21
夕方に緑の大樹に向かうのは、変な気分だ。まぁ、昼間に寝ていたのも、変な気分に拍車をかけたが。
何となく、朝はいつも通り起きてしまって、宿代に付いているし、という貧乏性な理由で朝食を食べてから――マリアベル達も、同じ理由で朝は降りてきていた――夕方までどうする。寝るか、という話に男部屋では落ち着いて、熟睡は出来ないけれど、うつらうつらしていたら、夕方マリアベルに叩き起こされた。
「もー、あたしが迎えに行ったら、まだ全員寝てるんだもん」
呆れたような口調だが、愉快そうにマリアベルは言った。普段の2割増しくらいで足取りが弾んでいる。夜の緑の大樹探索が楽しみらしい。
男どもが寝こけていたため、多少出発が予想よりも遅くなった。辺りは既に暗くなっている。中に入ったからもたついてもね、という話になって、迷宮の入り口でランプに火を着けた。マリアベルはミーミル衛兵に、一応、冒険者証明証を見せに行き「行ってきます!」と元気に言った。どうやらグラッドがいたらしい。グレイ達にも手を挙げてくる。全員で、グラッド(たぶん)に一礼してから緑の大樹の迷宮内部に入る。
もう、それなりに何回も通った場所だが、夜の緑の大樹はまた知らない顔を見せてくれた。迷宮の内部は、意外と明るい。月明かり――だけではとても足りない。木々にこびり付いたコケや、所々に咲いた花が、うっすらと光っている。
「ふわぁぁ……」
マリアベルがため息のような声を漏らす。他の4人も、圧倒されて、しばらく不思議な光景に見入る。ぽかん、と道の隅っこで口を開けていると、他の冒険者パーティが「大丈夫かー、新米」と笑いながら通り過ぎて行った。おそらく2階へ続く、階段らしきものがある道の方だ。
「頑張ります!」
我に返ったマリアベルがそう言って手を振ると、先輩冒険者たち6人のうち、4人は手を振り返して「おー、頑張れよー」と言ってくれた。
ランプを持ったハーヴェイが先頭を進む。事前に、何か所か水の気配がある所を選んでいたので、その地点に向かうことにする。そろそろ勝手知ったる1階なので、ハーヴェイの足取りも滑らかだ。一応、地図を持っているローゼリットに、所々で進む方向を確認しているが、確認というより、話しかけたいだけだろ、という気がしなくもない。
途中で、モグラ2匹に遭遇して、視界の悪さに多少もたついたものの、大きな怪我も無く切り抜ける。これは大丈夫そうだと頷き合って、引き続き進む。
「ピンチになった冒険者を、救ってくれる水、らしいよー」
マリアベルは、ちょっと不吉だが、グラッドに教わった通りの言葉を言う。
「何だろうなー。やたら敵が出る場所に沸いてる水なのか?」
アランが首を傾げながら言い、ランプを持ったハーヴェイも言う。
「迷って水が尽きた冒険者の前に、湧き出る水とか」
「にゅー、怖いこと言わないでよぅ。地図があるんだから、迷ったりしないよー」
やはりランプを持ったマリアベルが口を尖らせる。「ねー?」と言いながらローゼリットに同意を求める。地図を持ったローゼリットは頷いて、「今更、迷ったりはしないと思いますよ」と言った。更に、地図を確認してから、ローゼリットは前方を指差して言う。
「もうすぐ、1か所めの――」
言いかけて、慌てて地図を仕舞って錫杖を構えた。
「――敵です! 蝶、3匹!」
鋭く言われて、慌ててハーヴェイがランプで前方を照らす。ばさり、と、蝶がハーヴェイに向かって鱗粉をまき散らした。青い蝶、だと思う。が、1匹は羽の色が濃いように見えなくもない。暗い所為で、そう見えるだけかもしれない。
「アラン、左の2匹を、グレイは右の2匹を引き付けてください。マリアベルは『雷撃』の詠唱準備を! ハーヴェイはランプを、こちらへ!」
「おぅ!」
「まかせろ!」
口々に言って、アランとグレイは蝶に向かっていく。
「分かったよー!」
マリアベルも凛々しく答えて、詠唱に掛かる。
不思議とハーヴェイだけは返事もせずに、口元を抑えながらランプを持って後ろに下がる。足取りが、何だかおかしい。
やはり、アランが受け持った2匹はただの青い蝶のようだった。アランは出来るだけ鱗粉を吸わないようにしながら、『激怒の刃』を使って手早く1匹叩き落とす。
「……ハーヴェイ?」
ローゼリットは不思議そうにハーヴェイの名前を呼んだ。いつもだったら、この時点でアランの落とした蝶へ追撃に掛かっているはずだ。が、マリアベルの詠唱が終わりそうになったので、妙に苦戦しているグレイに言う。
「グレイ、下がってください! マリアベル、右の蝶に!」
マリアベルは、グレイが下がったのを見て、すぐに魔法を発動させた。
「Goldenes Urteil wird gegeben!」
やはり、蝶だ。トルフェナの魔法と相性が悪いらしく、1撃で動かなくなる。マリアベルが、妙に気合を入れて魔法を発動させたことも、ある。アランがその間に、最後の1匹を叩き落としたのを見て、ローゼリットは頷いてから、ハーヴェイに向き直った。
「ハーヴェイ?」