5-20
「わぁあああああああああああ!」
「ぎゃあああああっ!」
「にゅわぁぁぁぁっ!」
まさかこの大人やらないだろうなと思っていたのに、ハーティアが魔法使いの肺活量を活かしてすごい大声を上げて、ついつられてグレイもマリアベルも悲鳴を上げた。よっぽど驚いたのか、マリアベルはその場にしゃがみこんで頭を抱えて丸くなっている。グレイも腰が抜けるかと思った。抜けないけど。
「……大人ですよね?」
アランが呆れたようにハーティアを見る。ハーティアはいっそ胸を張って言った。
「大人だから、やるのさ。あっはっは」
あっはっはじゃねぇ。
アランの顔にはそう書いてあった。
マリアベルはハーヴェイの手を借りて立ち上がっている。「にゅぐぐ……!」悔しそうだ。まんまと引っ掛かったのが悔しかったらしい。
「精進すると良い、“エスペランサ”」
ハーティアはちぃとも悪いと思っていない顔だ。何なんだ、この大人は。こんな大人にはなるまい。
グレイは、今度は引っ掛かるまいと思いながら、竜の鱗を1枚剥がす。宝石ではないのだけれど、ひし形の板みたいな形で、表面がガラスみたいに艶々している。グレイの掌に、何とか収まるくらいの大きさ。結構大きいけど、そんなに重くはなかった。
炎精霊に愛された生き物の、鱗。
マリアベルがハーティアにぽんと頭に乗せられて、雷竜の鱗は見た事があったけれど、それとは感慨が違った。マリアベルも、1枚鱗を手に乗せて、しみじみと眺めている。
「これが……」とハーヴェイが何か言いかけて、言葉を失った。分かる。
「そうだ、もう1枚、お兄様に……」
マリアベルが呟いて、もう1枚、竜の鱗を剥がし取る。マーリンさんのお土産にするんだろう。お金は受け取ってくれないけど、これなら受け取ってくれそうな感がある。何せ、倒したのだ。いや、正しくは、倒すのに、貢献したのだ。
アランも、リーゼロッテの為にだろう、もう1枚竜の巨体から鱗を剥がし取る。
グレイ達“エスペランサ”は、合計6枚鱗を得て、何となくこの強敵に敬意を払って目礼してから、さてどうしようかってなる。
「何かリーゼロッテを手伝えたら……」
グレイが言いかけた時、また、絶叫。
ハーティアのしつこい悪戯かと思ったら、違った。
「にゅ……」
マリアベルもハーティアも、憐れむように彼を見つめていた。
ギルド“ガルム”だろう。腕に鎖を巻いている。その腕が、いや、正しく言うと、竜の鱗を持った右腕が、燃え上がっていた。
「な、何で……!?」
ハーヴェイがぞっとしたように自分の持っている竜の鱗を見た。燃えてない。グレイ達が持っているものは。
「君達にも、権利がある」
小さな子供に物を教える教師の様な口調で、ハーティアが繰り返した。
“ゾディア”には、もちろんあるだろう。“エスペランサ”にも、あると言ってくれた。
けれど……?
人間の欲深さは恐ろしい。せっかく助かったというのに、ギルド“ガルム”の冒険者が前例を見せたと言うのに、居合わせた冒険者が、商人が、木こりが、炎竜の死骸に群がって行く。そして、たった1枚で金貨十数枚になる鱗を得ようとして、失敗していた。
「――おい! “エスペランサ”! それ寄こせ!」
「にゅわっ!」
マリアベルが乱暴に肩を掴まれて短い悲鳴を上げた。“ゾディア”や“カサブランカ”や“桜花隊”は無理でも、“エスペランサ”ならば。そう思ったのだろう。赤い布を頭に巻いた――たぶん、“紅蓮隊”の冒険者だ――が、マリアベルの手から竜の鱗を奪う。
「おい……!」
アランが剣の柄に手を掛けかけて――でもハーティアが笑っていて。お気に入りの小さな魔法使いに乱暴されたというのに、満面の笑みで。何となく予想できたのかやめた。
「わぁあああああああああああ!!?」
さっきのハーティアみたいな大声を上げて、“紅蓮隊”の冒険者が地面を転がる。何とか、腕に付いた火を鎮火しようとしている。だけど炎竜の呪いの様な戒めの様な炎は、簡単には消えない。男の腕に巻きつくようにして、炎を上げている。
「……良い気味なのだわ」
冷やかに――死者の国の女王の如き声で言ったのは、ギルド“ゾディア”の僧侶マリゴールドだった。“紅蓮隊”の男が手放した竜の鱗を拾って、ハンカチで丁寧に拭いてからマリアベルの手に戻した。
「ありがとねぇ、マリーちゃん……でも、あの人、可哀想」
「もう、どうしようも無いのだわ」
「ありゃ、消えないだろうねぇ」
精霊に愛された――あるいは、かつて精霊に愛されていた――3人の生き物は、泣き喚く男を見下ろして言い合う。傲慢に、無邪気に。
“紅蓮隊”の他のメンバーが水を掛けたり、僧侶が『癒しの手』や『犠牲の代行』を慌てて掛けているけれど、どうにもならない。とうとう男が静かになったな、と、グレイはどうしようもなく思う。
「炎精霊は、あの手の卑劣な輩を最も憎むのだから」
その炎精霊に最も愛された青年は、囁いてマリアベルの頭に手を載せる。
「さて、ではね“エスペランサ”。また会えると良いのだが」
「そうねぇ。ハーティア。あなたに会えて嬉しかった。また会えると、良いのだけれど」
また誰か1人、愚者が竜の鱗に手を伸ばして悲鳴を上げた。