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盗賊ギルドは、見た目こそあまり綺麗ではない――というか、正直結構あやしい感じの建物だった。入り口は半分地下になっていて、見た限り、窓の1つもない建物だった。その割に、手続き等は非常にスムーズに終わった。他の諸先輩に、何度か財布を掏られそうになったのは参ったが。そこは盗賊感をアピールしないで欲しいと、ハーヴェイは思った。盗賊とコソ泥は別なわけだし。たぶん。
幾つか特技の内容と、授業料と(盗賊ギルドでは上納金というらしいが)、習得期間を聞いて帰ってくると、まだアランとグレイは部屋に戻って来ていなかった。ローゼリットとマリアベルは部屋が違うから分からない。行ってみようかな、と思って、そういえば2人の部屋が3階のどこか知らないことに気付いたので、ハーヴェイは仕方なく寝て待つことにした。
うつらうつらしながら、今朝のローゼリットを思い出す。食堂で泣いているのを見た時には、本当に途方に暮れかけた。泣く必要なんて、何にもないのに。僧侶のように、あるいは多くの人のように、神に祈る習慣をハーヴェイは持たないけれど、思わず祈りかけた。どうかあの子がもう泣かなくてすみますように、と。何というか、ハーヴェイはローゼリットのことが好きだ。もう子どもの時からずっとそうで、これから先もずっとそうだと思う。うん。
納得していると、部屋のドアが叩かれた。おそらく、アランとグレイが帰ってきたのだろう。
「おーい、ハーヴェイ、寝てんのかー?」
グレイの声まで聞こえたので、仕方なく起き上がって2段ベットから降りる。
「ごめーん、寝てたー。今開けるー」
言いながら、それなりにごつい鍵を開く。猫の散歩道亭の鍵は結構立派だが、それでも現金を部屋に置いておくのはちょっと躊躇われる感じだ。今は、多分全員、現金を手持ちにしているが、今後どうしたものかと思う。掏られたりしたら困るし。
ローゼリットとかマリアベルが、あまり多額の現金を持ち歩いているのも心配だ。大公宮が運営する銀行があるらしいが、そろそろ行った方が良いかもしれない。
「とか思うんだけど、どうかな?」
鍵を開けてアラン達の顔を見るなりそんな事を言ってしまって、2人にぽかんとされる。
「……何が?」
グレイに尋ねられて、頷く。うん、こういう所が、グレイはいい奴だとハーヴェイは思う。アランは半目で遠くを見ている。ひどい奴だ。とりあえず立ち話もなんだしと、2人に部屋に入ってもらう。
「いや、盗賊ギルドに言ったら、僕の財布が結構危ない目にあったから。そう考えると、いつまでも全額手持ちじゃ危ないかもなぁと思って」
「あー、確かに、それはあるな。つーか怖えな、盗賊ギルド」
グレイに言われて、ハーヴェイは苦笑気味に答える。
「それ以外は普通だけどね。ビジネスライクって感じで、手続きとかはえらくスムーズだったけど」
「確か、大公宮が運営する銀行、あるらしいよな」
ハーヴェイと同じ考えに至ったらしいアランが言う。そうそう、とハーヴェイは頷いた。
「飯の時に話してみるのもいいかもな。まぁ、今回の加入料と、明日払う授業料でだいぶ減りそうだけど」
グレイに言われて、ハーヴェイは残金に思いを馳せる。
「……確かにそうかもね」
としか言いようが無い状況だった。
マリアベル達はまだ戻っていないそうなので(サリーに聞いたら、受付にまだ鍵が預けられていたそうだ)、部屋でそのままだらだら話す。
アランは、マリアベルと相談するらしいが、戦士の特技で味方の属性攻撃に追撃をする特技があるそうだ。魔法使いがいるパーティではかなり重宝する特技らしいので、それを取得しようと思っているらしい。グレイは、「ちょっと気が早いけどな?」と前置きはしていたが、後列の味方を庇うための盾特技を覚える予定だそうだ。性格出るよなぁ、とハーヴェイはにやにやしながら思う。
「上手くハマったら、そのうちグレイは聖騎士になるのも良いかもね」
ハーヴェイが言うと、グレイはちょっと渋い顔をして「職業名がなー。何か恥ずいんだよな」と言った。確かにそれは分からなくもない。凄いカッコイイ感じがする。
「あとは、まぁ、装備が揃えられたら考えるよ」
そう言って、グレイはまとめた。ハーヴェイは、と聞かれて、地味だけど、足音がまったくしないで歩けるようになるらしい『忍び歩行』と、強敵の位置を察知出来るようになる『警戒』を覚えようと思ってる、と伝える。
「2つも?」
驚いたように言うグレイに、ハーヴェイは頷く。
「上納金さえ納めれば、5日間で2ついっぺんに教えてやるって言われたんだよね」
「それはいいな。俺たちは、どっちも5日掛かるって言われた」
「まぁ、教わってからも、とにかく実地で使って慣れろって話らしいけどね」
その辺りは戦士も同じらしく、深く同意される。戦士が2人いるわけだから、ハーヴェイが無理に攻撃特技を覚えるより、補助に特化した方が強いよなーとか言う話になり、うーん、冒険者パーティっぽいなぁ、とか思ってハーヴェイは楽しくなる。
話していると、部屋の扉がまた叩かれた。いーれーてー、とかマリアベルの声が聞こえたので、扉に一番近かったグレイが開けてやる。
「ただいまー。魔法使いギルド、時間かかったよー。加入者あんまりいないからかなぁ。手続きってどうやるんだっけーって、すごく困られた。でも、ローゼリットまだ帰って来てないの」
悲しげにマリアベルはいい、「寂しいからしばらくいさせて」と言いながら、ベットに乱雑に乗せられた荷物を端に寄せて、開けたスペースに座る。
「マリアベル、良いところに」
アランが言って、早速覚えようとしている特技について話を始める。マリアベルは大喜びで頷いた。本人も気にしている通り、魔法は乱発が出来ないので、一撃で仕留められない敵に属性追撃がかかるのは強い。ハーヴェイや、グレイの覚える予定の特技も聞いて、マリアベルは楽しそうに言った。
「にゅっふー! パーティっぽいね!」
「ぽいっつーか、パーティだろ」
当然のようにアランに言われて、マリアベルは2回まばたきをしてから顔をほころばせた。
「そうだった!」
その後も、盗賊ギルドは泊まり込み(というか、野外で実地訓練らしい。緑の大樹ではないらしい)だとか、戦士ギルドは人数が多すぎて泊まる場所なんて無いらしいとか、魔法使いギルドも毎日帰れって言われたよー、とか話していると、また扉が叩かれた。
すぐにハーヴェイが開けてやると、何だか随分疲れた感じのローゼリットが立っていた。
「だ、大丈夫?」
「は、はい……」
あんまり大丈夫ではなさそうにローゼリットは頷いた。マリアベルの隣に座って、マリアベルに「よしよし、おいでー」と言われるなり、ぱたり、と倒れてマリアベルの膝に頭を乗せた。なんだか物凄く珍しい光景を見ているような気がした。
「……どーした、ロゼ」
アランに言われて、うぅ……、とか呻いてからローゼリットは答えた。
「先日、対応してくれた、方が、またいらっしゃって……」
言われて、マリアベルがすぐに思い至ったらしい。
「あの、すっごく声が大きいひと?」
尋ねると、ローゼリットは頷く。どうも、手続き自体はすぐに終わったものの、その後、随分と励ましなのか説教なのかその辺りを繰り返し説かれたらしい。「良い御方、でしたけど……」と蚊の鳴くような声でローゼリットは言った。『解毒』の魔法は教会に5日間泊まり込みで学ぶことになるらしい。
しかも、何故か件の僧侶――教師役の中の、責任者らしい――に見込みがあると言われ、彼がローゼリットの教師になることが、もう決まったそうだ。ローゼリットは既に泣きそうな顔をしていた。「にゅーん。頑張れ」と言いながら、マリアベルがローゼリットの頭を撫でる。
「そうなると、宿に残るのは3人か」
アランがちょっと考えながら言う。節約を考えるなら、1部屋返しても良さそうだが、既に前金を払って部屋を抑えていることと、もはや愛着が湧きつつあるので、手放したくないということで、今のまま2部屋借りておくことにする。
「それじゃあ、5日後だね」
ハーヴェイが言うと、全員が頷いた。いいパーティになってきたなぁ、とか、ハーヴェイは思った。