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しばらく休んで、ローゼリットがマリアベルを何とか泣き止ませてから、すぐにミーミルの街の教会にグレイとハーヴェイを担ぎ込んで行った。
対応してくれたのは、すさまじく頼りになりそうな、厳つい大男の僧侶で、2人を見るなり「蝶の毒にやられたか!」と辺りに響き渡る大声で言って、『解毒』の術を使ってくれた。
安心したのか、またぐすぐす泣き出したマリアベルから料金――もとい、『謝礼の寄付』を受け取ってから、大男の僧侶は優しい声で、今晩は2人を教会で休ませると良い、と提案してくれる。ありがたく、僧侶の言葉に甘えることにして、教会の1室を借りる。万が一の時には、呼べばすぐに誰かしら僧侶が駆けつけてくれるだろう。
緑の大樹の迷宮に入っていた時間としては、今日までで最短のはずだが、未だかつて無いほど疲れ果てていた。猫の散歩道亭に帰る気力ももう無かった。アラン、マリアベル、ローゼリットの3人も、グレイ達と同じ部屋の床や椅子で眠り込んでしまう。
疲れ果てていたが、夢――は見たような気がした。あまり楽しい内容では無かった気がするから、アランは思い出さないように努める。
教会の1室なので、いつもに増して、教会の朝の鐘が響き渡っている。アランが目を覚ますと、普段は眠りの浅いローゼリットも、何となく寝起きが良さそうなマリアベルも、まだ椅子の上で眠り込んでいた。
床に座り込んで寝ていたせいか、関節が痛い。出来るだけ音を立てないようにして、アランは立ち上がる。グレイもまだ眠っているようだった。口元の血はタオルで拭ったが、服は買い替えるしか無いような汚れ方だ。だが顔色は随分良くなった。ハーヴェイを見ると、一気に力が抜けた。
ハーヴェイはしばらく前に目を覚ましていたのか、真剣な顔だ。真剣な顔で、ベットの脇に置かれた椅子で眠るローゼリットの頬に手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めて、やっぱり伸ばして、ちょっと髪に触って、慌てたように手を引っ込めた。
「おーまーえーはーなー!!」
あまりのウザさに、グレイ達が寝ていることも一瞬忘れてアランは叫んだ。殴ってやろうかとも思ったが、グレイと同じく、ぞっとするほど服が血で汚れているのを見て、何とか堪える。
「わっしょい!」
何が言いたかったのか、ハーヴェイまで大声を上げて、ローゼリットとマリアベルがびくっと震えてから目を開いた。グレイも起きたようだが、何となく察したらしい。適応能力の高い奴だよな、とアランは思う。
「アラン。ここ、病室ですから……」
何が起こったのかは分かっていなさそうだが、ローゼリットが目を擦りながら、まっとうな事を言い出す。いや、半分以上はお前の為だぞ? とかアランは思わなくもないが、黙っておく。
「うー、あさ……?」
マリアベルも目を擦って、辺りを見回して、自分がどこにいるか思い出したらしい。こわごわとグレイのベットを覗き込んだ。
「グレイ……?」
「生きてるよ」
照れ隠しなのか何なのか、多少ぶっきらぼうにグレイが言うと、う、にゅあ……、とか呻いてマリアベルは魔法使いの帽子を深く被ってしまう。ローゼリットが肩を抱いてやると、マリアベルは黙って何度も頷いた。アランですら思わずその様子をみてほっこりしてしまったのだから、ハーヴェイを見ると別の意味で死にそうな顔をしている。
騒いだ所為か、夜に対応してくれた僧侶とは別の僧侶がやってきて、アランとマリアベルとローゼリットは追い出された。朝の光を浴びてお互いを見ると、3人の服も、冒険者の街とは言え、街中を歩くには物騒すぎるほど血で汚れている。仕方なく、全員上着やローブを脱いで丸めて持つ。
「宿、戻るか」
アランが目を細めて言うと、マリアベルとローゼリットは黙って頷いてから歩き出す。寝不足のせいか、やけに眩しい。とぼとぼと歩きながら、ローゼリットが小さな声で言った。
「……私、『癒しの手』の他にも、魔法、覚えたいです……『解毒』、ですとか」
ローゼリットが歩く度に、しゃらり、しゃらり、と錫杖が音を立てる。マリアベルも杖を握り締めて、頷いた。
「……あたしは、1階の探索で、もっと、何回も、魔法、使えるようになりたいな」
決意表明。2人の言葉を聞いて、アランは思わず立ち止まって天を仰いだ。
何だかもう、笑うしかない。
こみあげて来る笑いをこらえずに、アランは2人の頭に手を乗せてかき回した。
「ちょっ、なんですか、アラン!?」
「にゅいー!?」
「いや、お前らかっこいいな、と、思って」
正直、もう、冒険者なんてやめると、言い出すかと思ったのだ。
マリアベルの事情は、アランには分からないが、ローゼリットの事情は知っている。やめたければやめればいいのだ。冒険者など、それなのに、真っ先に、他の魔法を覚えたい、と来た。
「何がですか!?」
「かっこいいと思うなら、讃えてよー!」
ローゼリットは困惑したように言い、マリアベルはするりと逃げ出して抗議した。
寝不足でハイになってるのかな、俺、とかアラン自身思うくらい、笑いながら猫の散歩道亭まで帰った。




