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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
5章 女神さまに会いに行こう
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5-16

 ただただ呆気にとられた。


 平然と、あれを、斃す、とか言い出したアルゼイドにも、それから、そいつの方へ全力で駆けて行くハーティアとローズマリーとカロンにも。


 そいつの全身は赤い光沢のある鱗に覆われていた。6階にいる火蜥蜴サラマンダーに、似ていないこともない。だけど、大きさは桁違いだ。それなりに距離があるはずなのに、見上げるような巨体だった。


 爬虫類に近いかも知れないけど、爬、つまり、地を這う、とは言えなかった。だって翼がある。飛んで現れた。虫でもない。あんな偉大な生き物を、虫だなんて呼べない。と思うと、爬虫類と言うのは間違いだ。


 4本の足で悠然と立っている。前脚に生えている5本の爪は、1本1本が剣のようだ。人間などあっさり斬り裂いてしまいそうな。そんな巨体のわりに、鈍重そうにはまったく見えない。長い首が、すらりと持ち上げられていた。


 黄色い瞳には、確かな知性が感じられた。女神の眷属、あるいは、炎精霊スルヴァの寵児。


 炎竜、だ。


 鋭い牙が並び、人間をひと呑みに出来そうな口を開けて、炎竜は息を吸い込んでいる。あれ、やばくない? 炎竜の喉の奥で、炎がちらついている。グレイはそんなことを思いながらも、見惚れてしまって動けない。


 かつてギルド“ゾディア”は14階で雷竜を斃したと聞いていたけれど。


「Werden die Silbertragödie gewickelt!」


「あははっ!」


 炎竜の足元から、上――炎竜の顎に向かってハーティアが『氷槍アイスランツェ』を放った。マリアベルの『氷槍アイスランツェ』とは威力の桁が違う。槍、というより、ドリルのようだ。


 飛び上がるカロンを踏み台にして、ローズマリーが宙を舞う。『属性追撃』を、炎竜の顎の下に、決めた。


 息を吸いきっていた炎竜の顔が、上方に跳ね上げられる。


 それとほとんど同時に、炎竜の口から、炎が迸った。高熱の光線のように、真っ直ぐに上空を焼く。明後日の方向に放たれた炎竜の息吹ブレスで、大広間の気温が1、2度上がった気がした。


 “ゾディア”劇場をぽかんと眺めていた歴戦の冒険者が、新米冒険者が、商売人が、木こりが、ようやく我に返ったように声を揃えて絶叫する。



「――竜だ!!」



 『氷槍アイスランツェ』と『属性追撃』1発で、幾多の冒険者の命を救ったハーティアとローズマリーは、既に竜と真正面からぶつかり合っていた。ハーティアを狙った竜の爪の一撃が、『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』で防がれる。僧侶のマリゴールドか。ローズマリーの剣の一閃が、竜の爪を欠けさせた。


 人間の数倍、いや、十数倍もある生き物に、正面から斬りかかるとか、凡人のグレイには正気の沙汰とは思えない。


 変だろ。


 だって、おかしいだろ……?


 凄い人だとは思っていた。評判もそうだし、実際にグレイ達はギルド“ゾディア”に命を救われたこともある。最強の名前は飾りじゃない。知っていた。だけど、分かっていなかったのだろう。


 狼のカロンと、炎竜の巨体を足場にして、重力など存在しないかのように軽やかにローズマリーは炎竜の周りを跳ね回っている。どちらかと言うと、魔法使いのハーティアがローズマリーの位置に合わせて魔法を放っている様子だ。


 ハーティアの放った『氷槍アイスランツェ』をひとつも取りこぼすことなく、ローズマリーは『属性追撃』を合わせて行く。やや後方に控えた聖騎士のアレンと、僧侶のマリゴールドは休む間もなくローズマリーとハーティアに防御と強化の法術を重ね続ける。炎竜を斬り付ける度に、ローズマリーの剣の切れは冴え渡っていくようだった。


 いやー、あのお姉さん、人類? 正気?


 腰が引けながら、グレイは思う。無理だ。グレイには無理だ。あんなのとは戦えない。


 そうだ、逃げないと。


 グレイはマリアベル達を振り返る。マリアベルの隣で、桜花さんが刀を振り上げて、ギルドメンバーに向かって吼えた。


「“桜花隊”! ギルド“ぞでぃあ”に遅れるでない!」


 まじっすか。


 穏やかで品が良い感じだったギルド“桜花隊”の面々も、武器を振り上げて、「応」「応っ」「応」「応」「応ーっ!」と声を張り上げている。


 聖騎士が盾を並べて整列した。その間に、戦士が立つ。後方には、僧侶と、呪術師と、数少ない魔法使い。狩人と盗賊は散開したようだった。


「“桜花隊”、参る!」


「“カサブランカ”、遅れるんじゃないよ!」


 3大ギルドの名前も伊達じゃなかった。“桜花隊”の戦士達が炎竜の鱗を削る。“カサブランカ”の聖騎士達が、炎竜の息吹ブレスを防ぎ切った。


 ギルド“ゾディア”は、かつて14階に存在した雷竜を、“ゾディア”単身で斃したという。


 今、この大広間には3大ギルドが全部揃っている。勝てない訳が無い。グレイ達がそっと逃げても、誰にも迷惑は掛からない筈だ。


 グレイがごちゃごちゃ考えている間にも、辺りは阿鼻叫喚の渦に包まれていた。息吹ブレスの余波を食らった冒険者が地面に転がって炎を鎮火している。運悪く炎竜の後方に居た冒険者が、尻尾に薙ぎ払われて宙を舞った――ああ、死んだな、あの人。


「にっ、逃げ、逃げましょう!?」


 同じ光景を見たのか、悲鳴のような声でリーゼロッテが叫んで5階に続く階段の方へ向かい掛けた。階段は逃げようとする冒険者や商人や木こり達で大混雑だ。マリアベルが、「だめ!」とリーゼロッテの腰に抱き付くようにしてリーゼロッテを止めた。


「どうして!? 私達に何が出来ると言いますの!?」


「……そうじゃ、ないよ」


 マリアベルが視線を炎竜に戻す。炎竜が、バッサァァッ! と翼を広げて飛び立った所だった。“ゾディア”の銃撃手のアルゼイドが、“桜花隊”や“カサブランカ”の弓兵が、一斉に狙撃するけど竜は降りてこない。今度はローズマリーも妨害しようがない。


「散開!」


 桜花さんが命じて、ギルドメンバーをばらけさせた。“カサブランカ”は逆に、聖騎士を前に並べて、その後ろで僧侶たちが必死に防御魔法を紡いでいく。


「あたし達も、逃げよう!」


 マリアベルに先導されて、炎竜を迂回するようにして階段から離れる。


 炎竜が、吸って、吸った息を吐き出した。


「いやあああああああああああっ!?」


 リーゼロッテが悲鳴を上げる。グレイは声も出ない。


 階段に群がっていた冒険者が、商人が、木こりが焼き尽くされる。余波だけで、装備が燃え上がるような炎竜の息吹ブレスだ。無防備に直撃を食らった者たちが、助かるわけがない。“桜花隊”や“カサブランカ”も、一体どれだけ減ったか。


「逃げるなら、大広間を出る方に……!」


 マリアベルは階段付近の惨状から目を背けて、炎竜の傍を抜けて行く。いや、行こうと、した。


「キィィェェェェェェェェェェェェェ!」


 炎竜が地面に降り立ち、高い声を上げる。「にゅぐっ!」「きゃっ!?」とマリアベルとリーゼロッテが耳を塞いで首を竦めた。何だ、今の声。


 グレイの疑問は、すぐに解ける。


「っわああああああああっ!」


 階段へは逃げられないと悟った聡い冒険者が、大広間のもう1つの出口に殺到しかけて、悲鳴を上げた。


「うっそ、だぁ……」


 ハーヴェイが呆然と呟いた。うっそだぁ。グレイも言いたい。アランも小さな声で「嘘だろ……」と言った。


 炎竜に比べれば小型とはいえ、普段は6階で悠然と過ごしている火蜥蜴サラマンダーが、大広間目指して何匹も何匹もやって来ている。炎竜が、呼んだのか。


 ええと、火蜥蜴サラマンダーは倒せるかな。倒せるよな。


 グレイ達なら、1匹ずつなら、何とか。


 まだ6階に到達したばかりであろう貧相な装備の冒険者が、火蜥蜴サラマンダーに頭から喰いちぎられる。破れかぶれになって、斧で火蜥蜴サラマンダーに斬りかかった木こりの男性が、炎の息吹ブレスを浴びせられて地面を転がる。


「い……いやっ! いやいやっ! ど、どうしたら……!?」


 冒険者になって始めて見る惨状に、リーゼロッテがパニックを起こしかける。


「リゼ、落ち着け!」


 アランがリーゼロッテの肩を強く掴んだ。リーゼロッテは子供が駄々を捏ねる時みたいに首を振ってアランにしがみついた。


「いや、いやいや、あんな風に死ぬのは嫌! アラン、アラン助けて!?」


「分かったから……!」


 リーゼロッテにしがみつかれながらも、アランは困惑顔だ。


 どうにか、した方が良いんだろうけど。でも、どっから何をどうしたら。


 炎竜は、3大ギルドが何とか抑えている。大広間にいたらしい、“シェヘラザード”が、“パピヨン”が、“ディオスクーロイ”が、“ガルム”が、“夢追人”が、“紅蓮隊”が――つまり、10階の氷の魔人を倒して強豪ギルドと目されているギルドが、火蜥蜴サラマンダー討伐に乗り出したようだった。


「俺達も……!」


 せめて火蜥蜴サラマンダーくらいは、と、グレイは言おうとした。


「ハーヴェイ」


 やけに晴れやかな顔で、マリアベルが笑う。きょとんとした顔で、ハーヴェイが自分を指差した。


「え、僕?」


「そう、ハーヴェイ!」


 マリアベルは黒い三角帽子の下で笑う。


「あたしに誑かされたハーヴェイ。ねぇ、炎竜、斃しに、行こう! “シェヘラザード”じゃ、“パピヨン”じゃ、“ディオスクーロイ”じゃ、“ガルム”じゃ、“夢追人”じゃ、“紅蓮隊”じゃあ、駄目なんだから! あたし達は、迷宮を踏破しなきゃいけないんだから!」

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