことは無かった。


「……何か、明るくなってきたな」


「……おぅ」


 アランとグレイで言い合う。


「明けて来たねー」


 呑気な声でハーヴェイが言う。


 1度、モグラ2匹に遭遇したが蹴散らし、ネズミは見かけた気がするが、こちらへ襲い掛かって来なかった。


 入り口に辿り着く。眩しい。


「朝だぁ……」


 ふにゃふにゃした声で、マリアベルが言う。その通りだった。


 朝の柔らかい光が、緑の大樹の迷宮を照らしていた。緑の大樹の中なのに、木が生えていて、鮮やかな緑の葉を茂らせている。奇怪だが、それ以上に美しい森だ。きっと、何度見てもそう思うだろう――グレイは確信のように、そう思う。

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