15
夢も見ずに熟睡して、朝の教会の鐘でグレイが目を覚ますと、アランとハーヴェイはまだ起きていなかった。グレイが動き出すと、ハーヴェイが「おはよぉぉぉ」と半分寝ている声で言う。そういえば、昨日もアランとハーヴェイは降りて来るのが遅かったな、とグレイは思い出した。
先に1人で降りて行って、女性陣にボコられるのは遠慮したかったので、アランとハーヴェイを起こして道連れにすることにする。
「おーい、起きろー」
2段ベットの柵を叩くと、ようやくアランも起き上って「おー……」と寝ぼけた声を出した。ハーヴェイは伸びをしながら、「すっごい良い夢見た気がする……」と幸せなことを言っている。
「ただこの後、平謝り大会だぞ」
「……そうだった」
グレイが言うと、ハーヴェイは残念そうに首を振った。
「まぁ、怒ってるローゼリットも可愛いからいいんだけどね」
朝っぱらから本当に残念なことを言って、ハーヴェイが2段ベットから降りて来る。
「朝から幸せな奴だよな……」
呆れたようにアランも言いながら、2段ベットから降りて来る。
もそもそ準備をして、食堂に降りて行くと、予想通り、女性陣はもう食事を始めていた。ついでに完全にむくれていて、こちらを見向きもしない。ハーヴェイが懲りずにマリアベルの隣に座って、「おはようマリアベル。ちっさいからって、無理に食べることないよー」と言いだして杖でぼこぼこ殴られた。
「食べるの好きだから食べてるのっ! ばかっ!」
「……最低」
マリアベルに杖で殴られるより(けっこう痛いことをグレイは知っている)、ローゼリットがぼそっと言った一言の方がハーヴェイには効いたようだった。とにかく、話すきっかけにはなって、後は3人で平謝りに謝ると、マリアベルとローゼリットも意地を張るのが馬鹿らしくなったのか、「もういい」と言った。
今日も皿の上で山を成している芋を食べ切ってから――ただし昨日と味付けが違った。今日はかなり唐辛子が効いていて、ローゼリットはほとんど手を付けなかった。アランとマリアベルは大喜びで食べていた――今後の方針を話す。階層と言うのがよく分からないが、ひとまず、1階の地図を完成させて、その時点で蓄えが出来ていれば、各々職業ギルドで追加の特技を学んで来ようか、という話に落ち着く。
「その頃には、青虫も簡単に倒せるようになってるといいねぇ」
また“ほぼ4人”で5皿片づけて、満腹になったからか、機嫌良さそうにマリアベルが言う。
「そうだねぇー……」
ハーヴェイが応じるものの、正直あんまり倒したくないのか、微妙な顔だ。
緑の大樹の迷宮の入り口に行くと、今日もミーミル衛兵が5人ほど立っていた。まだ2回目なので、冒険者証明証を見せてから入る。ミーミル衛兵は揃いの兜を被っているのに、不思議とマリアベルが「おはようございます、サリオンさん!」とミーミル衛兵の1人に声を掛ける。当たりだったらしい。サリオンは不思議そうに、「……おはよう。マリアベル」と答える。
今日もやっぱり、入るなり不思議な感覚に襲われる。広い。明るい。14階とは如何に? と思って、何となく全員で上を見上げる。木っぽい。よく分からない。
昨日とは逆の道に進むか、昨日と同じ道に進んで、地図を埋めるか、今更入り口で話す。
「また青虫いるかもな」
「望むところだよー!」
アラン言うと、一体、一晩で何があったのかマリアベルが勇ましく答えたため、昨日と同じ方向にひとまず進んで、昨日行くのを諦めた場所に進むことにする。
ローゼリットは昨日の夜に地図を清書したのか、地図が更に綺麗に整ったものになっていた。地図通りに進みながら、途中でモグラ3匹に遭遇する。変なところを引っ掻かれて、グレイがかなり出血したが、ローゼリットが即座に治した。
更に進むと、赤くて、つやつやした果実が見つかる。通り過ぎながら、アランが言った。
「そういや、あの実、食べたのか?」
「食べたよー。リコリス商店のお姉さんが教えてくれた通り、美味しかった!」
売らずに5つとも持って帰ったマリアベルが事もなげに言う。アランは振り返って尋ねた。
「……まさか、マリアベル、1人で全部食ったんじゃ」
「違うよー! ローゼリットと2人で分けて食べたよ!」
憤慨したようにマリアベルは言う。ふと思いついて、グレイは言った。
「ちなみに配分は」
「……4対1」
「お前な」
じゃっかん気まずそうにマリアベルが答え、正直だなぁ、とかハーヴェイが笑う。私も食べ切れなくて、とかローゼリットがフォローに入った。
「帰りに荷物に余裕があったら、持って帰って売ってもいいかもね」
ハーヴェイが言うと、マリアベルがふと思い出したように言う。
「そういえば、あの果物報告するの忘れちゃったね。また大公宮行こうかな」
辺りに警戒はしているものの、昨日通った道だと思うと多少気楽だった。歩きながら、角を曲がり――ここが、緑の大樹の迷宮であると、途端に突き付けられる。
角を曲がるなり、居た。
「っ……!」
ローゼリットが悲鳴を上げかけて、堪えた。マリアベルは既に詠唱に入っている。アランとグレイは長剣を構えるが、持ち直したローゼリットが言う。
「2人とも下がってください! マリアベルの詠唱の方が早いです!」
言われた通り、何かを食べている巨大青虫から距離を置く。巨大青虫はこちらに気付いたようで、巨体をひねり、牙を剥いて来る。青虫のくせに、妙に立派な牙だ。自身の分泌物なのか、口元から糸のような粘液を垂らしている。ぜってー噛まれたくねぇ、とかこの期に及んでグレイは思う。
「Goldenes Urteil wird gegeben!」
青虫が何かを仕掛けて来る前に、マリアベルの『雷撃』が発動する。直撃――に見えたが、青虫はぶるんっ、と身を震わせただけで、倒れない。アランとグレイが距離を詰めて、長剣を振りかぶると、青虫は身体を焦がしながら、なお口元から糸を引く液体を吐いた。
「う、わっ!?」
グレイは何とか躱したが、アランが液体を踏むと、途端に動けなくなる。
「固まんのかよ!」
グレイは毒づきながら、青虫に長剣を振り下ろす。が、牙で受け止められる。長剣にも、青虫の粘液が付くなり固まっていく。
「ちょ、これ、どうしたら……!?」
押し返しながら堪えていると、後ろに回ったハーヴェイが青虫の背中に短剣を差し込んだ。奇妙な声を上げて青虫がのけ反る。
一旦距離を置く。マリアベルは、アランと一緒になってアランの足元の固まりを、杖で砕いている。もう少しで何とかなりそうだ。グレイの長剣が使い物にならなくなる前に、何とかアランに復帰して欲しい。が、青虫はまたグレイに向かって牙を剥く。
「やぁっ!」
多少嫌そうだったが、横手からローゼリットが錫杖を巨大青虫に叩きつけた。『粉砕』の特技で、丁度マリアベルの『雷撃』で焦げた場所を上手く狙っている。
青虫が凶悪な声を上げて、ローゼリットに向くと、今度はグレイが横手から長剣を叩きつけた。刃はだいぶ青虫の粘液が固まりついてしまって、青虫の体皮を切れない。青虫は止まらない。ローゼリットは錫杖を斜めに構え直す。押し合いでは負けるだろうから、受け流すつもりか。
「やったぁ!」「助かった!」
そこで2人分の歓声が上がる。マリアベルとアランだ。アランが戦線に復帰するなり、青虫に長剣を突き刺した。
「あ、その手があったか」
我ながら間抜けな声を上げて、グレイもアランに倣う。切るのは難しいが、突きなら入る。虫、なのだろうが、何というか動物殺しています感がすさまじい。骨はあるのかはよく分からない。感触的になさそうだ。青虫は身体を捻って体当たりを繰り出してくる。肩や腕に、鈍器を叩きつけられているようだ。必死に何度か突きを繰り出していると、ようやく青虫が動かなくなった。
「……やったか?」
「……多分」
アランとグレイは頷き合いながら、そろそろと後ずさって青虫から距離を置く。
やはり、青虫は動かない。
しばらく見つめて、変化が無いことを確認してから、全員で大きく息をついた。
「び、っくりしたぁ……」
マリアベルは杖を抱きしめて言う。
「その割に、詠唱に入るの早かったよー。えらいえらい」
「確かに」
「にゅふ、ふ」
ハーヴェイとアランに賞賛されて、マリアベルは変な笑い声を上げる。多少引きつっていたが。
ローゼリットはちょっと錫杖を額に当てて何かを呟いてから、すぐにグレイの治療にかかる。
「折れては、いなさそうだから」
「そのようですけれど、あまり腫れても大変ですし」
グレイはそう言うが、ローゼリットは真剣な顔だ。
「治してくれるのはありがたいけど、魔力切らすなよ」
アランが横から口を挟む。むぅ、とローゼリットは口の中で唸った。ちょっと拗ねたような顔がかわいいな、とかグレイは思いかけて、慌てて首を振る。ハーヴェイの何かが伝染ったか。
「どうしました?」
「いえ、何でもございません、よ?」
「どうして急に敬語に?」
ローゼリットは怪訝そうな顔だったが、とにかくもう大丈夫だと伝えてグレイは立ち上がる。マリアベルと目が合うなり、マリアベルはチェシャ猫のように笑ってみせた。あいつ、変人の顔して、敏いんだよな、とかちょっと失礼なことをグレイは思う。