表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
5章 女神さまに会いに行こう
150/180

5-08

 おう、とか、うん、とか、ええ、とか答えて、歩き出す。


 かつて14階と15階を繋ぐ階段の前に、雷を自在に操る竜がいた事と関係があるのか、ないのか。13階の生き物は、どの生き物も雷精霊トルフェナの術に耐性がある。それどころか、マリアベルみたいに雷を落として来る生き物もいる。初めて見た時にはちょっと信じがたかったけど、でも、信じられなくても事実だった。認めるしかない。


「あ、そうだ、アラン。ちょっと待って」


 しばらく歩くと、思い出したようにマリアベルが呪文の詠唱を始めた。何度も聞いている筈なのに、どことなく、聞き慣れない。普段の話し声とは違う、ちょっと固くて、透き通るような声でマリアベルは呪文を唱えた。


「Geben Sie einen goldenen Zuflucht」


 一瞬、アランの身体が発光するように輝く。辺りを照らしたりするような物ではないが、見間違いとも言い難いような明るさである。『雷精霊の守護(アシスト・トルフェナ)』。雷から身を守れるようになる魔法だ。この階層でマリアベルが『雷撃サンダーストローク』を使うことはまずないし、敵は使って来るから、アランに『雷精霊の守護(アシスト・トルフェナ)』を掛けておく判断はかなり正しい。


「すまんな」


「どういたしまして! ……じゃあ、さっそくだよ」


 マリアベルは微笑みかけて、やめた。ハーヴェイの鎧がわずかに光っている。


「ごめん! 気付かなかった――」


 ハーヴェイが慌てて銃を構える。先制攻撃は、無理だろう。


「大丈夫! 今日まで何回倒したと思ってるの!」


 詠唱を後回しにしてでも、マリアベルが一同を鼓舞する。リーゼロッテは『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』の詠唱で必死だ。


「……来るぞ!」


 アランが走りながら声を上げた。向こうは、影に隠れて雷精霊トルフェナとの交信チャネリングを済ませていたのだろう。鼻先に光が弾けている。彼らの使う魔術は、『招雷』と呼ばれている。


「我らが父よ、どうかこの子羊をお持ちください!」


 リーゼロッテの『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』が間に合った。雷が落ちる。狙われたのは、グレイ達より後ろ。武器を弓から銃に持ち替えてもなお身軽なハーヴェイは躱したらしい。魔法使いのマリアベルは、魔術に耐性がある。「にゅいぎゅ……っ!」と呻いて、でもすぐに顔を上げて『火炎球フレイム・ボール』の詠唱に入った。


「きゃっ……!?」


 リーゼロッテは頭を抱えてしゃがみ込んだ。『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』で防がれると分かっていても、怖いもんは怖い。のだろう。


 とにかく、誰も昏倒したりはしていない。良いことだ。グレイ達は『招雷』を落として来た相手に斬りかかる。


 狐、だ。


 毛皮の色は雷のような金色。大きさは、相変わらずの迷宮産。大きい。座っていて、グレイと同じくらいか、少し小さいかと言った所か。鼻先は、黒に戻っている。血のように赤いつぶらな瞳は、意外と可愛らしい。


 狐――『妖狐』、と呼ばれる雷精霊トルフェナに愛された迷宮の生き物は、グレイ達を誘うように後退していく。おびき寄せ(プル)だろう。この先の曲がり角には、迷宮の生き物が控えているに違いない。そう、人外魔境手前の13階ですら、迷宮の怪物達は互いに連携を取り、冒険者を葬らんとしてくるようになっていた。


「どうする?」


「引くか」


 狐が曲がり角の陰に隠れてしまうと、舌打ち交じりにアランが答える。妖狐を追って走ったために、マリアベル達と多少距離が空いてしまった。妖狐はまた、雷精霊トルフェナとの交信チャネリングを済ませたら、『招雷』を放ってくる事だろう。それでも、2人で何が待ち構えて居るか分からない所へ突っ込むのは、あまりにも危険だった。


 こちらが引くと、あちらが出て来る。


 また、妖狐が『招雷』を放った。リーゼロッテが悲鳴を上げる。その奥からぞろぞろと兎が出て来る。2階でぴょんぴょん襲って来た大型犬サイズの『ね兎』を、更に凶悪にしたような『び兎』だ。いや、ふざけている様な名前だけど、名付けたのはグレイじゃない。かつての冒険者だ。


 兎の毛皮は冒険者の血で染めた様に、真っ赤だ。『跳ね兎』より『跳び兎』の方が1回りくらい大きい。好戦的なのは、相変わらずだ。雷精霊の術に耐性があるのも。この緑の大樹の中で、兎ってのはそういう種族なんだろう。


 まとまって襲い掛かって来る跳び兎に、グレイは盾の後ろに身体を隠すようにして、体当たりする。2、3匹撥ねた気がするけど、グレイも勢い余ってすっ転んだ。


「いぃっ……!?」


 自分でも信じられない様な凡ミスだ。アランが慌てたように駆け寄って来て、跳び兎に向かって剣を振るう。マリアベルが「Ärger von roten……!」と『火炎球フレイム・ボール』の詠唱を仕上げの直前で止める。だけど、グレイもアランも跳び兎に囲まれてしまって引けない。


「えいっ!」


 ハーヴェイが駆けつけてきて、至近距離から跳び兎を撃った。撃ち殺した。一撃だ。銃は戦場を変えるよ。マリアベルが微笑んでいたような気がする。もはや、必要無いんだろうか。剣は。鎧は。盾は?


「だーっ! 知るかー!」


 気合を入れるように喚いて起き上る。盾を振り回すと、脚力と牙は凶悪だけれど、体重は軽い跳ね兎がまた2匹吹っ飛んだ。上手いこと、交信チャネリングの途中だった妖狐にぶつかって、交信を妨害できたみたいだ。


「アラン! 下がろう!」


「おう!」


「wird gefunden!」


 グレイとアランが下がるが早いか、マリアベルが『火炎球フレイム・ボール』を放つ。


 難しいことはマリアベルに考えてもらう。そうしよう。それが良い。グレイは、まずグレイに出来ることを、確実に、堅実に、こなしていくのが一番だ。


「妖狐1匹、跳び兎があと2匹だよ!」


 ハーヴェイが辺りを見回して叫ぶ。思ったより、多くない。落ち着け。まだ13階だ。ローゼリットが眠って待っている。こんなところで足止めを食らう訳にはいかない。


 跳び兎をグレイとアランが1匹ずつ受け持つと、ハーヴェイが強引にその間を突破した。


「我らが父よ、どうかこの子羊をお持ちください!」


 リーゼロッテが『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』をハーヴェイに掛ける。


 閃光。と、わずかに遅れて、轟音。


 『招雷』がハーヴェイに落ちた。直撃だ。だけどリーゼロッテの『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』は、ふわん、とそれこそ子羊の毛皮みたいな光の盾を生み出して、ハーヴェイを守り切った。


「ごめんねー」


 今も昔も変わらない、気の抜けるような掛け声を上げて、ハーヴェイが妖狐の頭を撃ち抜く。こいつさえ倒せば、残りの跳び兎はそこまで怖くない。怖くない? いや、迷宮はいつだって怖いもんだ。


「おぉうぇぁ……」


 変な声出た。


 来た。増援だ。もちろん、向こうさんの。


 ふよん、ふよん、とそれは浮かんでいる。人の魂みてーだな、と初めて見た時アランは言っていた気がする。グレイも同意したかったけど、僧侶のリーゼロッテに、不謹慎ですわ! とかアランが怒られていたからグレイは黙っていた。


 マリアベルの放つ『火炎球フレイム・ボール』とも似ている。青白い光を放って、それはふよんふよん飛んでいる。攻撃手段は体当たりしか持っていないんだけど、見た目通り熱い。凄く。しかもそいつ――正式名称は『彷徨う炎』は、現れる時は凄く群れて現れる。今も、6匹くらいいる。


 ふよんふよんと上下に揺れるような跳び方をしている癖に、直進すると決めるとかなり早い。跳び兎を仕留めかけていたグレイとアランの横をふよふよふよっ、と通り過ぎて行く。


「この……っ!」


「Werden die Silbertragödie gewickelt!」


 リーゼロッテが短杖で殴りつけて1匹追い払い、マリアベルが『氷槍アイスランツェ』を放つけど、6匹中2匹しか当たらなかった。残りの3匹は元気にリーゼロッテやマリアベルに群がっていく。


「熱っ……!?」


 リーゼロッテが左手で顔を抑えてしゃがみ込んだ。短杖をぐるぐる振り回して彷徨う炎を追い払っている。


「リゼ!」


 アランが跳び兎の頭をかち割るなり、リーゼロッテの方へ駆けよる。彷徨う炎は、見かけに反して、幸いに物理攻撃も効かなくはない。というか、斬ると、粘土を斬ったような、意外なほど確かな手ごたえがある。


「Werden die Silbertragödie gewickelt!」


 ローブをちょっと焦がしたマリアベルが、再度『氷槍アイスランツェ』を放つ。阿吽の呼吸で、アランが『属性追撃』を合わせた。彷徨う炎が2匹地面に落ちる。


「にゅりゃー!」


 鎮火するみたいに、マリアベルが地面に落ちた彷徨う炎を足蹴にした。何とか立ち上がったリーゼロッテは、『癒しの手(ヒール)』の詠唱中。


 もう何が何だか分からなくなりかけながらも、「あと彷徨う炎4匹!」というハーヴェイの声に励まされる。


「リーゼロッテ、マリアベル! こっちだ!」


 グレイは、彷徨う炎も他の生き物もいない後方を示して叫ぶ。マリアベルがリーゼロッテの手を引いた。


「いつもごめんね」


 囁くような声で、グレイとすれ違う時にマリアベルが言った。謝るなよ。役割分担だって。そういう事を言ってやりたいけど、それどころじゃない。


 『激怒の刃(レイジングエッジ)』を使って、彷徨う炎を1匹ずつ落としていく。妖狐や跳び兎に比べたら的が小さいからか、ハーヴェイも短剣に持ち替えていた。


 残りの彷徨う炎を4匹、無事に落として、一息――とは行かなかった。マリアベル達のさらに後ろ、足は遅いけれど、とんでもない巨体を誇る亀が迫って来ているのが見える。


「――行こう!」


 逃げよう、じゃなく、行こう、といつもの調子でマリアベルが叫んだ。


 そうだ。行こう。迷宮の果てまで。一緒に。


 必要でも不必要でも、グレイはマリアベルと一緒に行こう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ