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剣と魔法と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。
4章 ギルド名は
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4-31

 マリアベルは、本当にグレイが聖騎士になると言い出したら、びっくりしていたけれど、嬉しそうだった。マリアベルにとって、パーティの僧侶はローゼリットただ1人なのだ。そうしたら。


 うーむ。でも、アランの言う通り、現実的な事を考えると無理だろう。僧侶無しで、たった4人で、迷宮を踏破するなんて。どれだけ難易度を上げれば気が済むのかって話だ。


 聖騎士ギルドでの初期講習は泊まり込みで行われたから、グレイは猫の散歩道亭がどうなっているかは分からなかった。ギルドで新しい特技を覚えるにしても、戦士ギルドと魔法使いギルドは日帰りだ。毎日猫の散歩道亭で顔を合わせる事になるアランとマリアベルが、また喧嘩してなければいいんだけど。


 僧侶ギルドと同じく、聖騎士ギルドも教会の奥に設立されている。否が応でも、教会での噂話は聞こえてきた。曰く、教会の病室には眠り姫がおられる。迷宮を踏破した者は、麗しの姫を得るだろうと。


 んな馬鹿な。ローゼリットはそんな迷宮踏破の景品じゃない。何でそんな噂が立つのか、心底腹立たしかった。


 グレイが苛々していると、何度も教師に「気が乱れている」と指摘された。すいません……。乱れまくりです。アレンさんみたいになるのは、難しそうだ。


 それでも、元々パーティで盾役をやっていたのが利いた。実技に関しては問題なくこなして、無事に聖騎士の名を授与される。


「汝、誠実、勤勉、高潔たれ」


 教師の聖騎士は、グレイの肩を剣の平で叩いた。


 高潔になれるかは、まだ分からない。だけど、誠実ではありたい。勤勉でも、ありたい。


 そうして時間稼ぎの1週間はあっという間に過ぎた。


 久々に猫の散歩道亭に帰ってくると、ハーヴェイはまだベットに倒れ込んでいた。まさか1週間このままだったんだろうか。アランはまだ帰っていない。マリアベルもいない。ハーヴェイと、2人きりだ。グレイは恐々と声を掛ける。


「た、ただいま……?」


「…………」


 だいぶ沈黙を挟んでから、「おかえり……」としゃがれた声でハーヴェイは答えた。グレイは膝から崩れ落ちそうになる。駄目だ。駄目だこれ。1週間あっても駄目だったヤツだ。何てこった。まさか、これから3人で迷宮を探索する事になるのか? それは無理だ。完全に駄目なやつだ。


「ハーヴェイ……」


 縋るように何かを言い掛けて、ハーヴェイに掛けられる言葉なんてグレイは1つも持ち合わせていない事に気付く。


 グレイは底の浅い、平凡な、つまらない人間だ。


 ハーヴェイのように、命懸けみたいな恋をしたことも、その相手を失った事も無い。もちろん、ローゼリットがあんなことになってしまったのは、グレイだってショックだ。


 どうしてキースを見つけてしまったのか。どうしてキースに同行してしまったのか。どうしてサイクロプスに挑みかかってしまったのか。考え始めたら自己嫌悪の沼に溺れてしまいそうだ。綺麗なローゼリット。優しいローゼリット。大事な仲間の、ローゼリット。彼女が目を覚まさないなんて、悪い夢のようだとは、思う。


 ――だけど、ハーヴェイほどじゃない。


 その思いが、グレイから言葉を奪っていた。


 しんどいのはみんな一緒だ。でも、多分、ハーヴェイが一番辛い。


 ハーヴェイに言える事なんて、何にもない。


 ここんっ、と扉が叩かれる。救われた様な気がして、グレイは扉を開いた。マリアベルと、アランが揃ってる。良かった!


「あれ、グレイ、お帰り」


「ただいま。あと、2人ともお帰り」


「うん、ただいまぁ」


 マリアベルはほにゃりと笑うけど――何か、黒い三角帽子が曲がってるし、髪もぐちゃぐちゃだ。何があった。


 と思ってアランを見ると、アランはもっと酷い事になってた。右頬に、くっきりと、4本引っ掻かれた跡がある。


 ぞっとしながら、2人の顔を見比べる。マリアベルはほにゃほにゃ笑っている。けど、気付くと気迫が尋常じゃない。アランは憮然としている。


「部屋、入って良いか?」


「ど、どうぞ……」


 マリアベルはグレイの横の、触れるか触れないかすれすれみたいな所を通ってハーヴェイの所へ向かう。マリアベルが背伸びをすると、ちょうど2段ベットの上の段に寝てるハーヴェイの頭の横にマリアベルの顔が来る事になる。マリアベルはほにゃほにゃ笑って、言った。


「ねぇ、こんな所で寝てないで、あたしと行こうよハーヴェイ」


「……もう駄目だよ」


 ハーヴェイは辛そうだ。うんと傷付けられた小動物みたいに丸まっている。


「僕は駄目だ。もう歩けないんだ。僕はマリアベルみたいになれない。そんなに勇敢にはなれないんだ」


「そんなことないよ。ハーヴェイは勇敢だよ――勇敢に、なれるよ。あたしと同じくらい。ううん。あたしよりも、ずっと。だって、ねぇ。ハーヴェイ」


 多分、マリアベルに顔を引っ掻かれたアランが、それでもマリアベルを止めようと、マリアベルの肩を引く。マリアベルは、アランのその手に強く爪を立てた。


 ねぇ、だって、とマリアベルは無邪気に笑う。残酷に、傲慢に、笑う。


「ハーヴェイにはもう無いでしょう。なくすのが怖いものなんて、あたしと同じくらい、あたしよりもずうっと、もう無いでしょう。そしたら、行こうよ。迷宮の果てまで、女神さまの所まで。ローゼリットを、取り戻しに、行こうよ」


 マリアベル。


 その理屈は、あんまりだ。


 だけどハーヴェイは、少し笑った。むくりと起き上がって、マリアベルを見下ろす。


「……マリアベル。マリアベルは魔法使いだね」


 マリアベルは誇らしげに胸を張った。


「そうよ!」


 ハーヴェイは楽しそうですらあった。


「それも、悪い魔法使いだ!」


 ハーヴェイに糾弾されても、マリアベルは誇らしげに笑って、高らかに告げる。


「そうよ! 悪い魔法使いに、なるの。目的の為には手段を択ばない、魔女に、なったの! あたしに誑かされてよ、ハーヴェイ!」


 ひょいっ、とハーヴェイは2段ベットから飛び降りた。その身のこなしは軽やかで、1週間寝込んでいたようにはとても見えなかった。


 いっそ晴れやかですらある笑顔で、ハーヴェイは応じた。


「いいよ――行こう。僕は君に誑かされる。何度だって。ローゼリットの為なら!」


「約束!」


 マリアベルは小指を差し出す。細い小指に、ハーヴェイは自分の小指を絡めた。


「うん。約束だ」

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