20
「そりゃ、まぁ、見つからんな。俺たち」
猫の散歩道亭で、男部屋に集まって今日の成果を全員で共有すると、アランが腑に落ちたように言った。
ローゼリットは、自分が出て行ってから初めて男部屋に入り、自分が使っていた場所が誰かに使われているのをみて、じゃっかん微妙な顔をしている。誰かというか、多少置いてある私物でハーヴェイだとばれている、気がする。
マリアベルは、ローゼリットと並んで荷物置きのベットに座って――いたのだが、いつの間にか靴を脱いで横になって、ローゼリットの膝に頭を乗せている。ローゼリットはそっちの方を気にするべきだとグレイは思うが、それはあんまり気にしていないようだ。2段ベットの梯子に腰掛けているハーヴェイはすっげぇ羨ましそうだ。いつか叶うと良いな、と、ここまで来るといっそ寛大な心でグレイは祈ってやる。
「だからねー。今度は朝からじゃなくて、夕方から出発してみるのはどうかなー?」
マリアベルが横になったままで言う。
そう。グラッドから話を聞いて、言われてみれば、いつもグレイ達が帰る頃に緑の大樹へ向かう冒険者も少なくなかったことに、改めて思い至った。夜しか手に入らない物や、現れない敵もいるのだろう。
しかし、朝から続けて入って、初めての夜の緑の大樹の迷宮を探索するのはリスクが高い。
そんなわけで、食堂からの帰り道にハーヴェイとグレイとマリアベルの3人で話し合った結果は、シンプルに“夕方から入ろうか”だった。
「そうだよな、疲れて来たところで、そのまま夜にうろつくのもな」
アランも特に異論は無いようだ。
「ランプを用意した方が良さそうですね」
ローゼリットの提案は、更に具体的だ。
「そっか、片手ふさがるな」とグレイが言うと、「全員で持たなくても良いんじゃない?」とハーヴェイが応じる。「スルヴァちゃんの魔法もあるよー」とマリアベルが言うが、それは魔力が勿体無いということで他の4人に却下される。
やいのやいの話して、結論として、とりあえず2つランプを購入して、ハーヴェイとマリアベルが持ち、戦闘になったら戦闘中あまり動かないマリアベルの傍に2つとも置くことにする。最悪、視界が悪くてどうにもならない場合は、マリアベルの言う“スルヴァちゃんの魔法”を頼ることに決めた。
明日の夕方から挑むことにして、今日は、急遽必要になったランプを買いに行くことにする。あまり働いていないから、と、ローゼリットとアランが出かけようとするが、ハーヴェイの目力でアランは残ることになった。
「……ハーヴェイ、働き過ぎでは?」
「いいのいいの、さ、行こうか」
ローゼリットは怪訝そうな顔をしていたが、やけに元気になったハーヴェイがローゼリットの背中を押して言う。ランプの代金は、ひとまずローゼリットが立て替えて、後で5人で割り勘にすることにした。
「……ローゼリットは、ぜんぜんその気が無いらしいけどねー」
荷物置きのベットで、にゅおー、とか変な声を上げて伸びをしながら、けっこう残酷なことをマリアベルが言った。
「何だ、お前らもするのか、女子トーク」
グレイさえ、何となくそんな気がしていたから、アランはとっくに気付いていたのだろう。驚くことも無く、むしろからかうようにアランが言うと、ツボだったのかマリアベルが「にゃはは、女子トーク」と呑気な笑い声を上げる。しばらく笑って満足したのか、むくりと起き上って、魔法使いの帽子を被り直すと、チェシャ猫みたいな笑顔でマリアベルは言う。
「するよぉ、女子トーク。詳細は、教えてあげないけどね。それじゃ、また明日」
ふわふわの髪を、動物のしっぽのように揺らしてマリアベルは出て行った。
「……何か、マリアベル、最近、魔法使いっぽくなってきてないか」
魔法使いっぽいも何も、始めからマリアベルは魔法使い以外の何物でもないのだが、何となく、アランの言いたいことが理解できて、グレイは頷いた。
「うーん、ほにゃっとしてるけど、良く見るとあいつ、すげぇ魔法使いっぽいんだよ。だから、マリアベルがって言うより、アランが見慣れてきただけだと思う」
「なるほど、元からか」
アランは至極真面目な顔をして頷いた。こういう瞬間に、アランも、ハーヴェイも、良い奴だなぁとグレイは思う。
「ん、どした?」
グレイが変な顔をしていたからか、アランが尋ねてくる。グレイはちょっと首を振って、「何でも」と言った。