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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
1章 はじめまして
17/180

17

 緑の大樹の外に出ると、もう夕方近くだった。帰りに迷うことは無かったとはいえ、内部をかなり歩き回っていたらしい。


「確かにこれは、時計欲しいかもな」


 空模様を見上げながら、グレイが言う。今度はアランも、「高級品だろ」と一蹴することは無かった。


「買っちゃう?」


 マリアベルが、拾った蝶の鱗粉の結晶が入っている布袋を示して言うが、「もう少し考えましょう」とローゼリットが首を振った。


「まー、夜の迷宮もね、1回くらい歩いてみても良いかもね」


 ハーヴェイが言うと、ちょうど近くにいたミーミル衛兵が、思わずといった調子で言った。


「お前ら、夜の迷宮を舐めて死ぬなよー」


 どうも声の調子から、昨日先導してくれたグラッドらしい。


「あ、グラッドさんこんにちは。朝いなかったですよね」


 マリアベルが当然のように言うと、グラッドは驚いたように言った。


「うっわ、マリアベル、本当に兜あっても見分けつくのか」


「分かりますよぉ。なんですか本当にって」


「サリオンさんが、朝、名指しで挨拶された、って驚いてたんだよ。ちなみに俺、今日は遅番」


 つまり、朝いなかったというのは正解らしい。当然ながら、マリアベル以外のメンバーには、兜を被って武装したミーミル衛兵の見分けなど、とてもつかない。声を出してもらえれば、分からなくもないが。


「それよりもあれだ、ハーヴェイ」


「え、なんで名前」


「そりゃ、帰りも後に付いてたんだから分かるよ」


 ハーヴェイが尋ねると、事もなげにグラッドは言い、「え、帰りもいたんですか」とハーヴェイは更に言うが流される。


「夜の迷宮を舐めるなよー」


 グラッドはそう言って、近くにいたマリアベルの頭をわしゃわしゃ撫でる。まぁ要するに、お前らはいいけど、女の子を死なせるなよ、とかそんな感じか。


「にょー。夜の迷宮ってそんなに危ないんですか?」


 わしゃわしゃのままマリアベルが尋ねると、グラッドは頷いた。


「夜が危ないっていうか、ちょっと慣れた冒険者が夜まで迷宮に居座って、疲れてきたところを大物に襲われて全滅、ってパターンが結構あるんだよ。俺たち衛兵は、時々隊列を組んで迷宮に入って、そういう冒険者を回収してるから。お前らはそうなるなよ、真面目な話で」


 そう言われると、さすがのマリアベルも神妙な顔をして頷いた。


 グラッドに礼を言ってから、街に戻る。グレイ達が帰る頃に、緑の大樹に向かう冒険者もいる。不思議と内部では誰にも会わなかったが、街や、迷宮の入り口では他の冒険者も大勢いる。


 全滅、ねぇ。グラッドに言われた。昨日は、マーベリックにも言われた。大臣にも、遠回しに言われたかもしれない。それから一昨日は冒険者登録書の責任者にも、そんなようなことを言われたような気がする。グレイは考えるともなしに、パーティのメンバーを見回す。いまいち、ぴんと来ない。


 ふと、袖を引かれて見やると、夕日に照らされたマリアベルが、不思議な感じで微笑んだ。


「だいじょうぶ」


「……何が?」


 魔法使いに内心を読まれたような気がして、ぞっとするような、ほっとするような、不思議な気分でグレイが尋ねると、マリアベルは首を傾げた。


「……何だろうね?」


「いや、お前が言い出したんだろ」


 ちょっと笑いながらグレイが言うと、マリアベルは、にゅー、とか唸っていた。


「どした?」


 アランが尋ねてきたので、グレイとマリアベルは揃って首を振った。


「仲良くしちゃってー」


 からかうようにハーヴェイが言うので、グレイはハーヴェイの脛を蹴っ飛ばす。マリアベルは「なーんだろうねー?」と歌うように言いながら、何故かローゼリットと手を繋いで歩き出す。ローゼリットは、くすくす笑いながらそのままで歩いていく。


 街に入ると、マリアベルとローゼリットは大公宮へ行くと言い、グレイ達は荷物を売りに行くことになった。マリアベルとローゼリットから、花やら果物やら爪やら――を、受け取る。改めてクエストを見に行かないかという話になって、後で穴熊亭にて合流することにする。


「じゃ、後でね!」


 リコリス商店の前で、マリアベルが手を振って、大公宮へ向かう。グレイ達は、リコリス商店に入る。昨日とは別の、男の店員が対応してくれたが、当然のように値段は同じだ。相変わらず、鱗粉の結晶はいい値段で売れた。果物はいまいちだったが、意外と青い花の引き取り額は良かった。


 不思議そうなグレイ達の顔を見てか、男の店員は苦笑気味に「……女性への贈り物にね、今、流行っているんですよ。この花。驚くほど長い期間、枯れずに美しいままなんです。ただ、そうは知ってても、摘んでくる冒険者が少なくて」と教えてくれた。確かに、あの花を摘んでいたのはローゼリットだった気がする。


 受け取った現金は、酒場で5人集まってから分けることにして、一旦アランが預かる。ぶらぶらと道端の店をのぞきながら穴熊亭に向かうと、ちょうと入り口でマリアベル達と合流できた。


「タイミングばっちりー」


「ばっちりー」


 ハーヴェイとマリアベルが相変わらずの調子で両手を合わせる。


 店内に入ると、一瞬、さわっ、と空気がざわめいた気がした。グレイの気のせいかもしれないし、ちょっと見慣れてきたローゼリットの為かもしれない。


 アランとハーヴェイは慣れたものなのか、気にせず店内を見回して空いている席に向かっていく。4人掛けの席しか空いていなかったので、他の卓から使われていない椅子を借りてきて5人で座った。給仕女がすぐに注文を取りに来るので、各々で好きなものを頼む。


「あ、そうだ、今日の分」


 アランが言って、今日の稼ぎを5人で分ける。昨日の端数と合わせて分けると、今日はちょうど5で割り切れた。全員が財布に硬貨を仕舞い終わると、料理が届き始める。


「今日も、意外と多かったねぇ」


 ほにゃっとしているようで、よく見ているマリアベルが言った。アランが頷いて、「花が意外と高かった」と言うと、不思議そうな顔をした。気に入ったのか、茹でて冷やした海老を頬張り、飲み込んで、一言。


「食べられないのにねぇ」


「あのな」


 呆れたようにアランが言うが、グレイとしては苦笑するしかない。


「女の子にね、贈るのに、流行ってるんだって。マリアベル、欲しい?」


「あたしは果物の方がいいなぁ。あの赤い実、美味しかったよー」


 ハーヴェイが尋ねても、安定のマリアベルだった。


「美味しかったですよね」


 ローゼリットまで言い出して、ねー、とか頷き合っている。「かっわいいなぁ、もー……」と、ハーヴェイが女性陣に聞こえないように言った。アランとグレイが左右から肘でどついた。息ぴったりだった。


「……どしたの?」


 マリアベルが尋ねてくると、ちょっと息切れしたハーヴェイが、それでも笑って答えた。


「いや、またあの果物あったら採ろうねって話」


「うん! そうしよう!」


 マリアベルは元気に答えた。また帽子で受け止める気らしい。魔法使いは大抵、黒い三角帽子を被っているが、別に大事ではないのだろうか。


 食事がひと段落すると、マリアベルが早速依頼クエストを1人で見に行こうとするので、アランとハーヴェイが慌てて立ち上がってついて行った。何か、とんでもない依頼を引き受けて来そうな空気があったから、2人の判断はたぶんかなり正しい。


 ローゼリットとグレイは、席を確保しておくのと、あと、届くのが遅かった貝のパスタを2人ともまだ食べていたから、残される形になる。見るともなしに、マリアベル達を見る。他の客に紛れて、マリアベルは帽子の先しか見えないが、何やら機嫌よく弾んでいるようだ。今日は酒飲んでないくせに、とグレイは思う。


 ローゼリットは、葡萄酒を頼んだからか、ほんのり顔を赤くして、真剣にパスタをフォークに巻き付けている。


「ローゼリット達は、出身地、同じなのか?」


 ざっくりした問いかけになったが、ローゼリットはパスタから顔を上げて頷いた。


「えぇ、それから、幼馴染です」


「なんで3人で、緑の大樹に登ろうと思った? ――あ、いや、答えたくないなら、いいんだけど」


 自分に返ってくると返答に困るため、グレイは慌てて付け足す。ローゼリットは気を悪くした様子もなく、事もなげに言った。


「アランがなんとやらで、世界で一番高いところに登りたいと言い出したから、私たちがついて来たんです」


「……そりゃ、ひどい話だ」


 真顔でグレイが答えると、ローゼリットはちょっと笑って、冗談です、とか言った。


「ねぇねーぇ! この依頼、受けて来たよー!」


 アランとハーヴェイがいても止め切れなかったのか、マリアベルがそう言いながら席に戻ってくる。


「おま、受けて来たって」


 思わずグレイが突っ込むと、アランとハーヴェイが申し訳なさそうに言った。


「すまん、止められなかった……」


「でも、そんなに悪い依頼じゃないよ、ほんとに」


 マリアベルが依頼クエストの書かれた紙を置く。グレイとローゼリットは紙を覗き込む。


 元冒険者の老人からの依頼。報酬は、彼がかつて冒険者時代に使用していたという盾らしい。曰く、銀で加工された円形の大盾、とのこと。どこまで事実かはさておき。


「……奇跡の水、を持ち帰って欲しい?」


 書いてある文言を読み上げて、グレイは顔をしかめた。何だこれ。


「にゅっふーん、浪漫じゃない。奇跡の水。あるのかな? 1階でね、見つけて、飲んだらしいよおじいさん。若いころだから、お兄さん? おじさん? だろうけど。王様から檄文が発効されるよりも前から迷宮に挑戦してた、先駆者らしいよぅ。今日依頼されて、さっき張り出されたばっかりの依頼だって。お得だってよー」


「お得だって、酒場の店主も言ってた。ほんとに良い盾らしいよ?」


 歌うようにマリアベルが言い、ハーヴェイもそう付け足した。


「とはいえ、見つからなければ、報酬も何もないでしょうに」


 ローゼリットが困ったように言うと、アランが「一応……」と言って続けた。


「冒険者の間では、割と有名な噂らしい。1階で、奇跡の水が採れるってのは」


「はぁ……」


 ローゼリットが、納得したのか、そうとしか言いようが無かったのか、曖昧な声を出して頷く。マリアベルは気楽にふわふわ笑って言った。


「まぁ、これから1階を網羅してこうってあたしたちには丁度いいでしょう? どのみち地図を埋めていくつもりだし、その途中で奇跡の水が見つかったら持って帰ればいいだけだし。あんまり見つからなかったら依頼を返すことだって出来るし。それに、アランかグレイも、盾あったら嬉しいでしょ? おじいさんが、自分はもう緑の大樹に登ることも無いし、後継に託したいって言うくらいだから、本当に結構良いモノだと思うよー?」


 そう言われてみると、確かにうさんくさい依頼クエストだが、引き受けて損はない。ような気がする。むしろ、他の冒険者に目を付けられる前に、即座に引き受けたマリアベルが賢い気がしてくる。


「……やるなぁ、ふわふわちゃん」


 ぼそりとハーヴェイが呟く。グレイは頷いた。


「ふわふわに見えて、意外とやり手なんだよ、こいつ」


 マリアベルの嵐に巻き込まれた気はするが、ひとまず今後の方針は決まった。


 1階の攻略と、『奇跡の水』の探索だ。

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