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迷宮に行こう! がまた始まるかと思った。だけど、マリアベルは「それじゃ、お買い物に行こうか」とのんびり言った。
「買い物? 食糧とかなら買っておいてあるぞ?」
「ううん」
グレイが言うと、マリアベルはほにゃほにゃ笑ったままさらりと言った。
「新しい鎧とか、ローブとか、武器とかだよぉ。だってあたし達、迷宮を踏破しなきゃいけないんだから。誰よりも早く、女神さまの所に行かなきゃいけないんだから」
誰よりも早く。ギルド“ゾディア”よりも、“カサブランカ”よりも“桜花隊”よりも――ほかのあらゆる先達ギルドよりも早く、グレイ達は女神さまの所へ。
ローゼリットの為に、行かなきゃいけない。でも、どうやって?
今更ながらに途方に暮れてしまいそうになった。
「さ、行こうか」
でも、マリアベルは平然としている。アランも。
歩き出した2人に続きながら、ハーヴェイとグレイは訳が分からない。リーゼロッテ姫なんて、もっとだ。っていうか。
「えぇと、歩きながらですいません。初めまして。グレイ・クロムウェルです。聖騎士に、今日なりました」
アランは従兄妹だし、ハーヴェイもまぁ多分知り合いだろう。マリアベルも、穏便では無かったにせよ自己紹介済みだ。グレイはまだだった。リーゼロッテ姫からしたら完全に、誰だこいつ、状態だっただろう。
リーゼロッテ姫は、初めまして、に少しだけ笑った。
「初めまして。リーゼロッテ・ウェルズリーですわ。あなたのお話は、アランの手紙で常々聞いておりました」
「手紙?」
「えぇ。アランはあんな顔でも、筆まめですのよ。私共の母親――ウルズ王国第三王妃に、何度も手紙を送ってくれましたの。ロゼの無事ですとか、迷宮の様子ですとか、パーティメンバーであるあなたの事ですとか」
「そっか……」
全然気付かなかったけど、アランは色々やって来てたんだな。
そのアランは、マリアベルとやいのやいの話していて、グレイ達の会話に気付いていない。ハーヴェイは仲裁に入ろうとしてるけど、上手く行っていなかった。リーゼロッテ姫は呆れたように2人を眺めていた。小声で、続ける。
「それから、マリアベルがうんと可愛いことですとか! 母はクロフォード家……アランのお家にも、アランの手紙を回していましたけれど、クロフォード家では、今、2人の話で大盛り上がりですのよ。だというのにまぁ、あんなに喧嘩ばっかりして! どうするのかしら」
「……かわいいいい?」
「いが多すぎませんこと?」
「うん、多かった……え、可愛い? アランがマリアベルを? ローゼリットがマリアベルをじゃなくて?」
かなり混乱しながら――っていうかこんな話聞いていいのかも分かんないけど――グレイが尋ねると、リーゼロッテ姫は自信たっぷりという調子で答えた。
「えぇ、それはもう何度も、『変な生き物です』と」
「それ違わない?」
良かった。アランだった。
グレイがほっとしていると、リーゼロッテ姫は不満そうに「違いませんわ。行間からあふれ出る想いが……!」とか言ってるけど、アランとマリアベルだしなぁ。ないない。近遠距離の攻撃役コンビでしかないって。女の人って、本当に恋愛話好きだなぁ。
「もうっ! 聞いていらっしゃいます?」
リーゼロッテ姫が怒った様にグレイの腕を引いて来る。その調子に、思わずお互い凍りついた。
マリアベルが言った通りだった。アランに、何度も言っていた。怒った時に、いや、怒っていてもどこか可愛らしかったけど、とにかく怒ると口癖のようにローゼリットは『もうっ!』と言っていた。リーゼロッテ姫も、自分で言って気付いたのか、そろそろとグレイの腕から手を放した。
「……ごめんなさい」
「いや、俺こそ……」
マリアベルのゆらゆら揺れる金髪が、ほらね、言ったでしょう? と語っている様な、気がした。
だけどグレイ達は、グレイは決めたのだ。リーゼロッテ姫はギルドのメンバーだ。
「……少しずつ、慣れるから。ごめん。これからも、よろしく。リーゼロッテ姫」
慌てて付け足すと、リーゼロッテ姫はほっとしたように微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします」
その反応も、何だかローゼリットそっくりで、胸が苦しくなった。だけど、いつかこの苦しさに慣れる事だろう。
リーゼロッテ姫は微笑んで――それからちょっと困った様に言った。
「……あの、同じギルドのメンバーになったのですし、姫はいりませんわ」
「あ、そっか。それじゃ、よろしくリーゼロッテ」
「はい」
姫無し、が、妥当だろう。そういえば、何でいきなりマリアベルがリーゼロッテの事を『リゼちゃん』とか呼んでいるのか意味が分からないけど。
で、一同を先導していたマリアベルは、その店舗の前で足を止めた。来るのは、2回目だ。
「あら、ここは……」
リーゼロッテは、その建物を見てすぐにぴんと来たらしい。街中の視察とかもしていたんだろうか。
「ハリソン商店ではありませんの」
「そうだよぉ」
マリアベルは――マリアベル・ハリソンはほにゃほにゃ笑って店舗に入って行く。リーゼロッテは不安そうにグレイの腕を引いた。
「あの、ハリソン商店は高級店だと聞いていますけれど。私、私、王女ですけれど、お金、そんなに持たされていないのですわ……!」
最後の言葉は、恥ずかしそうに言う。何か、リーゼロッテ、初めて会った時とは全然印象が違うなぁ。いかにも高飛車で、意地悪なお姫様っぽかったのに。でも、ローゼリットの双子と思えば、この方が正しい気がする。
「うーん……たぶん、大丈夫。行こう」
腕を掴まれたまま、促す。マリアベルは、店舗の人に声を掛けて、向こうもマリアベルが誰かすぐに気付いたらしくて奥に通される。
応接間っぽい商談室に通されるのも2回目だ。相変わらず、グレイが落ち着かなくなるくらいの高級感溢れまくる部屋だった。恐々、椅子に腰を下ろす。リーゼロッテは、椅子に浅く腰かけてつま先を綺麗に揃えていて、あぁ、もうその様子もローゼリットにそっくりで。駄目だ。考えるな。
不安そうなリーゼロッテの様子に気付いたのか、マリアベルがおっとりと言った。
「リゼちゃん、あたしねぇ、マリアベル・ハリソンっていうの」