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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
5章 女神さまに会いに行こう
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5-02

 何かの時に大公宮まで行って、大公宮の壁に飾られている大鏡を覗き込んだら、精悍と言えば聞こえはいいけれど、引き締まった顔の、妙に必死そうな表情をした少年がいて、グレイは思わず心の中で『お前も大変そうだな』とか話しかけたらその少年はグレイ自身でうぉってなった。


 鏡に映して“エスペランサ”一行を見てみると、アランはますます視線が鋭くなったし、ハーヴェイは逆に何だか笑っていたのに泣きそうな顔をしているように見えた。リーゼロッテは真剣な顔でグレイ達の最後尾を歩いている。で。マリアベルは。


 どこが変わったとは語彙の貧相なグレイには明確に言えないけれど、何かが決定的に変わってしまった笑顔で、のんびりと鏡の中からグレイを見つめていた。でも、やめないでしょう? と語りかけているような気がした――気がしただけで、グレイの考え過ぎだろうけれど。


 歩く事を、迷宮の最奥を目指す事を、やめ、はしないけど。


 だけど、時々泣きたくなるような気分には、なる。


 ギルド“ゾディア”に頭を下げて、泣きついて、サイクロプスの呪いの解き方を女神さまに聞いて来てくださいと言いたくなる時も、ある。


 “カサブランカ”も“桜花隊”も追い越して、女神さまの元へ最初に辿り着けるんじゃないかと調子に乗った事を考える時も、ある。


 迷宮の最奥まで行っても女神さまなんていなくて、全ては無駄な徒労なんじゃないかと不安になる時も、ある。


 その時々で、いいんじゃないかと思う時も、これじゃ駄目だと思う時も、ある。


 だけど、決して変わらないものもある。


 マリアベルが、ローゼリットと笑いあっていて、ハーヴェイがそんな2人を眩しそうに見つめている。アランが、またこいつはって言いたそうにハーヴェイを眺めている。きっとリーゼロッテも、呆れたようにハーヴェイを見やる事だろう。


 そういう、過去とグレイの想像の合わさった光景を見る為なら、グレイは何度だって迷宮を登る事だろう。


「――行こう」


 マリアベルが一同を促す。倒れ伏した氷の魔人の首元から、蒼い石を貰ったハーヴェイが立ち上がった。ふわりと儚げに笑って、マリアベルに蒼い石を渡す。


「はい、マリアベル」


「ありがとねぇ」


 『蒼の魔石』と相変わらずまんまな名前で大公宮に登録されている石は、氷の魔人が毎回持っていて、売ると結構な値段になる。魔力を蓄えていて、魔法使い達が持つ護符の材料になるらしい。


 グレイ達は、売ったりはしないで、マリアベルに持たせていた。マリアベルは、『蒼の魔石』をポケットの中にいっぱい持っている。飴玉みたいに。『蒼い魔石』の数を数えれば、グレイ達が何回氷の魔人を倒したか分かるだろう。数えたりは、空しいからしないけど。


 たかが10階で何度氷の魔人を倒したって、女神さまの元へ辿り着けないんじゃ、意味が無い。


「行こうか」


 グレイ達は、弱い。


 弱すぎる。


 でも、行く。


 ローゼリットの為じゃない。


 グレイ達がそれを願うから行く。


 相変わらず段数の分からない階段をぐるぐるぐるぐる登って、11階に向かう。グレイの前を行くリーゼロッテが、長いスカートを持ち上げて歩きながら零した。


「毎回のことですけれど、目が回りそうですわ」


「ぐるぐるしてるからねぇ」


 マリアベルがほにゃりと笑う。


「そうそう、ぐーるぐるしてるから」


 先頭のハーヴェイも、グレイからは見えないけど、多分笑っているだろう。


「ぐるぐる」


「ぐるぐる」


「「ぐーるぐる!」」


 マリアベルとハーヴェイが変な歌を歌い始めて、リーゼロッテが「何ですの」とか言っている間に11階に着いた。


「ちょっと、外、見て来るね」


 11階でも油断せずに、銃を持ったハーヴェイが言う。革の外套マントの下に身に着けている、精緻な彫刻が施された胸当ては――魔導銀ミスリル、と呼ばれる銀色の金属で出来ている。物凄く軽そうで、身体にフィットしているから仰々しくは見えないけれど――敵を感知したかの様に、淡く輝いていた。


「気を付けてねぇ」


 杖――は1年前から変わらないけれど、物凄く良い生地のローブを羽織って、服のポケットに魔石だの護符だのをお菓子みたいにたんまり詰め込んだマリアベルが手を振る。


「マリアベル、一応、『火炎球フレイム・ボール』を詠唱しておいてくれる?」


「いいよぉ。ハーヴェイの鎧、光ってるもんねぇ」


 緋色の護符を取り出して、マリアベルは『火炎球フレイム・ボール』の詠唱を始めようとする。生息地の環境から分かるように、氷雪に覆われた11階に暮らす生き物と炎精霊スルヴァの相性は悪い。


 マリアベルを庇うようにして、グレイはマリアベルの前に出る。途端に「みーえーなーいー!」とかマリアベルが文句を言った。でもその声も、余裕を多分に含んだ、愉快そうなものだ。


 ハーヴェイと視線を交わす。ハーヴェイが軽く頷いた。


「『マンモスモドキ』だね。いついなくなるか分からないから、やっつけちゃおう」


 マンモスモドキ、とまた相変わらずな名前を付けられた生き物は、毛の長い、小型の象みたいな感じだ。体高はグレイ達と同じくらい。小型とは言え、そんなに小さくはない。釣り針のような曲線を描く牙が、雪の中でもさらに白く凶悪に輝いているようだ。


 だけど。


「ハーヴェイが撃ったら、俺が出る」


「うん」


 気負いもなくハーヴェイが答えて、銃を構えた。ハリソン商店が誇る最新式の銃で、生火を用意する必要が無い。グレイは詳しい機構を知らないけれど、凄いことらしい。


 ハーヴェイは重そうなそれを構えて、引き金を引いた。火打石が強力なばねの反発力で火蓋に取り付けられた鋼鉄製の火打ち金に倒れこみ、火花を発生すると同時に、火蓋が開いて火皿の火薬に着火する。飛び出した弾丸が、マンモスモドキの顔面を抉った。


 マンモスモドキが怒りの咆哮を上げる。銃はねぇ、とマリアベルが歌うように言っていたことを思い出す。銃はねぇ、きっと世界の有り様を変えるよ。戦場を。魔法使いの価値を。人の命の重さを。時間の概念を。グレイには、マリアベルが言っている事の10分の1も分かっていないだろう。だけど、銃が強力だってのは分かる。


 それから、この緑の大樹のなかでは、やっぱり前衛の聖騎士パラディンの価値が変わらないって事も。


 怒り狂ったマンモスモドキの突進を、グレイは正面から受け止める。グレイの鎧に掛けられた加護は、マンモスモドキの突進を阻み、グレイの筋力も強化してくれる。こんなもんか、と驚くくらいに、軽くマンモスモドキを受け止められる。


 軽かろうが重かろうが、これがグレイの役割だ。弱くても強くても、グレイのように凡人でも、マリアベルのように非凡でも。


 1人では迷宮は登れない。


「Ärger von roten wird gefunden!」


 高らかにマリアベルが叫ぶ。恒星のように、とは言い過ぎだろうか。巨大な火の玉が、光を放ってマンモスモドキの頭上に降り注ぐ。その隙間を縫って、アランが駆けた。


「我らが父よ、どうかこの子羊をお持ちください!」


 リーゼロッテが鋼で出来た短杖ショートスタッフを掲げてアランに向ける。『犠牲の代行(サクリファイスシープ)』。対象者を1度だけ、かつ、限度はあるとは言え、完全に守ってくれる法術だ。アランが『火炎球フレイム・ボール』の爆発に巻き込まれても、無傷で済むようにだろう。マリアベルの魔法は、それくらい強力になった。


「ブォオオオオオオオッ!」


「やかましいっ!」


 喚くマンモスモドキに律儀に叫び返して、アランが『属性追撃』を決める。炎と共にマンモスモドキの首筋を斬り裂いた。マンモスモドキが体勢を崩す。グレイは盾で押し込むようにマンモスモドキを地に伏せさせた。


「……やぁっ!」


 リーゼロッテが果敢に前に出て、倒れたマンモスモドキの頭に豪快に短杖を振り下ろした。いくらハリソン商店が誇る、防刃繊維の織り込まれた防御力の高い僧服を着ているからって、グレイやアランに比べたらリーゼロッテは軽装だ。グレイが冷や冷やしてしまうくらいの勇敢さだ。別にマリアベルの傍に控えていてくれても良いのに。


 でも、リーゼロッテは杖術がローゼリットよりもずっと得意っぽかった。リーゼロッテの痛撃で、もがいていたマンモスモドキは動かなくなる。


「やりましたわ!」


 誇らしげに微笑むリーゼロッテは、子供みたいで可愛い。マリアベルもそんな気分だったみたいで、ふわふわとリーゼロッテに近付くと「凄いねぇ」とかほにゃほにゃ笑ってリーゼロッテの頭を撫でた。


「な、なんですの!?」


「えらいえらい」


「子ども扱いしないで下さる!?」


 けっこう毎度の事なのに、リーゼロッテは憤慨したように叫んだ。マリアベルは「にゅっにゅっにゅ」と笑って、答えない。


「にゅっにゅっにゅ」


 ハーヴェイもわざとらしくマリアベルの真似をして笑って、リーゼロッテの頭を撫でる。


「ですからっ……もうっ!」


 ばたばたと手を振って、リーゼロッテがハーヴェイとマリアベルの手を除ける。寒いはずなのに、リーゼロッテの頬っぺたは真っ赤だ。


「おい、ふざけてないで、行くぞー」


 アランが呆れたように言った。

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