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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
5章 女神さまに会いに行こう
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5-33

 とはいえ、たぶんかなり性悪な(罰が当たりそうだからグレイはけっして口に出しては言わないけれど)運命の女神さまたちの迷宮だ。何が出て来てもおかしくない。ローゼリットへの説明もそこそこに、泣いて泣いて、もう呪文なんて唱えられそうにもないマリアベルが放り出した獣避けの鈴をアランが拾って、登って来た階段をすぐに下りはじめる。


 階段に入ると、少し落ち着いた。そこでようやくリーゼロッテがいることに気が付いて、ローゼリットはびっくりしていた。


「リゼ……?」


「そうですわ! もうっ! ロゼのおばか! 寝ぼすけ!」


「む、むぅ……?」


 ローゼリットはかなり釈然としない顔だったけれど、アランがぽつり、ぽつりと事情を説明し始めると、顔を青褪めさせた。


「1年、も……?」


「そーだよ」


 アランはぶっきらぼうに答える。だけど、その声には涙が混じっていた。そりゃそうだ。アランにとっても、ローゼリットは大事な仲間で、従兄妹だったのだ。


「……たくさん心配を掛けて、ごめんなさい」


 自身にしがみついて離れないマリアベルの髪を撫でて、ローゼリットは言ったけど、マリアベルは凄い勢いで首を振った。


「いいの。こうして、また起きてくれたから、何でも良いの」


 ほろほろと泣きながら、それでもマリアベルは笑う。


 色々限界が見えていたので、そのまま階段の中で1晩を明かすことにした。食料は、ギルド“ゾディア”のお陰でまだ何とかなる。


 食べながら、マリアベルは船を漕ぎ、リーゼロッテは食べる前にダウンした。グレイが食事をしようとして兜を外すと、ローゼリットがほっとしたように笑う。


「……グレイ」


「うん」


「誰かと思っていました」


「あ」


 確かに、ハリソン商店から贈られた武具のお陰で、1年前とは比べようも無いくらい立派な外見になっていたんだった。


「それもそうか」


「冗談です」


 くすくすと笑って、ローゼリットは目を細めた。


「グレイだって、すぐに分かりました。鎧はすごく立派になりましたけれど、マリアベルの、私達の、頼れる盾役タンクだって」


「なら、良いんだけど……」


「でも、すごく背が伸びましたね」


「あー、うん、伸びた」


 背は、伸びた。


 でも、本当に良かった。


「……俺だって気付かれなくなっちゃうくらい、時間が掛かったらどうしようかと思ってた」


「グレイ達は迷宮を踏破して、女神様はご褒美に私を目覚めさせてくださった」


 相変わらず言葉の足りないグレイの発言を、ローゼリットは正確に酌んでくれた。


「そう……本当に、良かった」


 何にも考えずに、手を伸ばす。ローゼリットは、グレイの手を握り返してくれた。


「私を起こしてくれて、ありがとうございます。グレイ達は、私の王子様ですね」


 あ、それはハーヴェイに言ってやって……! グレイより2段下に座っているハーヴェイは、死にそうに羨ましそうな顔をしている。いや、達だから。ハーヴェイも含まれてるから!


 ということは言えないので、グレイは神妙な顔で頷く。


「どういたしまして」


「ふふ、やっぱり、グレイはグレイですね」


 ローゼリットはおかしそうに笑った。


「そうかな?」


「そうです。もっと偉そうな顔をすればいいのに」


「出来なくて……もっと、偉そう、ではないにせよ、ギルド“ゾディア”の聖騎士アレンさんみたいに、雰囲気と言うか、威圧感と言うか、かっこいいオーラを出せればいいんだけど」


「かっこいいオーラを出したグレイ」


 ローゼリットが頬っぺたに手を当てて、繰り返す。その顔が、ほんのり赤く染まっていた。くふっ、とか、ぶふっ、とか、船を漕いでいたくせに、にゅふっ、とか――つまり、ハーヴェイとアランとマリアベルが笑いを漏らす。


「か……っ、かっこいいオーラを出した、グレイ……!」


 眠っているリーゼロッテに遠慮して、小声、とは言え、その場で足をばたばたさせてマリアベルは爆笑している。


「いや、でっ、出てる。もう出てるよグレイ! グレイはかっこいいよ!」


 かなり疑わしい事をハーヴェイが言い出す。というか、やっぱり爆笑してるから全然信憑性が無い。一番上の段で、アランも爆笑していた。何だよ、もう。


「んぅ……っ?」


 とうとうリーゼロッテが起きてしまって、マリアベルが笑いながら「グレイが、グレイがかっこいいオーラを出すって、出したいって!」とか言うと、リーゼロッテは顔を真っ赤にして「グレイはかっこいいですわ!」とかフォローしてくれて居たたまれなくなる。


 6人で笑ったり怒ったりして、それから眠る。


 19階からは、ローゼリットを中心にして、とにかく獣避けの鈴を鳴らす。鳴らしまくって進む。それでも出て来る仙人掌サボテンに、マリアベルは容赦なく炎竜の鱗で強化済みの『火炎球フレイム・ボール』を放って、アランが危なげなく『属性追撃』を合わせた。仙人掌が棘を飛ばす間もない早業だった。2人とも、スイッチ入ってるなー。氷竜戦で、2人とも、一段上に登ったみたいだった。


 水溜まりを飛び越えながら、黄金と紅の迷宮を通り抜ける。


 霧掛かった花散る迷宮に辿り着くと、ほっとした。ローゼリットは初めて見る迷宮なので、はらはら舞い散る花の美しさに目を奪われているみたいだった。


 氷雪の迷宮まで降りて来ると、本当に安心できた。いや、迷宮で安心すると酷い目にあったりするけど。でもまぁ、さすがに12階だ。さすがに12階と言えるくらいには、“エスペランサ”は強くなっていた。


 マリアベルもリーゼロッテもハーヴェイも、12階まで来ると、かなり口数が増えた。


 たくさん、たくさん、話をした。


 迷宮にどんな生き物がいたか。彼等はどんなに美しかったか。迷宮の中で見つけた食べられる植物が、どれだけ美味しかったか。炎竜との戦いで、氷竜との戦いで、ギルド“ゾディア”がどれほど強かったか。


 良い事ばっかりじゃない。“桜花隊”を、“カサブランカ”を等しく襲った悲劇や、惨劇のことも、少しだけ話した。いつかは知られる話だろうから、グレイ達の口から語りたかった。


 10階に降りると、噂通りと言うか、何と言うか――あんなにも巨大だった氷竜の死骸は、跡形もなく消えていて、マジかよってなる。そういえば、マリアベルしか氷竜の鱗を採らなかったな。お金、は良いけど、マーリンさんに持って行きたかった気がする。


 もはや、急ぐ旅でもなし。8階に降りて雪が消えると、また野営をした。マリアベルはかなり小器用になっていて、超極小の『氷槍アイスランツェ』を鍋の中に放って、『火炎球フレイム・ボール』の焚火で沸かして、そのままお茶にする。


「マリアベル、凄いです!」


「にゅっふーん!」


 ローゼリットに褒められて、マリアベルは誇らしげだ。1年前とまったく変わらない調子で、マリアベルは座るローゼリットの膝の上に頭を乗っける。ローゼリットも、1年前とまったく変わらない調子で、マリアベルの髪を撫でた。


「ねぇ、マリアベル。たくさん、お話してくれましたけど、でもきっと、1年の間にはもっと色々な事があったのでしょうね――私に、全部、教えてくれませんか?」


「……いい、よぉ」


 マリアベルは幸福な猫みたいに笑う。


「約束ですよ」


「にゅーふふっ!」


 笑って、マリアベルは目を閉じた。


 7階に降りると「ここは私も知っています」とローゼリットが微笑んだ。「そうねぇ」と痛みを堪える様に、マリアベルがローゼリットと手を繋ぐ。「大丈夫ですよ」とマリアベルを宥めるみたいにローゼリットが囁いた。


「そうねぇ、もう、大丈夫ねぇ」


 でもまぁ縁起が悪すぎるので、サイクロプスがいる場所は避けて、6階を目指す。6階の大広間には、炎竜戦以降、人が寄り付かなくなった。6階の気温は高いけれど、どことなく寒々しい大広間を6人で通り抜ける。


 5階のキマイラは、もはやグレイ達には寄って来なくなっていた。探して追いかけて、倒せなくもないけれど、わざわざそんな事をするほど暇でも無い。ミーミルでは色んな人が、“エスペランサ”を待っていることだろう。っていうか、教会から、突然ローゼリットが消えてしまったことになるんじゃなかろうか。それは大変だ。


 4階のカマキリを見てローゼリットは身体を固くしたけど、マリアベルとアランは誇らしげに武器を掲げた。「何だったら狩るぞ」「にゅふふ、やっつけちゃうよー!」とか偉そうな事を言っていたけど、リーゼロッテに「やめましょう」と諌められて大人しくやめる。


 3階のキノコ祭りを通り抜け、2階の暴れ大牛を避けて進み――そうして、グレイ達は帰って来た。


 長い旅だった。


 本当に、長かった。



 だけどグレイ達は願いを叶えた!

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