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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
5章 女神さまに会いに行こう
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5-17

 ハーヴェイの逡巡は短かった。


「――いいよ!」


「ありがとう! 行こう!」


 マリアベルは――あんな炎竜なんかと戦えないと思ったグレイを、リーゼロッテを、リーゼロッテにしがみつかれたアランを置いて、ハーヴェイと駆けて行く。


「Werden die Silbertragödie gewickelt!」


 マリアベルの詠唱の声と、ハーヴェイの銃声が、高らかに響く――と思ったのは、グレイの気のせいだろう。


 何せ辺りは凄い騒ぎになっている。何とか生き残った商人や木こりの非戦闘員が右往左往し、逃げ場が無くなった事に気付いた冒険者達が絶望の悲鳴を上げた。炎竜がズダダダンッ、と足踏みをする度に、地面が揺れる。マリアベルの声なんて、もう、聞こえるはずがない。


 ああ、置いて行かれた。


「マリアベル……!」


 なら、追いかけないと。


「行かないで――行かないで!」


 マリアベルを追って走り出しかけたグレイとアランの腕を、リーゼロッテが強く引いた。


「行かないで! 私には出来ない。私には、あんな風に、マリゴールドさんみたいにあなた達を助けられない。私はジェラルドみたいになりたくない! 私には出来ない。だから、だから行かないで!」


 小さな子供みたいに泣いて縋ってリーゼロッテは叫ぶ。


「私はロゼにはなれないの! あの子(マリアベル)を命懸けで助けたり出来ない。私には出来ない。やめて。やめて。行かないで! “ゾディア”に、“桜花隊”に、“カサブランカ”に、任せればいいでしょう!? あなた達まで行かなくても良いでしょう!?」


「――良いわけが、あるか!」


 アランは怒鳴る様に叫んで、リーゼロッテの腕を振り払った。


「マリアベルが、もう行ったんだ! 何で前衛の俺達が引っ込んでいられるんだ――肝心な時に、お前はいつもそうだ! ロゼが冒険者になると決めた時も、義姉達に苛められた時も! いつも偉そうなことを言ってる癖に、お前は肝心な時に何でそうやって諦めるんだ!!」


 アランのその言葉は――リーゼロッテにとっては、炎竜の息吹ブレスのように苛烈だった。焼き尽くされて、動けなくなるくらいに。


 かくん、と、リーゼロッテの膝が折れる。俯いて地面に座り込んだ従兄妹に目もくれず、アランはマリアベルの背中を追って走り出す。大勢の冒険者が挑み、そうしてまさに今も命を落としつつある竜との戦いに向かって行く。


「……行かないで」


 嗚咽交じりのリーゼロッテの声はアランには届かない。だけど、グレイには届いた。


 座り込んだリーゼロッテに手を伸ばす。


「リーゼロッテ、行こう」


 いやいや、と子供のようにリーゼロッテは首を振る。


「……私には、出来ないもの。私は、ロゼの代わりにはなれない。私はあんなに綺麗ではないもの。あんなに勇敢にはなれないもの」


「ローゼリットの代わりなんて、マリゴールドさんだってなれないよ」


 ぼろぼろと大粒の涙を零して呻くリーゼロッテに、囁く。


 リーゼロッテが、怖々と顔を上げた。


 どうしてだろうか。顔立ちは、確かに似てない。こんな風に、ローゼリットが泣いている所を見たことも、グレイは無い。でも、あぁ、リーゼロッテはローゼリットにそっくりだと、思った。


 たぶん、魂の有り様が似ているのだ。ローゼリットも、グレイには見せなかっただけで、きっとこんな風に怯えて、途方に暮れて、それでも何とか、顔を上げていたのだ。


「……なれないよ。ローゼリットは、ローゼリットでしかない。俺達の大事な仲間だ。誰も代わりになんてなれっこない。どんなに美人だって、勇敢だって、凄い僧侶だって。そんなのは関係ないんだ。ローゼリットは、俺達のかけがえのない仲間だ。誰も代役になんてなれない」


 リーゼロッテはうんと傷ついた顔をして、じっとグレイを見つめて来る。


 そうじゃないよ、と、思う。


「リーゼロッテだって、そうなんだ。俺は、リーゼロッテの事を仲間だと思ってる。確かに、ローゼリットと入れ替わりに、同じ僧侶としてパーティに入った。だけど、それだけだ。ローゼリットはローゼリットだし、リーゼロッテはリーゼロッテだよ。リーゼロッテだって、誰にも代わりになんてなれない、大事な仲間だ。俺達のパーティの、大事な僧侶で、マリアベルとかハーヴェイが考え無しな事を言い出した時には叱ってくれて、言葉が足りない俺のことをフォローしてくれて、アランの一番の理解者の、大事な仲間だと思ってる」


 いくら双子だからって。ローゼリットと同じように育ったからって。従兄妹のアランがいるからって。


 それでも、お姫様から冒険者になるのは、大変だっただろう。ローゼリットも同じことをしたとか、そういう問題じゃない。リーゼロッテの苦労はリーゼロッテだけのものだ。


 しかもリーゼロッテは、ある程度グレイ達が迷宮探索に慣れている中に、1人新米冒険者としてパーティに入った。グレイ達は1階で青虫に怯える時間があったけど、リーゼロッテには無かった。それでも今日まで、グレイ達の探索に付いて来たのだ。


 迷宮は、どんなに怖かっただろう。グレイ達といるのは、どんなに大変だっただろう。でも、リーゼロッテは双子の為に頑張った。どうして今、竜と戦うのを怖がったからって、責められたりしなければならないのか。


「アランもハーヴェイもマリアベルも。ちょっと竜のせいで焦って訳が分からなくなってるんだ。そりゃ、俺だってそうなりそうだけど。その辺駆けずり回って、何かやってるような気分になりたいけど。でもそれじゃ駄目なんだ。2人と3人じゃ駄目なんだ。だから、出来れば俺と一緒に来て欲しい。3人を止めないと。ちゃんと、5人で戦わないと」


「……私に、そんなことが出来ると思っていますの?」


「出来るよ――出来ると思ってるから、頼んでる。怖くてもしんどくても、俺達と今日まで頑張ってくれたリーゼロッテだから、頼んでるんだ。俺と、行こう」


 竜の咆哮が、轟く。


 何人かの冒険者が気絶して棒立ちになった。


 グレイは慌てて口の内側を噛んで堪える。リーゼロッテも指を噛んで、それから短杖を拾った。


「――分かりましたわ。参りましょう」


 赤い鋼のような竜の尾が振られて、何人かの冒険者が吹き飛んだ。運悪く木に叩き付けられた者は、背骨がおかしな形に曲がっている。多分、助からないだろう。それを見ても、グレイもリーゼロッテも、もう足を止めたりはしなかった。マリアベルを探す。ハーヴェイを探す。アランを探して、5人で戦うんだ。どうして1人と1人と1人で走って行ったりするのか。グレイ達は、こんなにもパーティなのに!


「うん、行こう!」

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