27
5日間。
長いと思ったが、思ったよりすぐに過ぎて行きつつあった。緑の大樹にやっと慣れてきたと思ったら、また全く違う環境に慣れようと努力したからだろう。宿で時々会うマリアベルも、会う度に、にゅーん、とか悲しそうな声を上げた。どうもこの声は、そういう時に出る声らしい、とアランは理解しつつあった。
「頑張れよー」
「頑張るよぉ。でも、ローゼリットが、いないのが、寂しい……」
「グレイが戻ってきたら、3人で飯行くか」
「……行く!」
ちょっと元気になったマリアベルは、ローブだけ置いたら、そっちの部屋に行くねー、とか言ってぱたぱたと去っていく。
アランが部屋で待っていると、魔法使いっぽい格好じゃなくなったのに、杖だけは手放さないマリアベルと、盾特技の習得のため、割とぼこぼこにされているグレイが揃ってやってきた。廊下で会ったらしい。
「ローゼリットが、いないのが、きつい……」
3人で猫の散歩道亭の近くの食堂に行き、卓に着くなりグレイは言った。怪我が治らない感覚が久しぶりのようだ。
「すっかり慣れたな―」
アランが言うと、困ったようにグレイが続ける。
「慣れた。むしろ、最近慣れ過ぎたかもなー。戦い方が雑になってた気がする」
「つっても、戦闘が長引いても何だし、バランスだろ」
アランが言うと、にゅふ、とマリアベルが笑う。
「そうだよーぅ。頼るのは悪いことじゃないよ。依存するのは悪いことだけどね」
「……魔法使いっぽいな」
「魔法使いだもん。雷精霊ちゃん達がいなくちゃ、何にも出来ないもん」
グレイが突っ込むと、マリアベルが微笑んで頷く。話しているうちに、この食堂の名物の、白葡萄酒で蒸した貝が壺に大量に入って出て来るから、3人で無心になって食べる。黒い貝殻が次々と積み上がる。パンが足りなくなって、追加の注文をする。
食べ終わって幸せな息をついてから、随分ご機嫌になったマリアベルが言った。
「まぁ、明日でローゼリットも、ハーヴェイも、帰ってくるからね」
「明後日には早速行くか」
アランが言うと、マリアベルは大きく頷いた。
「リベンジだよー! 今度はちゃんと、空の水筒持ってくよ!」
マリアベルの中では、『奇跡の水』がまた存在することは、疑いないらしい。
「頼もしい限りだよ」
アランは心からそう言った。
猫の散歩道亭までの帰り道を、3人で歩く。マリアベルは物凄く機嫌が良い時の常で、ふわふわと踊るような足取りだ。杖は持っているが、魔法使いのローブではなく、街娘のようなワンピースを着ていて、ふわふわの金髪をお下げにしている。
街灯はそう多くないが、通りの店からの明かりでそれほど暗い感じはしない。月明かりで、マリアベルの金髪が輝いている――というか、本当に輝いている?
アランは思わず目を擦った。鼻歌交じりに、アランの半歩前を歩くマリアベルの髪が、やけにきらきらしている。
「……マリア、ベル?」
アランは思わず自分が酔っているのかと思ったが、今日はそれほど飲んでいない。そもそもアランは割と強い方だ。それでも信じられなくて、マリアベルの名前を呼ぶ。
マリアベルは歌っているから気付かなかったのか、振り返らない。斜め後ろから横顔を伺うと、まつ毛まで輝いているようだ。代わりに、グレイに腕を引かれた。グレイは黙って首を振る。どうやら慣れているらしい。邪魔をするな、とかいう感じだろうか。
「……マリアベル、何か、光ってないか?」
思わず小声になって、アランが尋ねると、グレイも頷いて、やはり小声で行った。
「時々、ある。ものすごく調子が良くて、雷精霊の加護があると、光るらしい」
「マジか」
にわかには信じがたいが、しかし実際にマリアベルの髪は発光するように輝いている。辺りを照らしたりするような物ではないが、見間違いとも言い難い明るさだった。
何となく、マリアベルとグレイについて、分かってきたような気がしていたが、まだまだ甘かったようだ。魔法使いに伝わる歌なのか、彼らの故郷の歌なのか、アランには耳慣れない調子の歌を歌いながら、ふわふわ歩くマリアベルは妖精のようだ。
「で、ものすごく調子が良い時だから、邪魔すると理不尽に文句をつけられる。何かにゅいにゅい言われる」
「感謝する」
グレイに言われて、アランは頷いて礼を言った。
まぁ、機嫌なり、調子が良いのなら、邪魔することは無いだろう。
アランとグレイはそっとマリアベルの半歩後ろを歩く。姫君に仕える騎士のように。通りを行く酔客達が、驚いたようにマリアベルを見て、「飲みすぎたかー?」とお互いに言い合っている。今から緑の大樹に向かうと思われる冒険者が、「雷精霊の加護か?」とパーティの面々と首を傾げあっている。遠くで、飲食店の手伝いの子どもが、「あのお姉ちゃん、光ってる!」と店内にいると思われる親に向かって叫んだ。
辺りのざわめきを一切気にせずマリアベルは歩き、歩き、猫の散歩道亭を通り過ぎてどこかにいきそうだったので、さすがにグレイがお下げを引っぱった。にゅ? とマリアベルは変な声を上げて、夢から醒めたような顔をする。丁度、猫の散歩道亭から出て来る客がいて、宿内の明かりが漏れ出すと、マリアベルの髪の輝きは掻き消えたようだった。
「にゅ、いー?」
首を傾げながら、マリアベルはちょっと不満そうに呟いた。そのまま、ぷくっ、と右側の頬だけ膨らませる。マリアベルが口を開く前に、グレイが素早く言った。
「宿、着いた。どこまで行くつもりだったんだ」
「……うーん。分かんない」
膨らませた頬をもとに戻して、マリアベルは言った。それじゃあ、仕方ないかぁ、とか残念そうに言って宿に入る。
「……マリアベル、凄いな」
半ば呆然としてアランは呟く。グレイはアランよりは慣れているものの、それでも多少動揺していたのか、大きく1度深呼吸してから言った。
「凄いんだよ」