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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
5章 女神さまに会いに行こう
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5-34

 1階の、入口と言うか、出口と言うか。木の裂け目が見えた。


 そこで、ぎゅぅっ、とマリアベルに腕を引っ張られてグレイは足を止めた。何? とか言う前に、掠めるように頬に柔らかい何かが当たる。


「グレイ、今までありがとう――大好き!」


 マリアベルは笑っている。幸福なチェシャ猫みたいに。笑って足を止める。迷宮の中に。


「ローゼリットもアランもハーヴェイもリゼちゃんも大好き!」


 マリアベルはグレイから手を離して、迷宮の広間に戻っていく。


 1日の最後の光の中で、マリアベルの白い顔が金色に輝いていた。


 聡明なローゼリットとリーゼロッテの双子は何かに気付いたのか、揃って息を飲んだ。


 だけどグレイには訳が分からない。


 ようやく迷宮を踏破したのに。


 ようやくローゼリットを取り戻したのに。


 あの妹を溺愛してる兄さんのところに報告に行かないで、あんなに世話になったグラッドやマーベリックに報告に行かないで、猫の散歩道亭のサリーに、ギルド“ゾディア”のアレンやマリゴールドやローズマリーやアルゼイドに、大公宮の老大臣に、あぁ、そうだ。今日までミーミルで出会って、託したり託されたりした多くの人達に何も言わずに、何処へ行くつもりだ。


 マリアベルは笑って、魔法使いの杖を地面に突き立てた。杖を中心にして、くるっと一回転する。


 長い金髪がふわりと広がって、黒いローブの上に落ちた。


 魔法使いは、高らかに告げる。



 

「雷帝トルフェナ、炎王スルヴァ、氷雪姫ヘーレ!

 あなたたちの寵児、マリアベル・ハリソンは成し遂げました!」



 

 うん、やったよ。


 マリアベルは頑張った。


 もちろん俺もアランもハーヴェイもリーゼロッテもローゼリットも。


 だから良いだろ。

 

 みんなで穴熊亭に行って夕飯を食おう。


 猫の散歩道亭で寝よう。


 グレイ達はちっとも多いと思わなくなった芋だらけの朝食を、ローゼリットとリーゼロッテの分だけみんなで分け合おう。

 

 なぁ。

 

 マリアベル。



 

「この名を天に、この身を地に、この力をあなたたちにお返しします!

 ただ、この誇りは、この幸福は、この愛だけは――未来永劫、あたしのものです!」


 

 

 止めろって。

 

 

 高らかに告げて――マリアベルは子供が転ぶみたいに、ぽてっ、と地面に倒れ込んだ。


「マリアベル……?」


 アランが呆けたような声を上げる。


 はっ、とハーヴェイが息を飲んだ。それから、分かっていないのか……まぁ、分かりたくないのか、認めたくないのか、足音を立てずに、つまりいつもの調子でマリアベルに歩み寄る。


「マリアベル、どしたの急にー。転んだりして、大丈夫?」


 だけどマリアベルは答えない。


 迷宮の柔らかい草の上に、うつ伏せで倒れている。


 こんな時まで魔法使いの杖を手放さずに。


 ハーヴェイは半分笑いながら、マリアベルの傍らに立ち尽くした。


「……マリアベルっ!」


 悲鳴みたいな声が聞こえた。誰かと思ったら、グレイの声だった。


 

 転んだだけだ。


 疲れただけだ。


 

 気を張っていたのが、出口について糸が切れただけだ。それだけだ。

 

 頼むから。

 

「マリアベル……マリアベルっ!?」

 

 マリアベルを抱き起こす。マリアベルは笑っている。幸福なチェシャ猫みたいに。今まで見たことがないくらい穏やかに。


「マリアベル……おい、やめろって……何だよ、何だよそれはっ!?」


 揺さぶってみる。


 何とか引っ掛かっていた魔法使いの黒い三角帽子が地面に落ちた。


 でもマリアベルは文句も言わない。


「何だよ……やっと迷宮踏破したんだろ! ローゼリットに会えただろ! 何やってんだよマリアベルっ!?」


 頬っぺたを引っ張ってみる。にゅいー! 伸びる! とか怒って言って欲しくて。


 でもマリアベルは目を開かない。


 マリアベルの顔の上に水滴が落ちた。


 ぬぐってみる。


 また落ちた。


 グレイの涙らしかった。


「マリアベル、頼むから……」


 ぎゅぅっ、と細っこいマリアベルの身体を抱き締めた。まだ温かい。まだ、と思ってしまったことに、目の前が暗くなる。


「頼むから……」


 誰に何を頼むのか。


 女神の眷属たる竜さえ倒して願いを叶えたグレイ達が。


「マリアベル……!」


 リーゼロッテが頭を抱えて悲鳴のような泣き声を上げた。


 え、嘘でしょ、嘘だよね……? ハーヴェイがマリアベルを挟んでグレイの正面に座ってすがるように言う。


 アランに支えられるように歩いてきたローゼリットが、ハーヴェイの隣にへたりこんだ。


「マリアベル……?」


 グレイに抱き抱えられたマリアベルの頬に手を伸ばして、ねぇ起きて、と言いたそうに柔らかく叩いた。


「ねぇ、マリアベル……? 私に迷宮の話を、してくれるって、言ったじゃありませんか……?」


 ぽたたっ、とローゼリットの青い瞳から涙が零れた。

 

「ねぇ、マリアベル……!?」

 






 

 ――こうして俺と、マリアベルの冒険は終わりを告げた。





 


 

 その先の事は、たいして面白くも無いからしるすのをやめようと思う。


 これは、本当の、本物の、小さな魔法使いが、精霊たちと、自分自身の願いを叶えた物語。


 

 この記録を、愛しきマリアベル・ハリソンに捧げる。

 

 

 グレイ・クロムウェル

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