表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
1章 はじめまして
24/180

24

 当然、沐浴場はもう閉まっていたが、あまりに酷い格好だったのだろう。サリーが、お湯は入ってないけど、沐浴場を使って良いと言ってくれた。水だったが、髪や顔や手足を洗って、綺麗な服に着替えると、生き返るような気分だった。


 アランの方が先に引き上げたらしい。ローゼリットとマリアベルは並んで部屋に戻り、髪にタオルを巻いたまま、倒れるようにベットで眠り込んだ。


 次にローゼリットが目を覚ますと、どうやら、まだ朝のようだった。また朝、かもしれない。そんな気がしてくる。時計が無いので、もしかしたら昼かもしれない。耳を澄ますと、遠くから食堂の賑やかな声が聞こえるから、やっぱり朝だろう、と検討をつける。


 マリアベルの方を見ると、良く眠っている。良い夢でも見ているのか、幸せそうだ。起こすのも可哀想なので、静かに髪を梳かして、上着を羽織る。ふと見ると、部屋の隅に、迷宮では結局使わなかったパンと干し果物を食べた形跡がある。マリアベルは1度起きたのだろう。長靴(ブーツ)を履いても、まだ起きないので、マリアベルを置いて部屋を出ることにする。1本しかない鍵をどうするか悩んだが、鍵をかけてそのまま持ち出すことにする。


 ローゼリットが食堂に降りると、びっくりするくらい、普段通りの朝だった。冒険者達は、小山のように盛られた朝食を食べて、緑の大樹へ向かう。ぼんやりしたまま、最近定位置となりつつある、食堂の端の席に座って祈る。習慣とは恐ろしいもので、考えなくても祈りの文言は口から出てきた。朝の祈りが終わると、少し落ち着いて来る。


 サリーは、元気な奥様といった風だが、非常に客を良く見ているらしい。昨日酷い格好で帰ってきたローゼリットが1人で座っているのを見ると、ほんの少しの炒り卵に、パン1つ、それから、甘く煮た果物を「おまけだよ。ゆっくりお食べ」と言って出してくれた。


 何とかお礼を言えたはずだが、途端に涙が溢れてくる。迷宮では堪えられたはずだったのに。サリーは「あらあら」と言って頭を撫でてくれたが、ローゼリットが首を振って「他のお客様が……」と言うと、半分心配そうに、半分ほっとしたように、離れて行った。


 情けなくて仕方が無い。自分は僧侶のはずなのに、毒で倒れた仲間を見て、おろおろするしか出来ないなんて。しかも――最後は、諦めるべきか、などと思うなんて。


 しかし、こんなところでめそめそ泣いているのも情けない。ローゼリットは涙を拭うと、顔を上げてフォークに手を伸ばした。そうだ、食べて、飲んで、貯金はだいぶ溜まったから、しばらく緑の大樹に登るのは休んで、新しい特技を覚えに行こう。それから、また、マリアベル達と緑の大樹に登ろう。きっとマリアベルは諦めない。彼女は『迷宮を踏破する』と言ったのだから。グレイと――ハーヴェイは、この先どうするのか、分からないけれど。


 また落ち込みそうになったが、ローゼリットは強く目をつむって、えいっ、と炒り卵を口に運ぶ。おいしい。そう言えば、1日ぶり? 2日ぶり? の食事だったことに思い至り、ゆっくりと噛んで、飲み込む。


 ふと誰かが対面に座ったので、ローゼリットはそちらを見やった。


 基本的に、呑気に笑っている。時々、変に顔を赤らめている。今日は、基本形だ。


「……ハーヴェイ」


「やぁ。泣いたりして、何かあったの?」


 ローゼリットが崩れ落ちそうになるほど、ハーヴェイは呑気な笑顔だ。死にかけていたくせに。そう思うと、また泣きそうになる。慌てて強く目をつぶって首を振る。


「いいえ、何も」


 嘘だ。びっくりするほど、つまらなくて、意味がない嘘だ。


 マリアベルみたいになれたらな。と思わなくもないが、きっと無理だ。


「そっか」


「はい」


 頷いて、そぅっと目を開ける。ハーヴェイは、呑気に微笑んでいるが、まだちょっと顔色が悪い。多分、昨日買ったのだろう。見たことが無い服を着ている。いつもの短剣は持っていない、と、思う。皮の手袋のような、防具も身に着けていない。まぁ、朝食の時はいつもそうだが。


 ハーヴェイは何も言わない。ただ、何か言いたそうな顔をしている。ローゼリットは身体を固くする。何を言われても、耐えられるように。例えば――「僕、故郷に帰るよ」と言われても、「そうですか、今日までありがとう。道中気を付けて」と送り出せるように。出来れば、気の利いた言葉も添えられるように。


 沈黙に耐えられなくなって、ローゼリットはパンを千切って口に運ぶ。ほんのり温かくて、おいしい。


「おや、おはようハーヴェイ。なんだ、他の子は寝坊かい? この子が1人でいるから、あんたたち、何かあったんじゃないかと思ったよ」


 極めて明るく言って、サリーがハーヴェイの前に皿を置く。その言葉が気遣いであるのを示すように、ハーヴェイの食事も普段の半分程度の盛りだった。


「おはようございます。ただの寝坊ですよー。アランもグレイも全然起きなくて。今日はどうしようもなさそうだから、迷宮の探索再開は、明日からですね」


「あらあら、仕方ないわねぇ。まぁ、たまには綺麗な格好で、ミーミルの街でも観光したらどうだい。南部に行ったことはある? 田舎だけど、それなりに歴史のある街だから、幾つか見どころもあるわよー」


「本当ですか。じゃ、後で行ってみようか、ローゼリット」


 色々な事を1度に投げつけられて、ローゼリットはぽかんとしながらも、頷いた。慌てて、「それも、いいかもしれませんね」と付け足す。


「まぁ、ゆっくり食べてから考えなさいね」


 サリーはそう言って、他の客の給仕に戻る。ハーヴェイはじゃっかん気まずそうに笑って、言った。


「……全部、言っちゃったけど、ね?」


「……はい」


「グレイは昨日の夕方から、おおむね平常運転だし、僕もだし。アランとマリアベルなんて、僕たちの服買って来てやるよとか言って出かけたと思ったら、ぜんぜん帰ってこないし。2人で酒場行って酒飲んで帰ってきたし。元気すぎるよね。良いことだけどさ……だから、ロゼ、1人で泣いたりしなくていいんだよ。また、明日から、みんなで緑の大樹に登ろう」


 また、明日から、みんなで。


 その言葉に、ローゼリットは自分でも驚くほど安心した。


 ローゼリットは、頷いて――おや、と思って、こんな時だが首を傾げた。ハーヴェイは気付いたか、みたいな顔をして言った。


「あ、そうだ――ロゼって呼んでもいい?」


 どこかで聞いたようなことをハーヴェイは言い出して、ローゼリットは微笑んだ。


「ロゼはだめ」


「そっかー、残念だなー」


 ハーヴェイは、やっぱりどこかで聞いたようなことを言った。言葉通り、やけに残念そうだったが。


 お互いゆっくりと食事を取ってから、ハーヴェイはアラン達を置いて、ローゼリットはマリアベルを置いて部屋の鍵を持ってきてしまったので、ひとまず部屋に戻ることにする。ハーヴェイの足取りは問題なさそうに見えたので、ローゼリットはほっとする。高位の僧侶の特技になると、失った血の分もかなり回復出来るらしい。


「それじゃ、昼になったら全員で集まろうか? その頃にはマリアベルも起きて来るよね」


「そうですね。もう起きていて、鍵が無くて困っているかも」


 そう言うと、何だか心配になってくる。2階でハーヴェイと分かれて、足早に部屋へ向かう。


 ローゼリットが部屋に戻るなり、マリアベルが、にゅあー! とか割と奇声を上げて抱きついてきた。


「わ、ま、マリアベル、どうしました?」


「どうしました、じゃ、ないよー!」


 マリアベルは珍しく憤慨している。いつも手放さない魔法使いの杖が、放り投げられて床に転がっていた。


「もー、ローゼリット、丸1日起きなかったんだよ!? 心配したよ!! グレイよりローゼリットの方がよっぽど重症だよ! 頑張り過ぎだよ! なのにあたしが起きたらいないし!」


「む……むぅ……それは、大変失礼しました……」


 ハーヴェイの話から、もしかしたら、一番寝坊していたのはローゼリットかもしれないと、うっすら思っていた。実際その通りだったようだ。にゅーん、と唸っているマリアベルの頭を撫でてから、ふと思いついてローゼリットは言う。


「アランと酒場に行ったけど?」


 ちょっと意地悪だったかな、とかローゼリットは思ったが、マリアベルは「にゅ?」と言って顔を上げるとチェシャ猫みたいに笑って言った。


「ハーヴェイに聞いたの?」


「ハーヴェイに聞いたの」


 ローゼリットが頷くと、マリアベルはチェシャ猫みたいな笑顔のままだったが、「でもねぇ、心配したのは、本当だよ」と言った。


「知ってます」


「ならばよろしい」


 ローゼリットが素直に頷くと、何故か偉そうにマリアベルは言った。ローゼリットから手を離すと、床に転がった杖を拾いながら言う。


「酒場にはねぇ、行ってきたよ。アランは目つき悪いけどね、でも2人で頑張って他の冒険者に話しかけてみたよー。お酒奢ったら、色々教えてもらえた。ミーミルの街の職業ギルドがどこにあるかとか。戦士ギルドとね、盗賊ギルド。やっぱりあるって」


 くるりと振り返ると、魔法使いのローブの裾が揺れる。マリアベルは普段着では無く、魔法使いのローブを着て、黒い三角帽子を被っていた。休んでる暇はないよぅ、とか言わんばかりだ。


「僧侶は分かりやすいよね。教会あるし。行ったし。授業料――じゃないや。寄付金? 心付け? 渡せばね、僧侶の特技もあの教会で教えてもらえるんだってさ。それにねぇ、さすがミーミル、冒険者のいっぱいいる街だからね、魔法使いギルドもあるんだって。他の魔法使いなんて、師匠以外あんまり知らないから、行ってみたいなぁ」


 ローゼリットが寝込んでいる間に、マリアベルとアランは随分頑張ったらしい。特にアランが、とローゼリットは思う。見知らぬ人に声を掛けるのはハーヴェイが得意だ。というか、ローゼリットもアランも苦手だ。だから、3人の中ではいつの間にかそういう分担になっていたのに。


「……もっとねぇ」


 こういう瞬間に、マリアベルは魔法使いだな、とローゼリットは思う。窓を背にして立って、ふわふわした金髪は差し込む日の光できらきら輝いているけれど、不思議と表情は良く見えない。黒い魔法使いの帽子の下で、マリアベルは口元で微笑んで言う。


「あたし、いろいろ、できるようになりたいんだ。アランもね、そう言ってた。特技を覚えるとか、それだけじゃなくて、もっと、いろいろ」


 マリアベルの言葉を噛み締めるようにして、ローゼリットは頷く。それを見てマリアベルは、にゅふ、とか嬉しそうな声を上げて言った。



「だから、一緒に頑張ろうね、ローゼリット」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ