表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
5章 女神さまに会いに行こう
162/180

5-20

「わぁあああああああああああ!」 


「ぎゃあああああっ!」


「にゅわぁぁぁぁっ!」


 まさかこの大人やらないだろうなと思っていたのに、ハーティアが魔法使いの肺活量を活かしてすごい大声を上げて、ついつられてグレイもマリアベルも悲鳴を上げた。よっぽど驚いたのか、マリアベルはその場にしゃがみこんで頭を抱えて丸くなっている。グレイも腰が抜けるかと思った。抜けないけど。


「……大人ですよね?」


 アランが呆れたようにハーティアを見る。ハーティアはいっそ胸を張って言った。


「大人だから、やるのさ。あっはっは」


 あっはっはじゃねぇ。


 アランの顔にはそう書いてあった。


 マリアベルはハーヴェイの手を借りて立ち上がっている。「にゅぐぐ……!」悔しそうだ。まんまと引っ掛かったのが悔しかったらしい。


「精進すると良い、“エスペランサ”」


 ハーティアはちぃとも悪いと思っていない顔だ。何なんだ、この大人は。こんな大人にはなるまい。


 グレイは、今度は引っ掛かるまいと思いながら、竜の鱗を1枚剥がす。宝石ではないのだけれど、ひし形の板みたいな形で、表面がガラスみたいに艶々している。グレイの掌に、何とか収まるくらいの大きさ。結構大きいけど、そんなに重くはなかった。


 炎精霊スルヴァに愛された生き物の、鱗。


 マリアベルがハーティアにぽんと頭に乗せられて、雷竜の鱗は見た事があったけれど、それとは感慨が違った。マリアベルも、1枚鱗を手に乗せて、しみじみと眺めている。


「これが……」とハーヴェイが何か言いかけて、言葉を失った。分かる。


「そうだ、もう1枚、お兄様に……」


 マリアベルが呟いて、もう1枚、竜の鱗を剥がし取る。マーリンさんのお土産にするんだろう。お金は受け取ってくれないけど、これなら受け取ってくれそうな感がある。何せ、倒したのだ。いや、正しくは、倒すのに、貢献したのだ。


 アランも、リーゼロッテの為にだろう、もう1枚竜の巨体から鱗を剥がし取る。


 グレイ達“エスペランサ”は、合計6枚鱗を得て、何となくこの強敵に敬意を払って目礼してから、さてどうしようかってなる。


「何かリーゼロッテを手伝えたら……」


 グレイが言いかけた時、また、絶叫。


 ハーティアのしつこい悪戯かと思ったら、違った。


「にゅ……」


 マリアベルもハーティアも、憐れむように彼を見つめていた。


 ギルド“ガルム”だろう。腕に鎖を巻いている。その腕が、いや、正しく言うと、竜の鱗を持った右腕が、燃え上がっていた。


「な、何で……!?」


 ハーヴェイがぞっとしたように自分の持っている竜の鱗を見た。燃えてない。グレイ達が持っているものは。


「君達にも、権利がある」


 小さな子供に物を教える教師の様な口調で、ハーティアが繰り返した。


 “ゾディア”には、もちろんあるだろう。“エスペランサ”にも、あると言ってくれた。


 けれど……?


 人間の欲深さは恐ろしい。せっかく助かったというのに、ギルド“ガルム”の冒険者が前例を見せたと言うのに、居合わせた冒険者が、商人が、木こりが、炎竜の死骸に群がって行く。そして、たった1枚で金貨十数枚になる鱗を得ようとして、失敗していた。


「――おい! “エスペランサ”! それ寄こせ!」


「にゅわっ!」


 マリアベルが乱暴に肩を掴まれて短い悲鳴を上げた。“ゾディア”や“カサブランカ”や“桜花隊”は無理でも、“エスペランサ”ならば。そう思ったのだろう。赤い布を頭に巻いた――たぶん、“紅蓮隊”の冒険者だ――が、マリアベルの手から竜の鱗を奪う。


「おい……!」


 アランが剣の柄に手を掛けかけて――でもハーティアが笑っていて。お気に入りの小さな魔法使いに乱暴されたというのに、満面の笑みで。何となく予想できたのかやめた。


「わぁあああああああああああ!!?」


 さっきのハーティアみたいな大声を上げて、“紅蓮隊”の冒険者が地面を転がる。何とか、腕に付いた火を鎮火しようとしている。だけど炎竜の呪いの様な戒めの様な炎は、簡単には消えない。男の腕に巻きつくようにして、炎を上げている。


「……良い気味なのだわ」


 冷やかに――死者の国の女王の如き声で言ったのは、ギルド“ゾディア”の僧侶マリゴールドだった。“紅蓮隊”の男が手放した竜の鱗を拾って、ハンカチで丁寧に拭いてからマリアベルの手に戻した。


「ありがとねぇ、マリーちゃん……でも、あの人、可哀想」


「もう、どうしようも無いのだわ」


「ありゃ、消えないだろうねぇ」


 精霊に愛された――あるいは、かつて精霊に愛されていた――3人の生き物は、泣き喚く男を見下ろして言い合う。傲慢に、無邪気に。


 “紅蓮隊”の他のメンバーが水を掛けたり、僧侶が『癒しの手(ヒール)』や『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』を慌てて掛けているけれど、どうにもならない。とうとう男が静かになったな、と、グレイはどうしようもなく思う。


炎精霊スルヴァは、あの手の卑劣な輩を最も憎むのだから」


 その炎精霊スルヴァに最も愛された青年は、囁いてマリアベルの頭に手を載せる。


「さて、ではね“エスペランサ”。また会えると良いのだが」


「そうねぇ。ハーティア。あなたに会えて嬉しかった。また会えると、良いのだけれど」


 また誰か1人、愚者が竜の鱗に手を伸ばして悲鳴を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ